67.おめでた
オッサンは家族計画は大事だなと思ったのだ
「隊長の古傷を治していただき、ありがとうございました!」
「あの傷は昔、俺たちを助けるために負ったものでして……」
神官戦士たちの話によると、彼らがまだ駆け出しの頃、訓練のために王都近郊の森を訪れた際のこと。
彼らを含む数人の新人たちは、何度目かの森での訓練で少し慣れ、警戒心が薄れていたと言う。
当然、隊長は彼らに気を引き締めるように促したが弛緩した雰囲気は変わらず、その結果、ブラッディベアに奇襲を受けたそうだ。
何人かはなんとか上手く立ち回ったが、この三人はそうはいかなかった。初めて見る強大な魔物に、完全に恐慌を来たしていたのだ。
そしていよいよ命が危ないという瞬間、隊長は己の身を投げ出して彼らをかばった。その時の怪我が元で左腕が自由に動かせなくなってしまったわけだ。
「ですから、隊長の腕が治って本当に嬉しいです!」
自分たちが気を抜いていたせいで隊長が戦士としてハンデを背負うことになったのは辛かっただろう。自由に動かない左腕を見るたびに罪悪感を覚えただろうことは想像に難くない。
こちらとしては、そういった意図はなかったのだが、まあ、彼ら全員の好感度が高まったのは棚から牡丹餅と言ったところか。
場合によっては、暴走して暗殺……なんてこともありうると思っていたが、これなら多少、安心だ。
「うまく話がまとまって良かったですね」
オズマ宅への道すがら、エリザベートがそう言って微笑む。コナミも同様にニコニコ顔だ。彼女たちの足元を歩くグランツの尻尾も機嫌よさそうに揺れている。
「そうだね……エリザベートさんも、今まで通り護衛として一緒にいられることになったし」
私が「回帰」のデモンストレーションを行った後、エリザベートの処遇についても派遣という形に落ち着いた。
……神官戦士の隊長が私を呼び止めなければ、成り行きで出奔ということになっていたと気づいたときは肝が冷えた。
やはり勢いだけで動いてはいけない。
それからコナミを出世の駒として使っていた司教だが、いまだに行方不明だそうだ。
……にもかかわらず、何故即座にイニージオの町に使者を派遣しようとなったのかは考えない方がいいのだろう。
とにもかくにも、教会との対決はひとまずの決着を見た。
まあ、枢機卿が引いてくれたという感じではあるのだが……。
今後はほとぼりを冷ましつつ、更なる昇級を目指すべきだろう。
コナミとエリザベートは結局、三度の昇級にとどまったし、彼女たちのペースを軸にするのが妥当なところか。
どこかに都合の良い狩場があればいいのだが……。
「それなら獣人の国、カトゥルルスがいいんじゃない?」
夕食の後、私たちは今後の方針を話し合っていた。
そこで王都から離れる方角で良さそうな狩場について聞いたところ、グレイシアがそう提案してきた。
なんでも獣人の国はベナクシー王国に比べ強い魔物の生息域が広いらしく、腕に覚えのある者、あるいはより多く稼ぎたい探索者が拠点を移す候補の一つとして挙がるそうだ。
「それにソウシ、行ってみたいって言っていたでしょう?」
「そうなんですか?」
グレイシアの言葉にコナミが反応する。来訪者、すなわち日本人である私が行ってみたい場所ということで興味でも惹かれたのだろうか。
「うん。ドワーフの谷で聞いたんだけど……」
私は行商人のナルドに聞いた、獣人の国では味噌や醤油が作られており、文化的にも独特なものがあるらしいという話を伝えた。
するとコナミは何か期待するような表情を浮かべる。おそらくは私と似た感想を抱いたのだろう。
すなわち「獣人の国は日本的な国なのではないか?」ということだ。
来訪者はずっと昔から何人も現れており、様々な技術や知識をもたらしているという。であれば、獣人の国の特徴を聞けば否応なしに期待してしまうというものだ。
「ちょっといいか?」
獣人の国に行くのも良いかもしれないと考えていると、オズマが遠慮がちに口を開く。
「実は、最近ミシャエラの体調が思わしくないんだ……」
「そうなの?ミシャエラ」
「ええ……なんだか吐き気がすることが多くて」
一瞬、体調不良がぶり返したのかと考えるが、グレイシアの問いに対するミシャエラの答えからすると、どうも症状は異なるようだ。となると何か別の病気だろうか。
「他に何か自覚症状は?」
「うーん……具合が悪いのとは違うんだけど、なんだかすっぱい物がほしくなると言うか……」
んん? 吐き気がしてすっぱい物がほしい?
「それって……」
「ソウシ、何か心当たりがあるのか?」
私が考え込む様子に、オズマが身を乗り出す。
「もしかして、おめでたなのでは?」
私の発言にしばらく固まった後、オズマはおもむろにミシャエラを横抱きにすると、全力で駆け出していった。その目的地は治療院である。
問診の結果、どうやら本当におめでただったようで、オズマは正直キモチワルイ顔でニヤニヤしながら帰ってきた。
「私に弟か妹ができるのかあ……」
「二人目の孫ね……」
つわりが出るということは妊娠二ヶ月程度のはずだから、いささか気が早いとは思うが、なんにせよめでたいことだ。
しかし、逆算すると大体エルフの里に滞在していた頃に……ということになるが、まあ夫婦のことだからきちんと話し合ったりしたのだろう。
なにせシェリーの時は体調不良が十七年に渡って続くほどの影響が残ったのだ。何も考えずにいたしたわけではあるまい。
ミシャエラを治療した身としては、ちょっと心配ではあるが……。
「俺はミシャエラについててやりたいから、遠出するのはやめておく」
オズマの判断は当然だ。シェリーとグレイシアも同様だろう。
となると獣人の国に行くとしても私とコナミ、エリザベート、そしてグランツの三人と一匹になるか。
「ソウシ、私は行くわよ」
「私も!」
と思っていたらグレイシアとシェリーも同行を宣言する。
「二人が一緒に行ってくれるなら心強いけど……いいんですか?」
「まあ、ミシャエラが自由に動けなくなるのは、まだまだ先だからねぇ」
「家族が増えるんだから、しっかり稼いでおかないと!」
グレイシアとシェリーはそれぞれの考えがあり、どうやら私の心配は不要のようだ。
そしてオズマとミシャエラを除く五人は、獣人の国へと赴く準備を始めることとなった。
これが私にとっての初めての国外遠征だ。何があっても対応できるよう、しっかりと備えておかねば。
まずは道程の情報と、どの程度の日数がかかるのかを調べるべきだろうか。
故郷に似た風景を夢想し、浮き立つ心を抑えながら、私はやるべきことを数え上げるのだった。