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68.新たなる旅立ち

 異世界でも女性の買い物は時間がかかるとオッサンは知ったのだ




 結局、我々は近日中に獣人の国カトゥルルスへ向かうことを決めた。

 獣人の国へは船で行くことになるため、まずイニージオの町から西南西方向にある港町ポルトへと向かい、そこから海路となる。


 ポルトまで大き目の村を経由して馬車で六日。そこからカトゥルルスまで船で三日だそうだ。

 船への連絡にもよるが、行き帰りの道程だけで二十日ほどかかることになる。これまでの最長はイニージオからエルフの里への片道七日間だったので、しっかりとした心構えが必要だ。


 現在、十一月末で随分肌寒くなってきたため、雪などは大丈夫なのか心配だったのだが、グレイシアの話によると一月に入ってから多少降るかどうかといった程度らしい。

 これなら、よほどのトラブルがない限りどんなにゆっくりしても一月中にはイニージオの町に戻ってこられそうだ。


 ちなみにこの世界にも新年を祝う行事はあるらしいので、一月一日までに帰ってこられればベストだ。


「これどう?」

「うーん、シェリーさんにはこっちの大人っぽい黒の方が似合うかも」

「そうですね、ピンクブロンドと黒の対比がしまっていいと思います」

「フフフ、やっぱり大人っぽいほうがいいかしら! リズにはやっぱり赤よね!」

「そ、そうですか? ちょっと派手では……」

「何言ってるの! それがいいんじゃない!」

「ソウシ、私はどの色がいいかしら?」

「やっぱり白でしょうかね。大人っぽさと清楚さが出るんじゃないかと」


 姦しい女性陣に連れられ、私は現在、冬用のコートを購入すべく、衣料品店を訪れている。


 ポルトまでの道中は乗合馬車で移動するため問題ないが、船に乗ってからはかなり寒くなりそうだということで、買い物とあいなった。

 ちなみにリズというのはエリザベートのニックネームだ。


 ……それにしても、女性の買い物は長い。

 こちらの世界は日本と比べると商品在庫の数が圧倒的に少ないのだが、それでもあらん限りの商品を見比べて吟味しているため、あちらでの買い物とそん色ない時間がかかっている気がする。


 まあ、在庫が少ない分しっかり良い物を選ばないと、また買いに来るということも難しいのは事実。なので、私は無難な合いの手を入れつつ待ちに徹するのみだ。


 しかし衣料品に限ったことではないが、こちらの世界は技術のレベルがチグハグなところが目に付く。


 馬車に意外としっかりした板バネのサスペンションがついていたり、魔石を使っているとはいえ台所にコンロに相当するものがあったりする。魔道具のランプなども技術の進んだ部分だろう。


 対して鏡などは金属を磨いたものしか見なかったりするし、ガラスも個人宅にはあまり使われていない。あ、そういえばドワーフの谷でガラスの鏡が作られてるか聞くの忘れてた……。


 衣料品に関しては現代的なデザインと中世的なデザインが入り混じっている。私が購入することにしたコートなど、いわゆるトレンチコートの襟周りにファーが付いたようなデザインだ。


 考えるに、来訪者ごとに持っている知識や技術に差があって、情報や流通、交通インフラの水準の低さが広範囲に広まることを阻害しているのだろう。

 獣人の国でだけ味噌や醤油、日本酒のような酒が作られているというのも、それにあたるのではないだろうか。


 あとは魔法の知識共有もあまりされていない。

 開発したものを他者に伝えず個人で使い、その開発者が没するとそこでその魔法が失われる……といったことを繰り返していたのかもしれない。

 きっと電撃や水刃、大火弾のような比較的考え付きやすい魔法は、過去の来訪者も使っていただろう。


 そう考えると毎回技術や知識が失われるのは勿体無いと感じてしまうが、それらは職人や探索者にとってはまさに宝であろうから、軽々しく共有するわけにもいかないのかもしれない。


 探索者ギルドで管理されている特許は、そういった宝を金銭という対価を払って多くの者に伝える手段の一つなのだろう。


 ……まあ、こんなことを考えたところで私がこの世界にとってプラスになる何かを生み出せるわけでもないのだが。

 何か思いつければいいな、という程度のことだ。


「よし、これにするわ!」


 あ、どうやら購入するものが決まったようです。




 ミシャエラの妊娠発覚から四日。乗合馬車の運行にあわせ、我々五人と一匹はオズマとミシャエラを残し、港町ポルトへと出発した。

 乗合馬車は運よく他の利用者がいなかったため、貸しきり状態だ。


 これで魔物の襲撃さえなければ快適な旅路となるのだが、そんな都合のいいことはないらしく、我々は野営地ごとに訪れる魔物に対処する羽目になった。

 グランツとシェリーのおかげで奇襲らしい奇襲を受けることがなかったのは幸いだ。


 しかし乗合馬車の乗員や護衛たちまで我々を当てにするのはいかがなものか……。まあ、日中馬車に乗っている間に眠れるので、夜番に立つことに問題はないのだが。


「着いたわ!」


 馬車の木窓から顔を出したシェリーが歓声をあげる。

 特に大きなトラブルもなく、予定通り港町ポルトに到着だ。


 町へと目を向けると中央に海へと続く大きな川が流れており、その両岸から河口付近まで木材の倉庫や魚介類の市場、海と川の幸を用いた出店などがずらりと立ち並んでいるのが見える。


 海岸には船着場に停泊している帆船や、大きな倉庫がいくつも建っており、目印には事欠かない。

 川沿いはもちろん、街中からでも迷うことなく海にたどり着けそうだ。


「お世話になりました」


 停泊所で馬車を降り、御者と護衛たちに礼を言い頭を下げる。グレイシア達も私に続く。


「いやいや、こちらこそ!」

「雷神と妖精女王が一緒で心強かったよ!」


 野営のたびに矢面に立っていた効果か、馬車の乗員たちは実にニコヤカに我々を見送ってくれた。


 ところでグレイシアに「妖精女王」という二つ名があることを私は彼らの口から聞いて初めて知った。

 グレイシアの旦那がまだ生きている頃につけられた二つ名だそうで、彼女自身、久しぶりにそう呼ばれたと笑っていた。

 色々な思いがあるだろうと少し心配だったが、笑えているならきっと大丈夫だろう。


「それじゃあ、宿を取ってから船の空きを確認しに行きましょうか」


 グレイシアの号令で、我々は町への道を歩き始めた。




 季節的に旅人が少ないのか、宿は問題なく取ることができた。

 いや、問題はあった。私しか男がいないせいで一部屋にするか二部屋にするかで多少もめたのだ。


 というのも、男女で二部屋にすると人数的に一人と四人に分かれることになるため、部屋の配置が別の階層になってしまうのだ。

 そこでグレイシアが「私がソウシと一緒に」などと言い出したりしたため混乱に拍車がかかったが、結局は男女で分かれた。グランツは私と一緒。

 まあ、グレイシアを除いて全員、年頃の娘さんばかりなのだから当然と言えば当然だ。


「ああ、空きあるよ。五人と……狼?」

「ちゃんと探索者ギルドで従魔登録してあるから大丈夫よ」


 そして船舶ギルドで客室を取ることもできた。

 さすがに船で二部屋は無理だったので、ここでは一部屋だが、明朝出発の便が取れたのは僥倖だった。


 当然のことながら船では他の客や、輸出入の荷なども運ばれるので、貸切とはいかない。

 客には商人に探索者、まれに旅行客などもいるそうだ。

 魔物の跋扈するこの世界で、本当に旅をするために旅をする人というのは珍しいのだろう。


 今回の便にどんな客がいるのかは分からないが、何事もないことを祈ろう。海だと、いざという時に逃げられないしね。


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