75.遺跡
オッサンは一つのことにこだわりすぎるのは良くないと気づかされたのだ
二時間ほど移動し、我々は島の南西端にたどり着いていた。
そこからは海岸線が急激に湾曲しており、砂浜に沿って移動すれば自然と北西方向に向かうことになる。
ここまではいいペースで来ることができているといえるだろう。
「ここで休憩しようか」
「ええ、そうね。じゃあ薪を拾ってくるわ」
シェリーに声をかけ、休憩の準備に入る。彼女はグランツと共に森の中へと消えていった。
それを見送り、「石壁」で焚き火を起こす場所と座る場所を同心円状に形成し、「石弾」で湯を沸かすための鍋と深皿を三つ作る。段々、慣れてきた感じがする。
「ソウシ! ちょっと来て!」
地属性魔法の習熟具合にほくそ笑んでいると、森の中からシェリーの大声が聞こえてきた。普段森の中などでは慎重に行動する彼女らしからぬ行動だ。
「どうしたの? これは……」
声のした方へと踏み入ってみると、程なくして少し開けた場所に出た。そしてその中央に、真っ二つに割れた大きな岩がある。
シェリーとグランツもその岩のそばに佇んでいた。
「岩の間を見てみて」
「階段……?」
シェリーに促され、「暗視」を使いながら覗き込んでみると、地下へと続く石の階段があった。結構、深くまで続いていそうだ。
しかしなんだか違和感がある。精霊の見え方が変なような……。
「……どうしたものかな」
「降りてみない? 何かあるかもしれないわ」
どうやらシェリーは中が気になっているようだ。
まあ、私も気にはなっているのだが……。
「虎穴に入らずんば虎児を得ず、か」
「なにそれ?」
「リスクをとらないとリターンは得られない、って感じかな」
私の言葉に「なるほどー」と感心するシェリーと共に、階段へと踏み込む。グランツは私たちの足元をスルスルと抜けて先頭に立つ。先導役は譲れないということだろうか。
ただ、グランツも警戒はしているようで、階段の匂いをかいだり、耳を動かして地下の様子を探ろうとしていた。
いったい、何があるのだろうか……。
十メートルくらいは階段を下っただろう頃に、我々は最下層と思しき場所にたどり着いた。
正面にはしばらく通路が続き、破壊された石の扉が見える。
「強引に壊して入ったみたいね……」
「いよいよ、きな臭い感じだなあ」
不安を感じたのか、シェリーは私の腕に縋りつく。しかしグランツが特に反応していないところを見ると、危険な魔物がいる様子はないと思われる。
まあ、私も地上で感じた違和感が強まったせいで、多少ビビッてはいるのだが……。ここまで来て引き返すというわけにもいくまい。
「……よし、行こう」
意を決し、入り口をくぐる。するとそこには五メートル四方ほどの部屋が広がっていた。
部屋の中央にはなにやら台座のようなものがあり、その四方には石碑らしきものが立てられていて、その内の一つは真っ二つに割れている。
階段の上にあった大岩、この部屋の入り口の扉と同じ壊れ方だ。
「何これ……」
シェリーが訝しげにつぶやく。
正直、見ただけでは何かと問われても分からない。だが「暗視」を通して見ると、その場の異常さがはっきりと理解できた。
「精霊が払われている……」
壊れていない三つの石碑へ近づくにしたがって精霊の放つ光が薄れ、周辺一メートルほどは完全に精霊の力のない真っ暗な闇になっている。今、かろうじて室内の様子を見て取れるのは、石碑の一つが破壊されたことで、その周辺だけは精霊力が働いているからだろう。
「石碑が精霊を追い払ってるってことなのかしら……?」
「見た限りでは、そのようだね」
実際どういう理屈なのか、と考えながら私は迂闊にも石碑に触れようと近づいた。
「うぐっ!?」
「ソウシ!?」
石碑へと手を伸ばした瞬間、私は激しい脱力感に見舞われた。
触れようとした石碑の周辺は特に赤い色が少ない。つまり私は一瞬のうちに体内の火の精霊力を払われてしまったのだ。
「つめたっ……!」
石碑から遠ざかろうとよろめく私を受け止めたシェリーが驚愕の声を上げる。火の精霊が払われたことで体温が奪われていたのだろう。
「シェリーありがとう。失敗したよ……」
支えてくれたことに礼を言いながら石碑から離れると、私は床に腰を下ろした。するとグランツがすぐに体を摺り寄せてくる。私はありがたく彼を抱きかかえ、その毛皮で暖をとらせてもらうことにした。
「石碑に近づくのは危ないわね……」
「そうだね。台座も確認したいところだけど……」
部屋の中心に立つ台座。この状況では、いかにも「何かあります」と言わんばかりだ。とは言え、近づくためには石碑の間を縫う必要がある。
他の三つを見る限り、壊れている石碑は水の精霊を払うものだったと思われるが、そこから台座までは他の石碑の影響を受けずに通り抜けるのは難しそうだ。
「……あ」
「シェリー、どうかした?」
「普通に松明もって、肩車して上から覗けばいいんじゃないかしら?」
その発想はなかった……。というか魔法に頼ることばかり考えて、道具を使うということをすっかり忘れていた。何事も柔軟に対応しないといけないと気づかされたよ。
ということでシェリーの提案に乗り、地上に戻って灯りを用意してから再度、地下室にもぐった。
「うーん……何か台座の中央に窪みがあるわね……カットされた宝石みたいなへこみ方だわ」
私の肩の上で灯りを前へと差し出しつつ台座を凝視するシェリーが訝しげにつぶやく。
松明とはいえ精霊払いの影響は受けるらしく、室内に入った途端、それまでよりずっと炎が弱くなってしまったが、何とか確認することはできたようだ。
「となると、そこに置かれていた宝石か何かを、ここに閉じ込めておくための仕掛けだってことかな……?」
しかし現状、これ以上探りようがない。あまり時間をかけすぎても本来の目的に支障が出てしまう。
「仕方がない。今は諦めて、また改めて調査に来ることにしよう」
「そうね。おばあちゃんたちと合流するのが最優先だもんね」
シェリーを肩から降ろし、地下を出るべく、破壊された入り口に目を向ける。
「んん?」
「どうしたのソウシ」
松明の灯りに照らされ、壁に模様が掘り込まれているのが見えた。いや、これは模様ではない――。
「ローマ字か、これ?」
そう、入り口側の壁に彫られていたのはローマ字だった。「暗視」で精霊光を見ていたときには気づかなかったが、肉眼で見れば見えたということか。これもまた魔法に頼りすぎていた弊害といえる。
それにしても、何故こんなところにローマ字が彫られているのか。
いや、何も見つからないと思っていたところでの発見だ。とにかく読んでみるとしよう。