65.枢機卿との対面
オッサンは腹の探りあいみたいなことはしたくないなあと思ったのだ
イニージオの町から駆けてきた衛兵たちに事の経緯を説明し、私はシェリーと共にウィルムの解体に取り掛かった。
トカゲは中々の大きさで、目測だが全長四メートル、翼長八メートルは超えていそうだ。当然、解体にも時間がかかり、気がつくと日が大分傾いている。
不思議なのは「電刃」では切り裂けなかったほどの皮が、今は解体用のナイフでどうにかなっていることだ。
生きているときは何か魔法的な防御力の向上があるのだろうか?
それにこのサイズの生物が自在に空を飛ぶというのも普通に考えるとありえない気がする。
確か恐竜の場合はグライダーのように滑空するのが精一杯だと聞いたことがあるから、これもやはり魔法のような飛行を補助する手段を用いていると考えるべきか。
……「暗視」で見ておくべきだったか。どういう属性が働いているかだけでも分かれば、空を飛ぶ魔法が開発できたかもしれないなあ。
もし次回があれば、しっかり確認するとしよう。
「こちらが今回の買取の代金となります。ご確認ください」
解体を終えた私たちは、探索者ギルドへと足を運んだ。もちろん魔石と素材の買取をしてもらうためだ。
ウィルムは魔石に加え、皮、牙、爪が素材として活用できるため、買い取り価格も相当なものだ。大物であれば一体でスマイル百体ほどの金額になる。
オークキングもなかなかの価格だったが、素材は毛皮しか得られないため、今回の収入の半分程度だった。
苦労の度合いには見合わないものだなあ。
「それにしてもお二人は仲良しですね」
受付嬢が私とコナミを見て、不意にそんなことを言う。
教会対策に広められた噂は、当然ながらイニージオの町で最も広まっていた。
私とコナミが買い物なり、探索者ギルドへの出入りなり、人目につく所ではなるべく一緒に行動するようにしていたことも、噂の信憑性を高める一助になっているようだ。
とはいえ、私たちが仲良くなっているというのは全くの演技というわけでもなく、オズマ宅の離れでコナミ、エリザベートと共に過ごすうちに、少しずつ打ち解けている。
コナミが眠れずにいる時、グランツと共に話し相手になったり、日本を思い出して泣いているのを慰めたり。
エリザベートの場合は主に家と教会についての愚痴を聞いたりと、まあ、何度もフォローをしているというわけだ。
人の親になったことなど無い私ではあるが、子供が求めること、嫌がることはそれなりに分かると思う。
ただの甘やかしにならない範囲で、それらに応えていけばどうにかなるのではないかと今は思っている。
まあ、コナミがすでに中学生で遠慮しているのもあるのだろうが。
「ええ、まあ。親子ですので」
コナミを矢面に立たせるわけにもいかないので、受け答えは私がする。と言っても曖昧に濁すだけだが。
今日は思いがけない魔物を狩ることができたし、教会の使者と相対する前に多少はプラスになったかもしれない。主に私の探索者としての実績的に、だが。
コナミもエリザベートも三回の昇級を経験しているから、ウィルムで四回目を……というのは欲張りすぎだろうか? まあ、明朝に期待だ。
「これはこれは、はじめまして雷神殿。私、王都の大神殿で枢機卿を務めておりますニッチシュレクトと申します」
教会からの使者の自己紹介を受ける。
ウィルムを倒した翌日、教会の使者が到着したと代官から連絡を受け、面会はその翌日、今日の午後、代官邸でとなった。
出向くのは私、コナミ、エリザベートの三人とグランツで、念のため全員フル装備を身につけた。
武器だけは持ち込めなかったが、こちらに退く気がないというアピールにはなるだろう。グランツの存在も結構な威嚇になると思う。
「はじめまして。私はソウシと申します。コナミの父です。これまで教会では娘がお世話になっていたようで、ありがとうございました」
枢機卿の挨拶をうけ、私も自己紹介をする。あくまで教会との関係は終わり、という意図を含ませて。
それにしても枢機卿といえば教会の中では上から二番目くらいの地位だったはずだが、わざわざそんな人物が出張ってくるとは……。
まあ、ここで退かせることができれば、今後は比較的安心できるようになると考えておこう。
とはいえ、当然、彼は一人で来たわけではない。
枢機卿の座るソファの後ろには、プレートメイルと呼ばれる全身鎧を身につけた屈強そうな四人の男たちが控えている。
おそらくは神官戦士、それも高位の者たちだろう。枢機卿の親衛隊というところか?
実力的には昇級四回程度か。オークキングに比べれば大した威圧感ではない。
……強敵との戦いを経験しておいて良かった。ここでビビッていては話にならないのだ。
「さて……早速ですが、今後のことをお話しさせていただきましょう。聖女様、教会にお戻りいただけますかな?」
枢機卿はいきなり本題に入ってきた。こちらの出鼻をくじくつもりだろうか。
その意図はまず成功と言えるだろう。なにせこの問い方ではコナミが答えざるを得ないのだから。
「わ……私……」
コナミがなんとか口を開く。途端に神官戦士たちから無言の圧力が発せられる。威圧して思い通りの答えを引き出そうというのだろう。
……こういうのが感じられるようになるのも昇級の効果の一つか。
とりあえず、こちらも同じ事をやってみるとしよう。気、魔力、精霊の力、そんな感じの物を体の前面から放つ感じだろうか。
強敵と相対した時のことを思い出す。あの場では自然とやっていたような気がする。
自分の中にある力を放ち、相手の圧力を跳ね返すイメージ。それを研ぎ澄まし、重圧を穿つ。
「っ!」
私が目を向けると、神官戦士たちは声にならない声を発し、次々とよろめいた。成功したか。
ひとまず威圧の綱引きは私の勝ちと言えるだろう。
それにしても不思議なものだ。昇級回数はさほど変わらないのに、四人もの戦士を圧してしまえるとは。
実戦というか、死線をくぐったかどうかの違いだろうか?
あるいは魔法に対する理解が影響している可能性もある。この世界の人は教えられた魔法を使うばかりで、アレンジしたり開発したりはしないらしいしね。
「教会の方は暴力で語るのがお好きなのですか?」
「ッこれは、申し訳ない。護衛たちが失礼を……」
ついでに一言加えると、枢機卿が慌てたように頭を下げる。
……いかん、威圧がそのままだった。
圧力を抑えるよう、魔力を体内に吸収することをイメージする。
なんとか上手く収まったらしく、教会側の五人が目に見えて脱力する。
……これはあんまりやらないほうがいいな。冷静に話し合うことができなくなりそうだ。
「さすがはオークキングやウィルムを単独で撃破するほどの方……二つ名は伊達ではありませんな」
「恐縮です。どちらも仲間がいなければ危なかったですけどね。特にオークキングの方は、周囲に数十体のオークもいましたし」
同時に相手にするのはなかなか厳しかったです。と言ってしまってから、手柄自慢みたいで嫌味だな、これ、と気づく。
威圧からコレでは完全に不機嫌になっているように思われそうだ。
「オークキングと数十体のオークを一人で……?」
「そんな馬鹿な……」
……ああ、案の定護衛の神官戦士たちが引いている。
ここからはなるべく穏便にいかねば。