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61.白浜小波

 みんなそれぞれ色々あるとオッサンは思ったのだ




「おお、雷神殿! グレイシア殿!」

「おはようございます。お代官様」


 早速、聖女の見舞いに行くと、何故か代官がいた。

 いや、町の責任者としては教会の要人を見舞うのは当然のことか。あとグレイシアは代官と面識があったらしい。

 まあ、彼女はこの町に百五十年もいる、探索者の代表みたいな存在だから代官と知り合いでも不思議はない。


「雷神殿も聖女様のお見舞いですかな?」

「はい。治療した者としては気になりまして」


 あいかわらず「雷神」呼ばわりなのは気になるが、代官の問いに正直に答えを返す。

 私が「回帰」で聖女たちを助けたことは、衛兵から彼にも伝わっているだろうから隠す意味もないしね。


「では、私はこれで。聖女様、またお見舞いに参ります」

「はい。わざわざご足労いただき、ありがとうございました」


 私たちに気を使ったのか代官が場を辞する。聖女も年齢に似合わぬ丁寧な言葉で応えた。


「はじめまして。私は高御創司と申します」

「あ、はい。はじめまして……白浜小波です」


 代官が部屋を出るのを見送り、互いに自己紹介をする。やはり「来訪者」のようだ。

 三日前の時点では黒髪しか確認できていなかったが、今日は意識があるため黒目であることも見て取れるから疑問の余地はない。

 少し元気がなく見えるが、折れていた右腕も特に問題はなさそうだ。

 と、いきなりグレイシアにチョップされた。


「……?」

「ソウシ。この子は子供よぉ。あなたがへりくだってどうするのぉ」


 一瞬、疑問を抱くが、言われてみればそうである。

 ……白浜小波が元気なさげに見えたのは、そのせいだったかもしれない。


「ごめん、白浜さん。つい癖で」

「癖なんですか?」

「そうなのよぉ。この人、誰に対しても敬語使うの。仲間にまでよ?」

「いや、それは……だって、私はまだこっちに来て一月程度だし、皆にはお世話になってるし……」

「世話になってるのはこっちも同じでしょ! 私たちが何度あなたに助けられたと思ってるの!」


 言い訳すると、どんどん突っ込まれた。チョップも何度も打ち込まれる。だが、グレイシアの意図は分かる。

 それは白浜小波の緊張をほぐすことだ。気を使うような状態では本音は聞き出せないだろう。


 これからのことを考えるなら彼女からの詳細な情報収集は必要不可欠だ。

 グレイシアの行動が功を奏したか、白浜小波は小さく噴出すと肩を震わせる。


「ご、ごめんなさい。高御さんが何だか奥さんの尻に敷かれてる旦那さんみたいだから……」

「あら、奥さんだなんて嬉しいわ! でもこの人ったら私がいくら迫っても手を出さない意気地なしなのよぉ」

「ちょっとおおお! 子供相手に何てこと言ってるの!」


 白浜小波の反応に気を良くしたグレイシアがとんでもないことを口走る。……まあ私が手を出さないのは本当だけど。

 当然、少女は顔を赤くしてうつむく。


「あら、ごめんなさい。ちょっと刺激が強かったかしらね」

「い、いえ……大丈夫です」


 何が大丈夫なのか。とにかく白浜小波はすっかり警戒を解いたようだ。

 ここからはしっかり話を聞くとしよう。


 白浜小波――コナミの話によると、彼女が教会に保護された経緯はおおむね噂どおりのようだ。

 違っていたのは彼女を保護した司祭が噂よりダメ人間っぽいことくらいだ。


 彼女に対する態度は出会った当初から横柄で、「何で私がこんな小娘の世話をしなきゃならんのだ」「もっといい場所に赴任したい」「お布施が少ない」など、自分の現状に愚痴ばかり言っていたそうだ。

 それがコナミという駒を手に入れたことで、より強く表に現れるようになった。


 こちらの世界に来たばかりで、右も左も分からないコナミを保護するという名目で籠の鳥にし、王都での点数稼ぎのため、贅沢三昧と不摂生で体を壊している権力者に「回帰」の力を行使させていた。ということのようだ。


「一日に一度しか使えないから、プレミア感みたいなのもあったみたいです」

「ああ……昇級していないから使ったら倒れちゃうんだね。私が初めて回帰を使ったときと同じだ」


 昇級させれば余裕ができるし、単純に身体能力も上がるから反抗、あるいは脱走されるかもしれないとでも考えたのだろう。

 こんな危険な世界で昇級させないとか、酷い話だ。ちょっとした事故でも起きれば魔物に襲われて死んでしまいかねないというのに。

 ……そう考えると、今回のことはその危険をまったく考えていなかったということだろうか?


「コナミさん、護衛はどの程度の実力だったかは知ってる?」

「ええと……みんな二回昇級してるから大丈夫、みたいなことは言われました」


 なるほど、平時に街道沿いならば対応できるであろうレベルではある。とはいえ、今は魔物が増えていることは探索者であれば誰でも知っていると言っていい状況だ。

 護衛が大人数であればまた異なるだろうが……。


「……そこからは、私が説明します」


 考え込んでいると、コナミとは別の場所から声がかけられた。

 見ると、コナミと共に治療院に運び込まれた女性が目を覚ましていた。


「! 無理はしないでください。もう一度、回復魔法をかけておきましょう」


 上体を起こそうとして倒れかける彼女を受け止め、私は「回帰」を発動する。すると青かった女性の顔色が、ほんのりと赤みを取り戻した。

 おかっぱと言うほどではないが短く刈り揃えられた茶色い髪が、落ち着くと共に吐き出された息に揺れる。


「……ありがとうございます。やっぱりあなたは『回帰』を使えるのですね」

「あの時、意識があったんですか?」

「ええ、正直なところ夢かと思っていました。死にかけた時に誰かが助けてくれる……そんな奇跡があるわけがないと」


 多少、具合がよくなったのか、彼女は私から身を離しベッドに座りなおした。そしてぽつぽつと心情を吐露する。


「まずは自己紹介をさせていただきましょう。エリザベート・アルムットです。この度は私たちの命を助けていただき、本当にありがとうございました」


 一つ深呼吸をすると、顔の赤みが引かないままエリザベートは再び口を開く。


「家名をお持ちということは、貴族の方ですか」

「ええ……と言っても一代限りの貧乏貴族ですが」


 エリザベートの話によるとアルムット家は、かつてベナクシー王国が行った大規模な魔物討伐で、彼女の父が大きな活躍をしたことで爵位を得て興った家だそうで、領土は王都北の荒地しかないような場所の上、猫の額ほどの広さしかないらしい。


 一代貴族である以上、当然のことながら子供たちが受け継ぐような財産もなく、父が亡くなれば領土も国に召し上げられてしまう。にも拘らず、父親は子作りにばかり熱心で、彼女には男女あわせて六人の兄弟姉妹がおり、全員が何とか自力で生きていく術を身につけることを模索しているという。


 こういった話は戦働きで一代貴族となった者には珍しいものではないらしく、歴史上そのほとんどが文字通り一代限りで消滅、一家はなまじ貴族の暮らしに慣れたせいでまともに働くこともできず野垂れ死にすることもあるという。

 そうならないために、彼女たちはそれぞれの道へと進み――。


「私は幸い水属性に適性がありましたので、教会に入り神官戦士になったのです」


 これまでに溜め込んだものがあったのか、エリザベートはそこまで一息に話し終えると、ハッと我に返り、深々と頭を下げた。


「も、申し訳ありません。つまらない身の上話など、お聞かせしてしまいまして……」



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