66.魔法効果の差異
丸く収まったかな?とオッサンは思ったのだ
私を除く全員が言葉をなくしている。
コナミとエリザベートはエルフの里での戦いの話はシェリーから聞いているはずだが、それでも実感はできていなかったのだろう。
実際にそのレベルの威圧感を肌で感じたことが、彼女たちすらたじろがせていた。
と、そこでグランツが動いた。
コナミの膝に前足を乗せ、一声吼えたのだ。それはコナミを正気に戻すのに十分なきっかけになったようで、彼女はグランツの頭をひとなですると口を開く。
「私は教会には戻りません。父と一緒に暮らします」
枢機卿をまっすぐ見据えると、彼女は決然と言い放った。
「……そうですか、わかりました。ですが、年に一度でも王都にいらしていただければ皆、安心するのですが」
ちらりと私に目を向け、枢機卿は要望を伝えてきた。
聖女が教会と完全に袂を別ったわけではない、という体裁を得たいのだろう。
ここで突っぱねるのは簡単だが、これ以上の好条件を引き出すのは難しそうだ。枢機卿はともかく、さっきの様子では神官戦士たちが暴走しそうな雰囲気もある。
「……そうですね、いつと確約はできませんが、王都に出向くことがあれば、ご挨拶に伺いたいと思います」
私の答えに枢機卿が頷くのを見届け、私はその場を辞そうと立ち上がりかける。
「お待ちを!」
だが、それを制止する声が上がる。神官戦士の一人だ。
一番の年かさで、体格もがっしりとしている。おそらくは護衛の中で一番の手練だろう。
「雷神殿は聖女様同様、『回帰』をお使いになれると聞いております。できましたら、この場で一度、見せていただきたい」
彼の言うことはもっともだ。場の流れで話が進みはしたが、私がコナミの父であることの証明がなされたわけではない。
「……わかりました。ただ、ご存知かと思いますが、魔法というものは同じ魔法であっても使い手によって発現の仕方に差異があります。私とコナミのそれは随分、違って見えるでしょう。最初にそのことはご理解ください」
「ほう……。具体的にはどう異なるのかお聞きしても?」
私の言葉に、神官戦士は鬼の首を取ったかのように口角を吊り上げる。その顔は「説明できまい」と言っているかのようだ。
だが、当然、説明はできる。
「そうですね。最も大きな違いは、コナミの回帰が広範囲に影響を及ぼすのに対して、今のところ私のものは個人にしか効果が及ばない、という部分でしょう。」
神官戦士は目を細め、懐疑的な様子を強める。
それも当然だ。初級の「治癒」中級の「回復」は個人にしか効果が及ばない。であれば私の「回帰」は、それらの魔法ではないか?と考えているのだろう。
「次にその効果の強さが大きく異なります。コナミの場合は切り傷や骨折などは治っても、肉や骨が抉りとられた傷はふさがりはしても再生することはない。」
今度は教会の者たちの顔が「何を当たり前のことを」と言わんばかりの表情に変化する。
だが、しばらく私が沈黙したことで、私の説明の続きに気づいたのだろう。
「ま、まさか……」
「私の回帰は肉や骨を再生させることが可能です。切り落とされた手足を繋ぎ、つぶれた肉体を元に戻すことも、もちろん可能です。そしてある人の十数年前から患っていた病も、完治させることができました」
神官戦士の驚愕の言葉にあわせ、説明を続ける。
「さすがに完全に失われた手足を再生させられるかは試したことがないので分かりませんが……回帰の効果を証明する事例としては、これで十分かと思います」
説明を終え、室内の面々を見回す。完全に固まっている。
こうなるのは予想ができていた。
というのも、これまでの数日でコナミと私の「回帰」の差異を確認していたからだ。
同じ魔法であっても昇級による効果の向上があるというのは、これまでの経験で実感していたが、同じ魔法を比較することで、それが確実にあることが証明されたと言っていいだろう。
もちろん個人差による火力の違いなどは割り引いて考える必要はある。だが今回はコナミの「回帰」より私の物の方が、確実に上であることさえ分かればいいのだ。
そうすれば自然と、私の「回帰」が本物であるという証明にもなる。なにせコナミの「回帰」を「女神に選ばれた」と定義したのは教会なのだから、それを上回るものが偽物であるわけはないという理屈だ。
「では、どなたか治したい傷などありましたら、実際に治療いたしますが」
黙り込んでいる神官戦士に向け、そう告げる。
すると年かさの男が、私の前まで進み出、左腕につけられたパーツを全てはずして見せた。
さらけ出された彼の左腕には、深くまで達していたであろう古傷が刻まれていた。
「この傷は五年ほど前にブラッディベアによってつけられたものだ。聖女様の『回帰』によって多少は改善されたが、全力を出すことはできない。あなたの言うことが本当ならば、この傷を完治させていただきたい」
彼の言葉にコナミへ目を向けると、彼女は苦々しげな表情で頷いた。
なるほど、彼女に治せなかった傷を癒して見せれば疑問を差し挟む余地はなくなる。
「分かりました」
私は神官戦士に一つ頷くと、彼の左手に触れる。
全力を出せなくなったというのと傷の位置からして、ヒジ付近の腱が切断されたのだろう。そこを再生させてやれば動くようになるはずだ。
「回帰」
方針が定まった所で魔法を発動させる。
奥深いところから癒すイメージ。まずは腱のつながる場所から、次に腱自体を、次は筋肉を、そして表皮を次々に癒していく。
「お、おお……隊長の腕が……」
「傷跡まで消えて……」
神官戦士たちの驚く声と共に、綺麗に傷跡が消えてなくなった。コナミの回帰を見慣れているであろう枢機卿までもが言葉を失っている。
これでコナミよりも私のほうが利用価値があると考えるようになるかもしれないが、まあ、それはあまり考えないようにしよう。
なるべく王都とは反対方向の遠征仕事ばかり請けるという手もあるし。
「具合はどうですか?」
「あ、ああ。自由に動かせる……!」
私の問いに隊長と呼ばれた神官戦士が答える。
腕を曲げ伸ばししたり、小手を持ってみたりする様子から、どうやら治療は上手く行ったようだ。
「それは良かった。これで納得いただけたでしょうか」
「は……。疑うようなことを言ってしまい、申し訳ない」
一応の確認に、隊長は深々と頭を下げる。これでようやく、この場から退散できそうだ。
「でも治ったばかりですから無理はしないでくださいね。ドワーフの知人を治療したときも言ったんですけど、ぜんぜん聞いてくれなかったので。ベテランの戦士というのは戦いたがりで困るんですよね。私なんて怪我をしたら、かすり傷でも一日はゴロゴロしますよ。隊長さんもじっくり慣らしてくださいね」
私が冗談めかして言うと、隊長は痛いところを突かれたといった風情で苦笑いを浮かべた。