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グレイシア 2

 夜明けの海へ




「ソウシ!」


 シェリーの叫びが聞こえる。

 私は今にもシーサーペントに襲い掛かられようというところで、ソウシの巨大な「水流壁」に救われた。

 頭上を流れる水の壁のさらに上を巨大な影が滑る。


 そして彼は蛇竜の顎に捕らえられたのだ。


 制御を失った水流が甲板上に降り注ぐ。当然、私もモロに水をかぶり、ソウシと魔物を見失った。


 少し離れた所から乾いた爆発音が響く。あれはソウシの「風火弾」の音だ。噛み付かれたままで使ったのだろうか?

 水の勢いが収まったところで、必死に彼の姿を探す。

 いた。ウェヌス号からかなり離れた海上。シーサーペントの牙から逃れ、遠い海へと落ちてゆく。なぜかグランツとシェリーまでソウシと同じように落下していた。


 いったい、何が起きたの?


 落ちた。三人とも海中に消える。それと前後し、蛇竜も身をくねらせながら波間に沈んでいった。


「ソウシ! シェリー! グランツ!」


 私はようやく我に返り、船の手すりへと走った。三人を助けなければ。

 暗い海に必死に目を凝らす。大丈夫、私はエルフで闇を見通す目を持っている。絶対に見逃さない。

 隣にコナミとエリザベートが駆け寄ってきた。彼女たちは人間だけど、ソウシから「暗視」を習い覚えている。三人で探せば必ず見つかる。


「いた!」


 海上に水しぶきが上がり、三人が顔を出した。だけど妙だ。物凄い勢いで離れていく。なぜ?


「グレイシアさん!」

「いけません!」

「あんたまで流されちまうぞ!」


 気づくと私は海に飛び込もうとしていた。コナミとエリザベート、そして船長が私を引き止めている。


「離して!」

「ダメだ! あれはシーサーペントが起こしてる海流だ! 流されたら、とても脱出なんてできねえんだぞ!」


 頭が真っ白になる。もう制止の声も聞こえなくなってきた。

 ああ、ソウシたちが消えてゆく。波の向こうに。


「あ……」


 全身の力が抜け、私はその場に膝を突いた。だけど、不意に海を照らした緑の魔力光が私の目を惹きつける。

 あの色は風の精霊力の顕れ。シェリーだ。私たちに流される方向を伝えているのだ。


 数秒後、もう一度、緑の魔力光が空に打ち上げられ、ついに海以外には何も見えなくなった。


「グレイシアさん……」

「……大丈夫。大丈夫よ、コナミ。ありがとう」


 海を見つめ続ける私を気遣わしげに呼ぶ声に応え、コナミを抱きしめて笑顔を浮かべる。


「必ず、助けに行くわ……!」


 ソウシも、シェリーも諦めていなかった。グランツもソウシを助けに海に飛び込んだのだろう。

 ならば私が気落ちしている暇なんてない。




 明くる朝を迎え、ウェヌス号は甲板上のシースネークの死骸を片付けると、一路カトゥルルスへ向け出発した。

 昨日、一昨日同様、日中は魔物が現れることもなく港へと到着し、ウェヌス号の船長を頼って個人で船を出してくれる人を探す。


「くそっ、ここもダメか……」


 船長が盛大に舌打ちする。すでに五件の漁師を尋ねたが、誰も船を出すことを請けてくれないのだ。

 というのも、ウェヌス号がシースネークの群れとシーサーペントに襲われた噂が、あっという間に港中に広まってしまっていたからだ。この状況で船を出すのは誰がどう考えても自殺行為に等しい。

 常識的に考えれば、探索者ギルドなり町の衛兵なりが魔物を討伐してから操業を再開するだろう。


「……次に行こう」

「ええ、よろしくお願いします」


 船長に促され、彼の後に続く。コナミとエリザベートも同行しているが、二人とも焦燥にかられているのが見て取れる。

 付き合いはまだ短いが、彼女たちにとってソウシは命の恩人で、シェリーはもう友人なのだ。特に来訪者であるコナミにとっては数少ない心を許せる相手なのだから、その心情は察して余りある。

 私にとっても同様だが、大人である私が見苦しいところを見せるわけにはいかない。


 ……こんな風に考えるのも久しぶりだわ。


 ソウシと出会って以降、私は肩肘を張る機会がほとんどなくなっていた。彼が私の心の閉塞感を拭い去ってくれたのだ。

 エルフの里、私の故郷でも、母との軋轢を解消するために間に立ってくれた。はっきり言って面倒な役目を押し付けてしまったという自覚はあるし、申し訳ないとも思う。

 だけどそれ以上に嬉しくて仕方がなかった。


 今度は、私が彼を助ける。




「いいぞ。そのかわり、あんたが持ってる槍を貸してくれ」


 八件目の漁師を訪ね、ようやく船を出す承諾を得ることができた。

 白髪で顔も手も皺だらけの老人。だけどその体からは生気があふれている。


 彼の言う槍とは、ドワーフのアーロンとコベールの手で作られた、ソウシが使っている物だ。昨夜の戦いで彼が私を助けるために魔法を使った時に手放したものが甲板に刺さっていた。

 それを私が預かっていたのだ。


「……分かりました」


 私は一つ頷き、槍を老人に手渡した。

 躊躇いはあったが、ソウシとシェリー、グランツを助けるためだ。


「業物だな……。いろんな用途に使うことを考慮されてるんだろう。ロープを結ぶ場所もある。……こいつがあればシーサーペントを倒せるかもしれん」


 老人は槍を受け取り鞘から刃を抜き放つと、しげしげと全体を眺め、何度も頷いた。


「シーサーペントを倒したいんですか?」


 老人の言葉にコナミが疑問をこぼす。


「そうだ」


 槍に目を落としたまま、老人は訥々と語り始めた。

 彼は以前シーサーペントに遭遇したことがあり、その際近くで漁をしていた友人が襲われて船ごと沈められてしまったそうだ。

 海で死ぬことは漁師にはありがちだが、彼はどうしても割り切れなかったという。


「同じ個体ではないかもしれん。だが、この手で仇を取ったという実感が欲しいんだ」


 けじめをつける区切りが欲しい、と老人は槍を握り締める。

 その気持ちは私にも何となくわかる。長く生きていると何かを失うという経験も多くなるものだ。その度に、割り切り、諦め生きてゆく。

 そしてそうするためには何らかのきっかけが必要だ。

 彼にとってはシーサーペントを倒すというのが、それにあたるのだろう。


「……分かりました。もしシーサーペントが現れたら協力します」

「ありがとうよ。ワシは船の用意をしておく。あんたらも必要な準備があれば済ませておいてくれ。出港は明日の日の出と同時だ」


 老人の言葉に従い、私たちは明日に向けて動き出した。




 港町の宿を取って一泊し、私たちは再び港を訪れた。

 老人と同行するのは私一人。コナミとエリザベートは留守番だ。船のサイズ的にソウシたちを救助したら満員になってしまうのだから仕方がない。


「お気をつけて」

「みんな無事に帰ってきてください」


 コナミとエリザベートに見送られ、私は老人と共に夜明けの海へと船を漕ぎ出した。


 船尾に座る老人の流れを生み出す魔法により、船は海上を滑るように沖へと進む。この速度なら一度停泊しても明日にはソウシたちが流された現場にたどり着けるだろう。


「待っていて、ソウシ、シェリー、グランツ。すぐに迎えに行くわ」


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