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70.トラウマ

 トラウマスイッチを押すのはよせとオッサンは思ったのだ




 聞いたことがある。毒は回復魔法では対処できないと。

 初級の「治癒」、中級の「回復」ともに対象の治癒力を高め、傷を早く回復させるというもので、これを毒を受けたものに使うと毒が余計に回ってしまうのだ。

 これでは本末転倒にもほどがある。

 毒をも回復させる魔法は、対象を元の状態に戻す「回帰」しかない。


「グレイシア! コナミを呼んできてくれ!」

「! わかったわ!」


 コナミの「回帰」なら広範囲に効果が及ぶため、一気に複数を回復させられるはずだ。

 グレイシアがコナミを連れてくるまでに魔物を片付けるしかない。


「みんな下がって! 一気に吹き飛ばしますよ!」


 私の指示に従い、無事だった船員と探索者が慌てて船室側へと駆け戻ってくる。どうやら電撃を使ったことで私が「雷神」と呼ばれる者だと気づいてもらえていたようだ。

 今まで恥ずかしいと思っていたが、こういう時は名声が役に立つ。


「……風火弾! 水流壁!」


 全員が退避したのを確認し、私は即座に爆発魔法と水の防御魔法を連続で発動する。

 水流壁が展開された次の瞬間、甲板中央付近にいたシースネークに風火弾が着弾し、半径数メートルほどにも及ぶ爆発を発生させた。


「うおっ!?」

「くっ!」


 爆発の衝撃は容赦なく吹き荒れ、甲板上の魔物たちを蹂躙した。

 水の壁で防いだとはいえ、我々の所にも余波が届き、船員と探索者たちをたじろがせる。グランツはいつの間にかちゃっかり私の後ろに下がっていた。


「……ふう。どうにかなった、か?」


 数秒後、魔法の影響はすっかり消えうせ、後にはところどころ焦げた蛇の死体だけが残っていた。

 海から上がってくる魔物も、もういないようだ。


「ソウシ、他に怪我人は?」

「皆さん、怪我があれば中に入ってください。回復魔法で治療します!」


 戻ってきたグレイシアとコナミが船内から顔を出す。

 コナミが声をかけると、結局、表にいた全員が扉をくぐっていった。


 魔物が再び現れていないことを確認し、私もグランツと共に船室内に戻ると、怪我人が廊下に寝かされていた。


「毒を受けた人たちはこれで全員ですか?……それじゃあ『回帰』を使います」


 コナミが声をかけて確認し、魔法を使うべく集中する。程なくして彼女の口から「回帰」と魔法の名が唱えられた。

 昇級したことで、以前に比べ格段に早く発動できるようになっている。また、回復効果も強まっており、多少、肉が抉られている程度なら再生できるようにもなっていた。


 毒を受けて青くなっていた怪我人たちの顔色が徐々に赤みを取り戻し、荒くなっていた呼吸も落ち着いてゆく。

 シースネークの毒は神経毒らしく、酸素が足りなくなっていたようだ。おそらくチアノーゼというやつだろう。


「おお……」

「すごい……」


 方々から驚愕のため息が漏れる。

 コナミの回帰は広範囲に及ぶからインパクトは大きいだろう。とはいえ、昇級もまだ三度。回帰を三度も使えば気絶するため、そう頻繁に使うわけにはいかない。

 というか一度だけでも相当な魔力を消耗するため、コナミの心身にも良くはないのだ。


 しかし、そんなことは助けられた方には関係ないらしく、どんどん反応が大きくなっていく。


「傷も毒もすべて消えてる……!」

「これが回帰……!」

「でも回帰って確か、二、三人しか使えないんだよな?」

「……雷神の娘で回帰を使えるって」

「聖女か!?」

「そ、そうだ、聖女だ!」


 いかん、これはまずい展開だ。

 案の定、最初はニコニコしていたコナミの表情が引きつり始めている。


「ありがとうございます聖女様!」

「助かりました聖女様!」


 聖女様、聖女様、聖女様、聖女様、聖女様、聖女様。


「やめてください!」


 気づくと私は全力で叫んでいた。それと共に聖女コールをしていた者たちに威圧を放つ。


「彼女の名はコナミです。聖女なんて名ではありません」


 威圧され黙り込む彼らを横目に、私はコナミのそばに歩み寄り、彼女を抱きしめた。


「この子はまだ子供です。本来、大人がやるべきことを、娘に押し付けるのはやめていただきたい」


 大人が子供に縋ってどうする。私はそう、彼らに告げた。


「部屋に、戻ろう」


 コナミの頭をなで、そう促す。彼女は小さく頷くと、私たちに割り当てられて部屋へとのろのろと歩き始めた。


 私の威圧から解放された者たちが、戸惑った様子で口々に独り言をこぼす。「俺はそんなつもりは……」「ただ、礼を言いたくて……」そんな内容だ。

 もちろん彼らに悪意がないのはわかっている。だが、タイミングが悪い。


 コナミはつい先日、やっと教会の駒という立場から解放されたばかりなのだ。落ち着きかけていた所にまた同じことをさせられれば余計にまいってしまうだろう。

 それだけは避けなければならない。




 船員、探索者たちを廊下に残し、私たちは室内に戻った。

 私に続いて戻ったグレイシアによってドアが閉められると、真っ暗な部屋に沈黙が降りる。待機していたシェリーとエリザベートにも私が大声を張り上げたのは聞こえていたのだろう。


「もう大丈夫だよ。君を聖女として使おうという人はここにはいない。大丈夫だ」


 コナミをもう一度抱きしめ、頭をなでた。すると彼女は震え始め、小さく嗚咽を漏らす。

 その様子を見て、グレイシアが、シェリーが、エリザベートが次々にコナミを抱きしめる。グランツも後ろ足だけで立ち上がり腰の辺り前足を押し付ける。


 全員がコナミを包むように一塊になったところで、彼女は堰を切ったように大声で泣き始めた。我慢の限界だったようだ。

 泣いてすっきりできればいいのだが……。


「眠っちゃったわねぇ」


 たっぷり二十分は泣いただろうか。コナミは疲れ果て、私の胸で眠りについた。

 さすがにそのままというわけにもいかないので、ベッドに運んでちゃんと寝かせる。寝顔は意外と安らかに見えた。

 グレイシアが彼女の涙で汚れた顔をタオルで拭いてやると、コナミはくすぐったそうに身じろぎし、ほほを緩めた。

 なんとか大丈夫そうかな。


「あなたが怒ってるところ、はじめて見たわぁ」

「はは……普段は優しい人ぶってるからね……」


 不意にグレイシアにそう言われ、バツが悪くなった私は苦笑するしかなかった。

 ……大人ぶったり、いい人ぶったり、本当にくだらない人間なのだ。私は。


「ちょっとカッコよかったわよ」


 そう言うと彼女は私の頬に口付け、自分のベッドに戻っていった。

 ……うーむ、役得。だろうか?


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