59.聖女
オッサンは事態の面倒さに覚悟を決めることを強いられていたのだ
ギルド長の話では、聖女は王都でも噂になっている「電撃を使う来訪者。その名も雷神」に会うために一週間(六日)ほど前に王都を出たという。
……いったい、誰がそんな噂流してるんだよ!
それだけなら酔狂な小娘がワガママを言っているだけだと判断したところなのだが、どうやら聖女は私と同じ「来訪者」らしいのだ。
彼女が聖女として見出された経緯は割と有名らしく、ここイニージオの町でも話を知っているものは多いのだとか。
なんでも彼女は二月ほど前、イニージオから馬車で二日の「大隧道」手前の森にある村で保護されたという。「大隧道」というのは山を貫いて作られた王都へとつながるトンネルのことだ。
そこで来訪者と判断され、教会で女神と契約。
魔法を使えばいきなり「回帰」を使え、その教会の司祭に「彼女は聖女に違いない!」と王都に連れていかれ、あれよあれよという間に公認されてしまい大々的に周知。
そのまま王都の大聖堂で身柄を確保され、これまで教会のお偉いさん方の頼みで「回帰」を使うという生活を送っていたという。
ちなみに彼女を見出した司祭は、いまや司教として一つの教区を任されているとか。
「……それって、どう考えても、その司祭に出世のための駒にされてますよね」
「お前もそう思うか。俺もそう思う」
まさしく心は一つだ。
「……で、だ。そんな状況にあった娘がわざわざソウシに会いに来る。これはいったいどういうことだと思う?」
「まあ……普通に考えるなら、助けを求めているってことでしょうね」
わかりきったことを聞かれ、そう答える。ギルド長も「だよな」と頷く。
しかし困った。我々の推測どおり助けを求めているのだとしても、私に世界的な宗教の象徴扱いされている娘を助けるような力はない。
それこそ彼女と同じ「女神に選ばれた」と言える要素でもなければ……。
「あ」
「気づいたか」
黙り込んでいた私の思考を読んだかのように、ギルド長が私に目を向ける。
ある。聖女と同じ要素が。「来訪者」そして「回帰」だ。
「とはいえ……これだけでどうにかなるとも言い切れませんし、相手が実際、どういう意図で行動しているのかを確認するまでは軽々しく動くわけにはいきません」
「だよな。下手すりゃあ、教会から命を狙われることになるしな……」
ギルド長の言うとおりだ。
単に私が狙われるだけなら最悪、夜逃げすればいい。だが当然、周囲の人も狙われるだろう。
私欲のために人を害せば女神の加護は失われるだろうが、人を使って暗殺なり拉致なりした場合はどうなるのかわからない。
権力欲や金銭欲にまみれた者なら確実にその辺りは試しているだろうから、加護が失われないとなれば死ぬまで追い続けられる可能性も出てくる。
そして加護が失われる場合でも、一度失われれば何の足枷もなくなるのだ。
それに宗教関係者は全て神のせいにして自分の行動を正当化するから恐ろしい。「神が見ている」「天罰が下る」などと言いつつ、自分たちの行いは正さないのだ。まったく度し難い。
まあ、個人的な偏見も入ってはいるが。
「正直なところ関わりたくないですが、もう事態は動いてしまっていますからねえ……」
「だな。とにかくウチとしては有望な探索者が減るのは困るから、できる限りのサポートはする。ソウシも何か他に手がないか考えておいてくれ」
そこで話は終わり、私は探索者ギルドを出た。
ギルド的には百五十年もの長きにわたってこの町に貢献してきたグレイシアと親しい私が、失踪するなり殺されるなりすれば彼女まで失う可能性を考えているのだろう。
あくまで私はオマケだが、助力を得られるのなら文句は無い。
問題はグレイシア達と私は仲間であると認識されていることと、聖女の目的が私だということだ。
今更あわてて行方をくらましてみたところで、彼女たちとの関係が無かったことにはならない=彼女たちも教会との問題に巻き込まれる。
……なんとか現状を把握して、悪い展開にならないように立ち回らねば。
「なるほどねぇ……」
「そいつは面倒だな……」
グレイシアとオズマが唸る。
夕食後、全員にリビングに集まってもらい、聖女の来訪と、それに付随する今後の展開予測を伝えた。
当然のことながら皆、渋い顔だ。場合によっては身の危険もあり得るのだから。
「……助ける場合は、どういう手順を踏むのかしら」
シェリーの質問に、ギルド長との話で思い至ったことを説明する。
つまり私が「来訪者」で「回帰」を使えること、そして聖女も同様であるということだ。
とりあえず「回帰」が使える時点で、現在「女神に選ばれた」とされる理由はクリアしている。
なにせ教会も神聖ガイア王国もそれを根拠に自分たちの正当性を主張しているのだから、私が女神に選ばれたと主張することも止めようがないわけだ。
そして「来訪者」であるという要素。これが聖女と私を結びつけるポイントになる。
「ただ、同郷だからといって何の関わりがあるのか?と言われると……」
「より強い結びつきは必須ということねぇ……」
グレイシアが再び唸る。
そこまで来ると、相手との打ち合わせはどうにかしてする必要があるが、聖女という立場にある少女と私が二人きりで対面できるか?という問題が出てくる。
よしんばそれが可能だったとしても、共に来た護衛なり世話係に気取られず共謀できるかと言われると、相当に難しいだろう。
いきおい、行き当たりばったりの出たとこ勝負にならざるを得ない。
「そもそもソウシは聖女を助けたいの?」
もっともな疑問がシェリーから出た。
実のところ、同郷らしいとはいえ、見ず知らずの聖女一人を助けるために多大なリスクを負う必要があるのか?というと無い。
得た情報からの推測としては、助けを求めに来るであろうことがほぼ確実でも、こちらに助ける義理は無いのだ。
だが、相手が私を目的に動いている以上、対応は百パーセント必要で、どういう対応をするにせよ策を練っておかないわけにはいかない。
となると最終的には……。
「相手次第、という他ないですね。聖女が私を利用しようと考える手合いなら、助けるつもりもないですけど」
「本当に切羽詰っているなら助けてあげたい、とも思うわけね?」
素直に答えると、私の言葉に続く内容をシェリーが察し、私はそれに頷いた。
「何にしても、上手く接触する方法が見つからないと動けないのは変わらないですし、できる限り多くの状況に対応できるよう準備しておくしかないでしょうね……」
最悪の場合は逃げ出すことも考えておかなければならない。
欲望が絡むと人間は簡単に道を踏み外すものだし、仮に聖女が良い子であったっとしても、その周囲が悪人、あるいは利己主義者ということは十分にありうるのだから。
話し合いの結果、皆で色々考えておくとだけ決まり、私は一人離れへと戻った。
しかし眠る気にもなれず、庭に出る。
……あの場では言わなかったが、全てを解決する方法もあるといえばある。
私が死ぬことだ。それも教会関係者の目の前で。そうすれば聖女は目的を失うし、グレイシアたちに迷惑がかかることもなくなる。
こちらの世界に来る前はいつ死んでもいいと思っていたのに、今は命が惜しくなっていることには何ともいえない寂寥感を覚えるが、まあ、いよいよとなれば仕方がない。
恩人たちを命の危険に晒すわけにはいかないしね。
とはいえ、最初から諦めてかかる気もない。
できる限りの対策を考えるのだ。
しかし私のそんな思いは、一瞬の後、耳に届いた破壊音によってあっさり打ち砕かれた。