77.対シーサーペント
初めて使う魔法をいきなり実戦投入するのは危ないとオッサンは思ったのだ
明くる朝、私たちは朝食を済ませると、早速狼煙を上げ始めた。
時間的に考えると、グレイシアたちもすでに近海まで出ているだろう。なるべく見つけてもらえる可能性を高めておくべきだ。
「今、どんな感じかしらね」
「そうだなあ……昨夜は西の島に停泊していたとして、夜明けと共に船出していれば昼くらいには船が見えるかもしれないね」
海を渡ってしまわないのは、ここから西の島までは、南の島からこの島までより大分遠そうだというのと、渡れたとしても行き違いになる危険性が高くなってしまうためだ。
島の南端から北上するにつれて、段々西の島に近くなってはいるのだが、海の色があからさまに濃いため、シーサーペントが現れる可能性もある。
いくら海上を高速で移動できる魔法があるとはいえ、シーサーペントの生み出す海流に抗えるかは未知数だ。それに今はシェリーとグランツもいる。
……うん、やはり海を渡る選択はないな。
グレイシアたちを待つ間は、狼煙の維持をしつつ魔法の研究開発にでも勤しむとしようか。
午後早く、昼食も終えてマッタリしている時。それまで伏せて寛いでいたグランツがいきなり立ち上がり、全力で咆哮をあげた。
「ど、どうしたのグランツ?」
「……あれか!」
シェリーがグランツをなだめるのを横目に、私は海へと目を凝らす。すると遠くを東へ移動する小船と、それに水面下から近づく黒い影を見つけた。
「グランツ、あの船にグレイシアが乗っているのか?」
「ウォン!」
私の問いを肯定するように吼えるグランツ。これは選択の余地はないな。
「シェリー、あそこまで行くよ」
「わ、わかったわ!」
シェリーに声をかけ、焚き火に砂をかけて消し、私たちは島の北西端、その崖を目指して駆けた。
「シェリー、グランツの順に背中につかまってくれ!」
「はい!」
「ウォン!」
私の指示に従い、二人が次々に私の背に飛びつく。いささかバランスが悪いが、これなら両手が自由になるし、いざというときはグランツが飛び出せるだろう。
二人がしっかり掴まったのを確認し、私は一気に加速、全力で崖から海へと飛び出した。
「ひゃあああ!」
「……水流走! ……風火弾!」
私は着水寸前に水上移動魔法を発動し、海上を滑り始めると同時に今度は爆発魔法を空に向けて打ち出した。これは船上のグレイシアに警告を発するためだ。
落下中、シェリーが悲鳴を上げたのはご愛嬌だ。今の身体能力なら地上でも五~六メートル程度なら難なく着地できるはずなのは言わぬが花か。
空中で爆発した魔法の音を聞きつけたか、小船が南東へと向きを変えた。だが、近づく黒い影には気づいていないようだ。これはまずい。
「スピードをあげるぞ!」
背に乗る二人に声をかけ、一気に足元の「水流走」に魔力を流し込む。維持するよりも多くの魔力を消費するが、格段に速度を上げることができる。
これは水流壁でも同様で、水流の速度を上げることで、より強力な反発力を得られる。ちょっとしたアレンジだが、なかなかに便利だ。
「シェリーも二、三発、海に魔法を放ってくれ! 電刃!」
「分かったわ! 風圧弾!」
私は高速で移動しながら、シェリーと共に小船とは反対の方向、水面下を移動する黒い影の方に何度も攻撃魔法を放った。
それが功を奏したか、小船が大きく迂回するように東へと進路を変えた。だが、影のほうもそれに気づいたらしく、海面から顔を出すと空気が抜けるような咆哮をあげる。
「海流が……!」
あの夜と同様、潮の流れが変わり、迂回しようとしていた小船をシーサーペントのもとへ引きずりこむように動かし始める。
船のほうも何らかの魔法を使ってその場に留まろうとしているらしく移動速度はゆっくりとしたものだが、そう長くは持たないだろう。
と、その時、船上から水の線が奔った。おそらくグレイシアの「水刃」だろう。海蛇竜の海流操作を妨害する目的か。
どうやらそれは上手くいったようで、シーサーペントは鬱陶しそうに身をよじると、自力で船へと泳ぐことを選択した。
再び加速する船に、船尾側から魔物が迫る。
「あの時と同じヤツか……」
段々と近づいてくる船と魔物。シーサーペントの顔には引きつったような傷跡がある。あの夜、私がほぼ密着した状態で放った「風火弾」の痕跡だろう。よく見ると牙も何本も欠けたり抜け落ちたりしているようだ。
「グランツ、シェリー、船に飛び乗ってくれ!」
「ソウシはどうするの?」
「私は、このまま牽制する!」
船まであと十数メートルといったところで私の指示に従いグランツが跳躍し、それに釣られてシェリーも船上へと身を躍らせる。船上にはグレイシアと漁師らしき老人の姿がある。
身軽になった私はさらに加速すると、シーサーペントの横に回りこんだ。魔物は私のことを覚えているのか、船よりも私を気にするように首を巡らせ移動速度を緩める。いいタイミングだ。
「本邦初公開といくか…………爆裂陣!」
私が選択したのは「風火弾」同様、水素爆発を起こすもの。だが、空気中の水素と酸素だけでなく、水からも水素と酸素を発生させ「中級の水属性をベースとした魔法」とすることで、下級しか使えない風属性+火属性の「風火弾」よりも大きな破壊力を得ることができる。
当然、慣れていない三属性合成による魔力消費は、これまでの魔法に比べ格段に大きいが――。
「きゃあ!」
「うぅっ!」
あたり一面に大音響を轟かせる破壊力は凄まじいもので、直撃を受けたシーサーペントの体表を引き裂き、その巨体を大きく吹き飛ばす。
多少、離れていたとはいえ船にも影響があったようで、シェリーとグレイシアの悲鳴が聞こえた。見ると爆風で起きた波にかなり押し流されている。あとで怒られそうだ……。
「こらあああッ!! 事前に言えって言ったでしょおおおおッ!!」
いま怒られた。
それはさておきシーサーペントだ。かなりのダメージを受けたはずだが、まだ健在。いや、怒り狂っている。完全に狙いは私に絞られたと見ていいだろう。
「おい、あんた! こっちに誘導しろ!」
なぜかUターンしてきた船から野太い大声で指示が飛んできた。船を操っている老人だ。何か考えがあるのか?
「ソウシ、お願い!」
グレイシアからもそれに従うように促す声がかけられた。ならば問題ないだろう。
私は海蛇竜に背を向け、船の横を平行にすり抜ける進路を取った。後方からシーサーペントが、体中から血を噴出しながらも顎を大きく開いて追撃してくる。
前方から波を蹴立てて船が近づく。その船上ではギラギラと瞳を輝かせ、老人がロープを結びつけた槍を投擲するべく構えていた。
「喰らえい!」
私が船とすれ違う瞬間、気合の声と共に槍が放たれた。
魔物の悲鳴に振り返ると、槍は見事に口内を貫通し、首の右側から刃が突き出ていた。
なんとも見事な投擲術だ。
それが止めになったか、シーサーペントはしばらく暴れ、船を引きずっていたものの、徐々に勢いを失い、ついには海面にその巨躯を横たえた。
なんとか危地を脱することができたか……。