コナミ 3
海上での戦いと涙
方針も決まり、退院した私達はグレイシアさんの家でお世話になりながら魔物を狩って昇級を目指すことになった。
エリザベートさんはともかく私は完全に素人だったので最初はほとんど見ているだけだった。これが養殖……と思ったけど、実際はそんなに甘くはなかった。
というのも、グレイシアさんがびっくりするほど天才肌で「じゃあ、やってみましょう」の一言で私は魔物の前に立たされたからだ。
まず森の浅いところでスマイルというビーチボールみたいな魔物と、次に平原でストライクラビットというウサギの魔物と戦わされ、たまに乱入してくるフォレストウルフという狼の魔物ともエリザベートさんと二人で対処させられた。
スマイルはともかくウサギや狼はどうにか避けたり走って逃げたり、エリザベートさんに盾で守ってもらったりしながら棍を叩きつけるのの繰り返しだった。ずっと涙目だった。
シェリーさんやソウシさんが気を使って度々タオルや飲み物を持ってきてくれたことだけが狩りの間の癒しだった……。
そんな事を何日も続け、忌避感はあるものの戦うことそのものは何とかできるようになってきた頃、空飛ぶトカゲに襲われた。
怪獣か! って言いたくなるような大きさのトカゲ。
さすがにこれは、みんな逃げなきゃ……と思っていたら、私とエリザベートさんを魔法で作った即席の塹壕に避難させて、ソウシさんとシェリーさん+狼のグランツくんがあっさり倒した。
ソウシさんはこっちに来てまだ一月ちょっとしか経ってないって言ってたのに、この強さには驚かされた。いや、強いって聞いてはいたんだけど、これまでの狩りではそんなに凄く強そうって感じは受けていなかったのだ。
だってソウシさん、いつも微笑んでて優しいし、私が辛そうにしてるのを見逃さずフォローしてくれるから、なんというかマネージャー的というか……前に出ない感じがしてた。
その夜、シェリーさんにソウシさんのことを詳しく聞いてみた。どうやらエリザベートさんも気になっていたらしく、三人での女子会となった。といっても特別な場所でなく離れのリビングが会場だけど。
「そうねえ……ソウシと初めて会ったところから話した方がいいかしらね?」
シェリーさんの口からは、まるで物語のようなソウシさんの活躍が語られた。
狼の群れから彼女(オズマさんと商人さんもいたらしい)を助け、ウサギの攻撃からシェリーさんを守って負傷し、精神的に追い詰められていたグレイシアさんの心を救い、ミシャエラさんの病気を治す。
さらにフォレストウルフに襲われていたグランツくんを見殺しにできず助け、エルフの里に赴く途中に「暗視」という闇を見通す魔力操作法を編み出し、オークとの戦いでは単身オークキングを引きつけながら何十ものオークを蹴散らし、手足を切断された人たちの負傷を癒す……。
一月そこそこでこれは、聞いてるこっちがワケが分からなくなるほどの大活躍だ。エリザベートさんも混乱している。
「えっと……その、全部、本当のことなんでしょうか?」
あっ、エリザベートさんが言っちゃった。
「ええ、本当よ。リズ」
「リズ? 私のことですか?」
シェリーさんは笑ってそう言った。リズと呼ばれたエリザベートさんは困惑気味だ。
「ええ。エリザベートだから、ニックネームはエリーかベスかリズ、でしょ? エリーだと私と語感がかぶっちゃうから、ベスとリズならリズの方がかわいいかなって思ったの」
うん、確かにリズの方がかわいい。可愛いと言われてエリザベートさんは照れている。かわいい。
「これからあなた達のこと、リズ、コナミって呼ぶわ。私のことも呼び捨てにして頂戴」
シェリーさんが続けて、そう宣言する。
私とエリザベートさん……リズは喜んでそれを受け入れた。
翌朝、教会からの使者がイニージオの町に到着し、さらにその翌日に会うことになった。
出席するのは私とリズ、ソウシさん……お父さんとグランツくんだ。
教会から誰が来ているのかは分からないけど、頑張らないと……。
「これはこれは、はじめまして雷神殿。私、王都の大神殿で枢機卿を務めておりますニッチシュレクトと申します」
まさか、枢機卿が来るなんて思わなかった。でも、この人は私がイニージオの町に行きたがっているというリズの嘆願にOKを出してくれた人だ。
もしかしたら、今回も何事もなく了承してくれるかも?
そんなことはなかった。
戻れと言われた上に護衛の人たちが物凄い威圧してきた……。
「教会の方は暴力で語るのがお好きなのですか?」
完全に萎縮していた私は、ソウシさんのその一言とグランツくんの一吼えで正気に戻った。
なんだか威圧を跳ね返してたみたい。
「私は教会には戻りません。父と一緒に暮らします」
言えた! はっきりと!
それからソウシさんの「回帰」によるデモンストレーションが行われ、教会の人たちはみんな、私達を親子だと納得したようだ。
結果、私は自由を勝ち取った。リズも護衛として一緒にいていいということになったから万々歳だ。
それにしてもソウシさんと私の「回帰」は物凄く効果に差がある。昇級したら私のもあんな風に高い回復効果が現れるのかな?
その夜、今後の予定を話し合った。ほとぼりを冷ます意味も含めてちょっと長い期間、旅行しようという感じ。
そこで挙がった獣人の国は、お米や醤油なんかを作ってる日本みたいな国だと言う。
お米! もう食べられないかもしれないって思ってたけど、獣人の国に行けば食べられる……!
話し合いの最中にミシャエラさんのおめでたが発覚する一幕があったりしたけど、私達は準備を整えてから獣人の国カトゥルルスへ向かうことが決まった。
待ってて、お米……! いま食べに行きます!
旅は順調に進み、港町ポルトを経由して船で海に出た。イニージオの町を出て七日目のこと。
夜になって停泊しているとき、私達を乗せた「ウェヌス号」は海蛇の群れに襲われた。
「コナミ、毒を受けた人がいるから、回復お願い」
大きな爆発音が響いた後、部屋に駆け込んできたグレイシアさんに頼まれて廊下に出る。
私とリズ、シェリーの三人は船室にこもっていたから戦闘には参加していなかったけど、多数の負傷者が戦いの激しさを物語っていた。
「毒を受けた人たちはこれで全員ですか?……それじゃあ『回帰』を使います」
私が「回帰」を使うと、廊下に寝かせられていた人たちの顔色が徐々に良くなっていく。
以前なら一度「回帰」を使うだけで気を失っていたけど、今は三回くらいは使える。昇級の恩恵だ。
「ありがとうございます聖女様!」
怪我人たちを上手く回復させられてホッとしていると、その声が廊下中に響いた。
「助かりました聖女様!」
そこから次々に声が上がる。私を呼ぶ「聖女様」の声。
最初は大丈夫だったけど、段々気分が悪くなってきた。教会のことを思い出したから。
あそこでは毎日私を「聖女」と呼ぶ人たちの、何だか分からない、どういう状態かも分からない体調不良を治療させられ続けていた。
いやらしい顔をした人たちの「崇めてやるからさっさと治せ」と言いたげな笑顔。そういう人たちから大金を受け取る司教の下卑た顔。
ここの人たちは違う。純粋に治療したことを喜んでくれてる。でも……「聖女」と呼ばれることが、私にはトラウマになってるって気づいてしまった。
「やめてください!」
ソウシさんの怒声が周りの人たちを沈黙させ、私も下降し続けていた思考から現実に引き戻される。
「彼女の名はコナミです。聖女なんて名ではありません」
それは、私がずっと思っていたことだった。
「この子はまだ子供です。本来、大人がやるべきことを、娘に押し付けるのはやめていただきたい」
ソウシさんは私を抱きしめてそう言った。私は反射的に「子供じゃない」なんて思ったりもしたけど、こうして守られていると安心するんだからやっぱり子供なのかも。
そのまま船室に連れ帰られ、私はこの世界に来てから二度目の大泣きをした。
皆に抱きしめられたまま泣き続けた私は、いつの間にか眠ってしまっていた。
この時、ようやく私はみんなの仲間になれた気がした。