79.獣人族
獣人の種類多すぎない?とオッサンは思ったのだ
シェリーの一言から、私が迂闊に石碑に触れようとして倒れかけたことを話さざるを得なくなり、グレイシアには懇々と説教をされ、コナミには泣きそうな顔をされ、エリザベートには責めるような目で見られた。
全て私の浅慮ゆえだったから、耐え忍ぶしかなかったよ……。
お説教の後は宿の一階で夕食だ。が、残念なことに、ここでは和食的なメニューはなかった。
この宿は港からも近く、商人や冒険者が客層の大半であるため、ベナクシー王国と変わらない食事しか出していないそうだ。
日本っぽい食事をしたいなら、もっと北のほうにある店か、カトゥルルスの首都に行くしかない。これにはコナミもガックリだったらしい。
「この国は馬車で一日の距離には、だいたい村があるそうですよ」
というのはエリザベートだ。彼女もコナミ同様、珍しい食事に少なからず期待を寄せていて、首都についても多少調べていたそうだ。
意外と食いしん坊なのか?
「私は獣人さんに会ってみたいな」
コナミの言葉に、言われてみれば今のところ獣人を一人も見ていないと気づく。これも食事と同様なのだろうか。
「そうね、首都に行ってみるのもいいかもしれないわね」
せっかく来たんだしね、とグレイシア。これには子供たちもニッコリだ。
こうして明日からの方針はあっさり決まった。
よく考えたら獣人の偉い人に今回のことを話さないといけないんだから、首都に行くのは必須だったと話がまとまってから気づいた……。
ひとまず今夜のうちにやるべきこととしては、この町の探索者ギルドへ行って責任者なりに事の経緯を説明すること。
イニージオのギルド長に同内容の手紙を出すこと。
首都で獣人の代表者にも同内容を伝えるためにアポイントを取っておくこと。
こんなところだろうか。
探索者ギルドに行って、代表者との面会を申し入れた私たちへの反応は辛らつなもの……かと思いきや、こちらの素性が分かるとクルリと手のひらを返され、すんなりとカトゥルルス探索者ギルド長と面会できた。
ここでも「雷神」「妖精女王」そして「聖女」の名は有効だったようだ。普段は持て余す二つ名だが、こういう緊急時には便利だと実感した。今後も個人でどうしようもない時は利用すべきか。
ギルド長との会談で、港町南西の島への調査人員の派遣と、首都の各族長たちへのアポイント、そしてイニージオのギルド長への連絡を手配してもらえることになった。ありがたい。
遺跡の場所に関しては、かつて島を訪れた者がいたそうで、特に案内などはしなくて良いそうだ。
なんでもあの場所は、南岸に近づくだけで体調が悪くなる「呪われた島」として忌避されていたのだとか。どうも石碑が破壊されたことで精霊払いの効果が弱まった結果、私たちは中に踏み込めたということらしい。
正直いって、そんなタイミングの良さはいらなかったよ……。
なんにせよ、これで一通りの対策は講じられた。
今夜一晩、しっかり休んで明日からの首都行きに備えるとしよう。
「綺麗に整備されてますね」
「そうねぇ。なるべく森をそのままに、歩きやすい道を作っているんでしょうね」
コナミの感想にグレイシアが応える。
朝食後、港町を出た我々は北へと進路を取った。本来であれば馬車を使う予定だったのだが、半日も歩けば森の中に入り、直線の道はないということだったので、首都への道行きは徒歩となった。
海上での一件もあり、全員が四度以上の昇級を迎えるに至ったため、徒歩での移動も馬車より速い。木々を縫うように整えられた森の道には、身軽な徒歩が一番というわけだ。
ちなみにシェリーは五度目、私は六度目の昇級だ。体が軽い。
実際、半日=五時間弱のところを二時間ほどで踏破しているし、この分なら昼までには最初の村にたどり着けそうだ。補給の心配も全くないというのが実に良い。
コナミとエリザベートも特に無理をしている様子もないから安心だ。
「そこの者たち、止まれ」
不意に森の奥から声がかけられる。顕れたのは灰色の狼らしき頭を持つ獣人だった。
気配には鋭くなったつもりだったが、まったく気づかなかった……。
グランツが気づいていなかったのか?と見ると、どうやら最初から警戒していなかったようだ。敵ではないと分かっていたということだろうか。
「何でしょうか?」
「ああ、少し警告をと思ってな」
グランツに倣って、警戒する態度を見せず問うと、獣人は声をかけた理由を説明した。
彼によると、十日ほど前から特に魔物が活発になっているから、森の道でも気をつけるように、ということだった。
詳しく聞くと、二月ほど前から魔物が多くなり始め、最近はさらに増えている。戦士の部族も多く出て警戒に当たっているが、襲われて怪我をする者も少なくないという。
……なんというか、これまでの事がどんどん符合してきていて不安だ。
「……実は私たち、族長の方々に聞いていただきたいことがあって首都を目指しているんです」
「どういうことだ?」
獣人の疑問に、私は核心部分は伏せて「危険なものが封じられていたらしき遺跡が暴かれていた」とだけ話した。
「それが、今の森の様子に関わりがあると?」
「確信はありません。ですが、関係ないと切り捨てるのも危険かと」
私の答えに、彼は何度か頷きながら何事か考えているようだ。
それにしても、どこの誰とも分からない人間の言うことなのに、しっかり考えてくれるとは、随分、人がいい。まあ、こちらとしては話の通じる相手でありがたいのだが。
「フッ、そう不思議そうな顔をするな。お前は来訪者だろう? そちらの娘も」
「ええ、そうですが……ああ」
言われて思い出したが、獣人の国には日本っぽい食や文化がある。ということは来訪者とも深い関わりがあるということなのだ。
であれば、私とコナミがそうだと気づくのも当然といえば当然。
なるほど、警戒しないわけだ……。
「村まで同行しよう。詳しい話も聞きたいところだからな」
「え?」
獣人はなぜか、そんなことを言い出した。族長に話を、という流れでなぜ彼が……。ああ、そうか。
「あなたが族長さんなんですか」
「気付いたか。俺は灰狼族の族長、グライだ」
私の言葉にニヤリと笑うと、狼の獣人はそう告げた。
村への道中、灰狼族の族長は様々な話を聞かせてくれた。
灰狼族を初めとした「戦士の一族」と呼ばれる肉食獣の特徴を持つ獣人たちは、首都を中心に円を描くように村を作っていて、それが外敵に対する警戒網も兼ねているそうだ。
戦士たちの行動範囲はとても広く、深い森の中でも数人で村から村までの百キロほどの距離をカバーできるという。
また、村々の構築する防衛ラインの内側には米や大豆といった日本の食に欠かせない農作物が育てられ、牛や豚、鶏などの畜産も行われているらしい。酒や味噌、醤油を作る蔵もここだ。
食品に関しては、主に猫族や犬族、兎族といった比較的戦闘力の低い部族や、耳と尻尾しか動物の特徴の現れていないタイプの者たちが生産しているのだとか。
驚いたのは、獣人族には先述の「耳と尻尾のみ動物」、「直立した動物」、そしてその中間である「顔と胴は人間と変わらず、耳、尻尾、四肢が動物寄り」という三つの特徴の顕れ方があることだ。
さらに一番目のタイプでもごく稀に、戦意が高揚することで三番目のタイプに近い形態を取ることができる者もいるそうだ。
これに多数の動物で部族が分かれているというのだから、その種類の多さは相当なものだろう。
「着いたぞ。ここが灰狼の――」
「族長! 子供たちが外に出たらしい!」
村の入り口に到着し、灰狼の族長が口を開いたところで、別の獣人が森から慌てて飛び出してきた。
……なにやらトラブルが起きているようだ。