71.船上の戦い、再び
オッサンは事前に調査しておくのは大事だと思ったのだ
翌朝、私は夜明けと共に起き出し、甲板の清掃に当たった。当然、船員たちも同様に動き回っている。
改めて確認すると、なかなかに酷い状態だ。焦げたり肉が弾けたりしたシースネークの死骸があちこちに散乱している。
消滅していないということは、皮が素材として採取できるのだろう。
とはいえ、これだけボロボロになってしまっていては端切れ程度のサイズしか取れそうもない。
風火弾は威力も効果範囲も大きいが、素材には優しくないなあ……。ウィルムくらいの防御力がある魔物なら問題ないだろうか?
「あの……」
しゃがみこんで蛇の死体を片付けていると、不意に声をかけられた。顔を上げると、数人の船員がバツの悪そうな表情で私を見下ろしている。
「どうしました?」
「いや、あの……昨夜のことなんだが……」
何事かと問うと、船員の一人が、言いにくそうに口ごもる。
……なるほど、謝罪に来たといったところか。
「すまなかった。あの子……コナミだったか? 押し付けるつもりはなかったんだ」
「一応、解毒薬はあったんだが、あんな大人数に使えるほどの量はなくてな……」
船長も毒にやられてたから、本当に助かった。と言われて、そういえば船長の姿を見ていなかったと思い至る。
夜の当直の前半。日の入りから午前零時くらいまでの担当だった者が襲撃の被害者だったわけだ。船長もそこにいたということだろう。
「分かりました。謝罪を受け入れます。私も感情的になりすぎて、申し訳ありませんでした」
こちらも彼らに応え、頭を下げる。お互いに悪いところがあったと認めれば、多少は気分も晴れるだろう。
「よし、さっさと片付けてしまうぞ! 寝ぼすけの船長に怒られないようにな!」
船員の言葉に笑いあうと、我々は残った蛇の残骸を片付けるべく、再び動き出した。
船長が起き出す頃には船上の片付けは全て終わり、航海は滞りなく再開された。
昨日同様、日中はなんの問題もなく旅程を消化し、夕焼けに照らされる時間には、船は停泊に向け断崖のそばへと移動していた。
航路の北側は相変わらず切り立った崖だが、その高さは随分低くなっている。
さながら巨大な剣で切り取ったかのように、山の断面が山頂から裾野に至るまで断崖を形成しており、低くなっている部分は地面の断面だ。
ドワーフの谷も何かで切りつけたかのようにまっすぐだったし、地図で見ると町や村は巨大なクレーターの内部、いわば盆地のような場所にある。
……大昔に巨大な生物同士の戦争でもあったのだろうか?
「よーし、当番の者以外は部屋に戻れ。お客人たちも休んでくれ」
船長の号令で船室内に戻る。海上では特に物資は貴重だから、日が落ちたら用事がない人はさっさと寝てしまうに限るのだ。我々には「暗視」があるため、暗くてもさほど問題はないのだが。
とはいえ、昨日の今日だ。何事もないと考えられるほど能天気ではない。小心者ともいう。
昨日は日が落ちて数時間後に魔物の襲撃があった。襲撃があるにしても今日も同じとは限らないが、備えておくに越したことはない。
ということで、我々は三時間ほど仮眠してから起き出すことにする。
そして三時間後グレイシアに起こされ、それぞれ装備を身につける。幸い、今のところ襲撃は起きていないようだ。
「お? 雷神……いや、ソウシだったか。全員そろってどうした?」
表に出ると船長に声をかけられた。言い直したのは昨日の一幕のせいだろう。
甲板上は昨日より多くのかがり火が炊かれていた。それも金属製で船の外に向かって吊り下げるタイプの土台を使っている。
昨日は地上で使う物とさほど変わらない台だったが、魔物の襲撃の際、倒れて飛び火した場所もある。今回のものは、それを予防するために変更したのだろう。
「人手は多い方がいいかと思いまして」
船長に応えながら、私とグレイシア、そしてシェリーとグランツが彼に歩み寄る。コナミは船室入り口付近に陣取り、エリザベートはその護衛を務める。
本当は昨夜と同じように子供たちには室内で待機していてほしかったのだが、三人とも絶対に参加すると頑なに主張したため、コナミとエリザベートは出入り口の防衛と負傷者の護衛。必要に応じて治療にあたり、シェリーはグレイシアのサポートおよび遊撃となった。
シェリーはキャリアが長く、グレイシアとの連携も抜群だから当然と言えば当然の配置だ。
私とグレイシアは「水刃」「電刃」を使う都合上、最も広範囲をカバーする船の左舷、南側に立たざるを得ない。船首・船尾方面は船員たちが担当する。
グランツは足を活かし、全体のフォローにあたる。シェリーと似通った役割だが、より広範囲に動くことになるだろう。
というようなことを、船長に提案してみる。
「なるほど……確かに、あんたらがそう動いてくれりゃ助かるが……いいのか?」
船長の懸念は昨夜の私の発言から来ているのだろう。子供に押し付けんな!と言ったのだから、子供つかっちゃっていいの? と、こういう理屈だ。
「構いません。彼女たち自身の意思ですから」
「そうか……そういうことなら、力を貸してくれ」
私の言葉に頷くと、船長は大声で船員たちに配置の指示を出した。
商人の護衛探索者団は船室への入り口と、念のため北側への備えとして動くようだ。
北側はほとんど隙間がないほど断崖に接近した位置に停泊しているが、絶対に魔物が現れないという保障はないからありがたい。
問題は私が海の魔物に関して調べていないという点だ。
というのもイニージオは南の断崖まで徒歩で二日少々という位置にあり、海の魔物に対処する局面は皆無だ。そのため探索者ギルドの資料室にはその手の資料がほとんどなく、調べようがなかった。
本来であれば港町ポルトの探索者ギルドで調べておくべきだったのだが、完全に頭から抜けてしまっていた。私の失態である。
グレイシアの話によると、ポルト・カトゥルルス間の航路は水深が浅く岩礁が多いため、大型の魔物はほとんど入り込まないらしい。
そのためシースネークが最大級で、それ以上の魔物となるとシーサーペントがいる可能性が極々稀にないではない。という程度らしい。
……なんというか、こういうことを聞くと出そうだなあ、と思ってしまう。気をつけておこう。
全員が配置について小一時間。昨夜同様、グランツが吠え立てた。
事前に、最初に気づくのはグランツだろうから、「狼が吼えたら即警戒を」と話しておいたので、皆それぞれ武器を構え、海面を凝視する。
最初に魔物が姿を現したのは船首側だった。複数のシースネークが勢いよく海面から飛び出し船上へと躍り込む。
しかし、そこにはすでに船員たちが展開している。彼らは雄叫びを上げながらも丁寧に一体一体、手に持った曲刀で切りつけ押し留める。これなら心配はなさそうだ。
次に襲われたのは左舷後方。私の担当する範囲だ。船首と異なり蛇は飛び上がったりはせず、手すりの隙間から首を差し込んできた。
「電撃槍!」
すかさず魔法を発動し、槍を大きく横に振り回すことで、電撃を帯びた水しぶきを広範囲に撒き散らすと、感電した蛇が次々と海へと落下してゆく。
さすがにびしょ濡れなだけあって効果は抜群だ。
このまま気を抜かずに対処していくとしよう。