7.魔力切れ
たとえレベルアップに関係ないとしても練習することは大事だとオッサンは思うのだ。
新魔法を開発して浮き立つ気持ちを抑えつつ、狩りを続けること二時間。
魔力は二戦程度であっさり底をついたので、結局、昨日と同様にピックを使って狩ることに。
「もう昼か……腹も減ったし、一旦もどろう」
午前中の戦果は魔石五つにスマイルシート一枚。そのうち一つと一枚は焦げているが、石ピック製作と新魔法開発もこなしたことを考えれば悪くないのではないだろうか。
いや、万屋の店主の言っていたことを思えば、一日の稼ぎとしても十分なのかもしれない。
「とはいえ、今後のことを考えるとなあ……」
何の後ろ盾もない来訪者なのだ。できる限り稼いで、実力も装備も整えておくに越したことはない。
もっと若ければ刹那的に行動することもできていたのだろうが……まあ、ないものねだりをしても仕方がない。
「らっしぇー。お、来訪者か。今日は早いじゃないか」
私は村に戻った足で、そのまま万屋に訪れた。
戦果を売り払って、酒場で昼食を採ろうと思ったからだ。
「そういや、聞いたぜ。盗みに入ったクソガキを返り討ちにしたんだってな」
にやりと嫌らしい笑みを浮かべると、店主はそう声をかけてきた。
私は曖昧に言葉を濁しながら、魔石とスマイルシートを差し出す。
「お、午前中だけで五匹狩ったのか……シートはこりゃダメだな」
予想通り、焦げているシートは買い取り価格を半値にされてしまった。魔石の方は焦げていても特に問題はないそうだが、割れてしまうと買い取れなくなるから気をつけろと忠告された。
「んじゃ、全部で五十五Gな。なんか買ってくならついでに精算するが」
昨日と同様、何か買えといわんばかりの店主の物言いに苦笑しながら商品棚に目を向ける。
実は欲しいものがあるといえばあるのだ。
「ブーツと手袋をもらえますか」
通勤途中にこちらに放り出されたことで、私の服装はスーツ。当然足元は革靴だ。あまりにも動き回るのに適していない。だからブーツに替える。
手袋の方は手の怪我を防ぐためだ。まだ二日目だというのに、私の手はすでに擦過傷と細かい切り傷だらけだし、このまま放置するのはまずい。破傷風とか怖いしね。
「あいよ。いくつか持ってくるから、合うのを選んでくれ」
店主が店の奥に引っ込むのを見送り、私は彼が戻るまでに新たな魔法を習得できないか試してみることにした。
回復魔法だ。
回復魔法は水属性にあたるそうなので、水属性を使える私なら魔法に慣れてくれば使えるようになるだろう、と神父に言われてもいた。
「回復するイメージ……うーむ」
回復と言うなら生命力を高めて治癒速度を上げる感じだろうか。しかし生命力を高めるといっても、何をどうすれば高まるのかがわからない。
……あるいは巻き戻す感じだろうか。これならなんとなくわかる気がする。ビデオを逆回しするイメージか。
「よし、やってみよう」
次の瞬間、私の意識はブラックアウトした。
気がつくと私は、どこかの室内で寝かされていた。
「お、気がついたか!」
部屋の入り口から、万屋の店主が顔を出し、私の様子を確認してきた。どうやらここは万屋のバックヤードのようだ。
「驚いたぜ。俺が商品探してたら店の方から何かがぶっ倒れるような音が聞こえてきてよ。あわてて見にきてみりゃアンタが倒れてんだから」
倒れていた?
ああ、回復魔法を使えるか試していて――。
「どうやら、魔力が切れて気を失ってしまったようですね」
それにしても、傷を巻き戻して治そうとしたら、一瞬で魔力が枯渇したのか。
巻き戻すのは間違いだったのだろうか?と、両手を確認してみると、あれほど沢山あった傷は綺麗さっぱり消えていた。
魔法自体は成功していたようだ。
「そうかそうか。まあ、何にせよ目が覚めてよかったぜ。あ、倒れたときに頭打って怪我してたから傷薬塗っといたぜ」
「あ、それはどうも、ありがとうございます」
「礼はいらねえよ。傷薬は十Gな」
店主はニヤリと笑って、右手を差し出してみせた。
結局、ブーツと手袋に加え、傷薬軟膏の代金六十Gを払って万屋を出、私は酒場へ向かった。
道すがら、押し売り気味に購入させられた傷薬を眺めてみる。容器は陶器でできていて、そこそこしっかりした作りのようだ。
魔力枯渇で倒れた際の傷にこの薬が塗られていたが、もうすっかり痛みもない。結構、いい物のようだ。細かい傷には、これを塗るようにすれば回復魔法に頼るまでもないだろう。
「それにしても……」
午前の狩りの際、最後に魔法を使ってから一時間以上は経っていた。それは魔力もそれなりに回復していたという事でもある。
一時休憩して魔法の実験をしていた際の感じからすると、二時間休めば水刃二発分以上は魔力が回復していたと考えられる。
となると「傷を巻き戻す回復魔法」は、少なくとも水刃三発分は確実に消費しているという事になる。
安全マージンとして一発分は使わないようにしていたし。
「コスト高いなあ」
神父は、私が返り討ちにした夜盗の治療に魔法を三度使っていた。その後、少しも疲れた様子がなかった事からすると、そこまで消費魔力が多いわけではないようだ。
彼の回復魔法は「巻き戻し」ではなく、治癒速度を向上させるものなのだろうか?
「直接きいてみるのが一番か」
そう結論付けた私は、ちょっとだけ贅沢をすべく酒場のスイングドアをくぐり抜けた。
体力を回復させるためにはちゃんと食べないとね。
二日ぶりに満足いく量の食事を採った私は再び森に赴き、午後の狩りを行った。
万屋で二時間ほど気絶していたため、大した時間は狩っていられなかったが、それでも昨日と同数の猟果は得られた。
「よーし、帰るかあ」
明日はきっちり一日中狩れるように備えることにしよう。
そのためにも、神父に回復魔法のことを聞いてから、寝るまでにちょっとでも魔法の練習をせねば。