63.訓練
回帰ってホントにすごいとオッサンは思ったのだ
治療院を辞し探索者ギルドに赴いた私とグレイシアは、早速ギルド長に詳細を話し、今後の協力を要請した。
その内容は、私こと雷神と聖女が親子であったことと、教会の一司教が私欲のために聖女を祭り上げ利用していたこと。この二点を特に王都方面を中心に、噂としてできる限り広めることだ。
教会全体を悪としないことで、多少なりとも私の身の安全を図ろうという意図もある。
なんとか思惑通りに行ってほしいところだ。
「それで、これからどうするつもり?」
「そうですねえ……何はともあれ、彼女たちを昇級させる必要があるでしょうね」
探索者ギルドを出た私たちは、自宅への道を歩きながら今後の方針について話し始めた。
当然のことながら、一度も昇級していないコナミは元より、彼女の護衛であるエリザベートも鍛える必要がある。
エリザベートに関しては、神官戦士である以上は武器の扱いの心得はあるだろうから、単純に昇級することを目指せばいい。
だが、コナミはつい二ヶ月前までただの中学生だったのだ。当然、戦ったことなどないだろう。となれば一から学ばなければならない。
魔法に高い適性があるなら、それを伸ばす方法もあるが、現状では昇級してみないことには、どの程度の素養があるかもわからない。
最初から複数の属性を扱えるなら問題ないが、あいにく彼女は水属性、それも「回帰」しか使えないのだ。
「何にしても、まずは彼女たちの回復待ちですね。これからは毎日お見舞いに行って、回帰をかけまくらないと」
「そうね。また敬語になっているわよ」
私は考えを述べ、グレイシアに言葉遣いに突っ込まれ、また頭を下げていた。
……もう敬語ぐらい許してくれよ。
私の決意もむなしく、コナミとエリザベートは翌日には治療院を退院することになった。
お見舞いに行ったら「今日で退院です」などと明るく言われては、何とも言えない肩透かしをくらった気分だ。
とはいえ彼女たちは滞在場所も決まっていないので、例の噂を広める一環としてオズマ宅へと案内することになった。
「二人とも本当に大丈夫そうだね……」
「はい!」
「きっとソウシさんの魔法がよく効いたのだと思います」
離れの応接間で並んで座り、お茶を飲みながらニコニコと答えるコナミとエリザベートの姿に、それはもしかしてプラシーボ効果というやつでは?などとはとても言えない私は小心者だった。
……いやまて、もしかしてドワーフのアーロンがものすごい回復力を見せたのは、単にドワーフという種族の頑健さだけではなく、「回帰」の効力が大きかった可能性もあるということでは。
「そういえば二人は何歳なの?」
「あ、はい。私は十四歳です」
「私は十六です」
ふと思い出し、私は二人に年齢を尋ねた。というのも娘の年齢を知らない父親などいないだろうからだ。
エリザベートのほうは単純に気になっただけだが。
「そっか。コナミさんは、っとコナミはこの世界では、あと一年で大人だね。エリザベートさんは年齢の割にはずいぶん大人っぽいなあ……自分の力で頑張ってるからかな?」
コナミはまだ子供で親の庇護下にあるべきという建前が有効だと再確認できた。一年でできるだけ昇級できればいいのだが。
エリザベートの方はすでに家を出ているため、教会が手放さなければ派遣された護衛と言い張ることもできるし、教会から切られた場合も私的な護衛と言うことができるだろう。
まあ、その場合こちらで報酬を用意しなければならないわけだが。
「とりあえず二人には軽く体を動かしてもらおうかしらねぇ。ソウシも久しぶりに槍の訓練をしましょう」
話が途切れたところで、グレイシアがそう切り出した。我々は彼女の指示に従って裏庭に出、それぞれ用意されていた木製の武具を手にする。
エリザベートはメイスと小盾。私は槍。コナミは選びあぐねているようだ。
「うーん……正直、どれがいいのか分からないんですけど……」
「そうねぇ。最初は一通り使ってみるのがいいと思うわぁ。なんとなくでも手に馴染みそうなのがあれば、それを重点的に練習すればいいしねぇ」
グレイシアの言葉に頷くと、コナミはひとまず木の片手剣を手にした。
とはいえ百五十センチもない彼女の身長からすると、両手で扱わなければならないサイズだ。それでもバランスがとりにくいようで、若干ふらついている。
しばらく振り回してあきらめたらしく、次の武具に取り掛かる。
それを何度か繰り返して最終的に彼女が選んだのは、いわゆる棍。ただまっすぐな木の棒だ。
どうやら両手で持ち、バランスを取るのも持つ位置で任意に調整できるのが良かったようだ。
軽い準備運動を終え、訓練に入る。まずは素振りだ。
グレイシアは私、コナミ、エリザベートの三人を満遍なく観察し、気になった点を見つけたらその都度、修正の指示を出す。
……だが、彼女は武器の扱いに関しては天才肌だ。「そこはシュッと」「もっとこう、グッときてフッと行くの」などといった、およそ常人には理解できない説明を繰り返したため、コナミとエリザベートは頭上に大量の疑問符が浮かんで見える気がするほど困惑していた。
「あの……」
「ソウシさん……」
「言いたいことはわかる。でも私にも、どうしようもないんだ……」
私は二人の縋るような視線から、全力で目をそらした。
結局のところ、コナミはそこそこ動けるタイプで、エリザベートは経験者だったため、それなりに訓練は順調に進んだ。
二人には優しく指導したグレイシアだったが、私はボコボコにされた。
昇級回数が違うとはいえ、何か解せない対応だと言わざるを得ない……。
それはともかく、コナミは陸上部だったらしく、足腰が強いようだ。
体勢が崩れてもすぐにリカバーしたり、崩れたことを利用して移動したりもする。これは実戦経験を積んで昇級すれば化けそうだ。
グレイシアも面白がって体勢を崩すことばかり狙って対処させていた。
エリザベートは神官戦士らしいというか、護衛として働いていたからか、盾を使って守ることを得意としていた。
小さな盾を器用に使い、真正面から受けず攻撃を逸らす。そういう戦い方。ただ、攻撃は得意ではないらしく、メイスを振るうと途端に盾の扱いが覚束なくなっていた。
これは少しずつ矯正していくしかなさそうだ。
一方私は、彼女たちが休憩中は大剣の扱いを練習していた。というのも、ドワーフの谷で新たに得た武器であるパルチザンは突くだけでなく切ることもできる武器なので、せっかくだから切る武器である剣の感覚も身につけておきたいと考えたからだ。
しかしこれが難しい。昇級したことで無理やり動かせてしまうことが体の動きをチグハグにし、上手く攻撃の瞬間に全力を出せないという形で、経験の浅さが如実に現れてしまっていた。
とはいえ一朝一夕にできるとも思っていないので、まずは槍を始めたときと同じく、ゆっくり確実に動かすことを第一に訓練することにした。
昼食をはさんで午後は魔法の授業だ。ここでは私が講師役となる。
が、実際のところは私がこれまで開発・アレンジした魔法を披露するのがメインだった。
というのもコナミとエリザベートは二人とも水属性しか使えず、私が開発したもので有用なのはせいぜい「水刃」くらいのものだったからだ。
これも。コナミは理屈はわかっても魔力の操作が上手くできず、エリザベートは理屈の段階で躓いた。ということで少しずつ学んでいくしかないのだった。
彼女たちが目覚めて六日。イニージオの町に到着してから十日目まで、我々は訓練と森や平原での実戦に明け暮れた。
無論、私はその合間に新魔法の開発だ。
そして十一日目。
ついに教会の使者が王都を発ったとの知らせが、イニージオの町に届いた。