80.獣人の子供たち
獣人は子供でも強いんだなあとオッサンは思ったのだ
灰狼族の若者の話では、現在、魔物の増加で危険だから子供たちに村から出ないように言い聞かせていたのだが、三人の子供が大人の目を盗んで遊びに出かけてしまったらしいという。
大人たちは朝から姿が見えないと思ってはいたが、どこかで遊んでいるのだろうと考えていた。ところが昼食の時間になっても帰ってこず、村内を探しても姿が見当たらない。
これはまずい、と慌てて森へ捜索に出たそうだ。
「南に行ったなら、まだマシなんだが」
「真っ先に探しましたが……」
族長のつぶやきに若い獣人が渋面で答える。
子供とはいえ獣人。人間と比べて身体能力が高く、行動範囲もそれに伴って広いらしい。捜索が難航するわけだ。
「私たちも捜索に協力しましょう」
「いいのか? 森の中は人間には動きにくいと思うが……」
私の申し出にグライは恐縮する様子を見せるが、あまり期待できるとも考えてはいない風だ。
「ええ、こちらにはエルフもいますし、従魔もいますので」
私の言葉に、グランツも任せろと言わんばかりに一声吼える。
「そうか……確かに、狼がいるなら問題ないだろう」
では西の川沿いを頼む。と灰狼族の族長は私に告げた。
灰狼族の村は二本の川が合流する地点にできた中州にあり、それぞれの川は北北西と北北東から流れてきている。我々が担当するのは北北西の方というわけだ。北北東の方は、ほぼ首都に続く道沿いであるため除外されている。川と川の間もその大半が農耕と牧畜に使われているため、小数の人員で賄うらしい。
我々は荷物だけ村に預けると、早速、川の西側を北上しつつ捜索を開始した。
森はそれなりに手入れがされているらしく、エルフの里がある森に比べると随分歩きやすい。グレイシア、シェリーは当然ながら、コナミも問題なくついてきている。一番、苦労しているのはエリザベートだった。
「すみません、足を引っ張ってしまって……」
「主力は獣人たちなんだから気にする必要はないよ。私たちはできる範囲で協力しよう」
エリザベートのペースにあわせて動くため、移動距離はあまり稼げていない。だが、無理をして怪我でもすれば本末転倒だ。
まあ、回復役が四人もいるのだから、そこまで心配する必要はないだろうが。
頑張って移動、しばらく休憩、頑張って移動……という繰り返しを三時間ほど続け、最初ははっきり見えていた川が生い茂った草木で見えにくくなった頃、グランツが何かに反応を示した。
「草を割って走る音が聞こえるわ!」
「数は?」
「結構、多いかも」
立ち止まり耳を澄ませたシェリーが声を上げ、グレイシアが詳細を確認する。次の瞬間、川上に向かってグランツが弾けるように駆け出した。我々もその後に続く。
「ウォーン!」
グランツが疾走しながら吼える。大声ではあっても攻撃的な色が感じられない声音だ。駆けてくる相手を呼んでいるのだろうか。
「子供たちだわ!」
グランツの後ろ、私と併走するグレイシアが叫ぶ。よく見ると私にも五歳くらいの子供三人が魔物に追われる姿が見えた。一人は殿を務める形で何度も立ち止まっては魔物にけん制攻撃を加えている。素手で引っかくようにしてだ。
魔物は全長一メートルを超える巨大な蟻、ソルジャーアントだった。数が多い。十体はいそうだ。
「グランツ!」
「ガァアアッ!」
私の声に応え、グランツが全力で跳躍する。その体は空中で帯電し、青白く輝く。その突進が蟻たちにぶつかるのを確認して、私も防壁と攻撃を兼ねて「石槍」で即席の逆茂木を発生させた。グランツはそれを足場に後方へと跳ね距離をとる。
幾体かの蟻が石の槍に貫かれてその場に縫いとめられるが、それ以外の個体は左右に分かれて回り込み始める。結構、足が速い。
「こっちよ! ……土壁!」
ソルジャーアントの足が止まった瞬間を逃さず、シェリーが子供たちを土壁の後ろに保護した。それと同時にグレイシアは右、私は左に展開し、逆茂木を迂回した蟻たちを迎撃する。
「もう大丈夫だよ。……回帰!」
後方からコナミが子供たちに治療を施す声が聞こえる。シェリーとエリザベートが護衛に当たっているから問題ないだろう。
あとは私たちが魔物を殲滅するだけだ。
五分ほど後、私とグレイシア、そしてグランツの手でソルジャーアント十一体を倒しきった。
蟻だけあって、その甲殻は中々の硬度だった。電撃も効きはするが、いま一つ感電による麻痺が持続しない様子だったので、私はやむなく「水火弾」を使った。こちらは非常によく効き、死んではいなくても転倒したまま起きなくなる個体が多くいた。爆発の衝撃が体内で反響でもしたのだろうか?
ソルジャーアントはしばらくすると、魔石といくつかの甲殻を残して消滅した。捌かなくていい魔物は久しぶりだ。いったいどういう基準でそうなるのかが全く分からないのは気になるところだが……。
蟻が落とした物を拾い集めてシェリーが子供たちを保護した所に戻ると、グランツが子供たちに抱きつかれて困ったような顔になっていた。
……獣人族だから狼が仲間みたいな感覚なのだろうか?
「村の人たちが心配しているから帰らないとね」
私の一言でグランツが立ち上がり、子供たちもそれにあわせて立ち上がりはしたが、やはり離れようとはしなかった。
グランツが珍しく「クゥン」と力のない鳴き声をこぼした。
「お前たち無事だったか!」
「おい、出てるやつらに伝えに行くぞ!」
村に戻ると獣人たちが早速、捜索に出ている者たちを呼び戻すべく動き出す。人によっては外壁を飛び越えていく姿も見える。
せっかく高さ二メートルほどもあるしっかりした石の外壁なのに良いのだろうか……。というか役に立っているのか心配になってくる。
子供たちは多数の獣人女性に抱きしめられたり、怒られたり、頭をなでられたりしている。なぜかグランツも巻き込まれている。いや、むしろ集まってきた子供たちにグランツがなでられている。
大人気だなあ。
しかし女性と思しき獣人は耳と尻尾のみ、あるいはそれプラス手足に毛が生えている者ばかりだ。女性は人間に近いタイプが生まれやすいのだろうか。
もみくちゃにされる子供たちとグランツの様子をぼんやり眺めていると、不意に気付くことがあった。
助けた子供の一人の髪が白い。ほかの獣人は全て、濃淡の差はあれど灰色であるため、グランツ同様よく目立っている。
獣人社会のことは灰狼族の族長・グライに聞いたことしか知らないが、部族ごとに分かれて生活してるはずだ。ということは彼女は灰狼族なのに白い毛並みを持っているということなのだろうか……?
「ソウシ」
疑問に首をひねっていると、村の門をくぐって族長が戻ってきて声をかけられた。
「子供たちを助けてくれて感謝する」
彼はそう言うと深々と頭を下げた。彼に続き、村に戻ってきた捜索斑の者たちもそれに倣う。
こうまで丁寧に礼を言われると、いささか面映いものだ。