57.魔物好きなお代官様
オッサンにとってお偉いさんの呼び出しはとても怖いのだ
イニージオの町に戻った翌日、我々は探索者ギルドに赴き、帰還と依頼完了の報告にグランツの従魔登録、そして新たに開発した魔法の特許申請を行った。
短期間で二度目、それも毎回複数の魔法に関する特許申請にプラスして従魔登録まで申請したため、ギルド長に呆れられた。
特に従魔登録は、制度としてはあるものの実際に運用された例は数件しかないという。
「来訪者とはいえ、こんなに色々あるものなのか?」と胡乱げに言われても、私には「どうでしょう」としか答えようがなかった。
だって実際、グランツと出会ったのも偶然だし、魔法に関してもたまたま見聞きしたことが開発に有用なものだっただけなのだ。
ギルドへの種々の報告も終えたし、長旅から戻ったばかりだから数日は完全休暇にしよう、ということになった。
と思ったら、代官からの使者が尋ねてきた。
「私とグランツ……従魔をですか?」
「はい、代官が是非にと」
応接間で私の対面に座る執事然とした初老の男性が、ニコヤカに頷く。
彼の話によると、どうやら私がグランツを連れ帰ったことが魔物好き代官の耳に入ったらしく、代官邸に私を招きたいようだ。
昨日の今日で呼び出すとかフットワークが軽すぎる……。
「あいにく私は不調法者でして……」
「礼儀に関してはお気になさらず。代官は探索者の方とも頻繁に接しておりますので、その辺りのことには拘りません。普段通りで結構でございます」
なんとか穏便に断れないかと口を開いたところで逃げ道をふさがれた……。
まあ、貴族の誘いを断ることなんてできないと、分かってはいるのだが。
「分かりました。それでは、いつお伺いすれば……」
「いつでも結構でございますが、できれば早い方が代官も喜びます。本日の午後などいかかでしょうか?」
仕方なく了承しようとしたら即座に日時を指定された……。
結局そのまま指定された時間に迎えの馬車が来ることが決まり、執事らしき男性は帰っていった。
せっかちだなあ……。いや、代官がそれだけ従魔というものに憧れているのかもしれないが。
それにしても貴族の招待で馬車に乗って移動とか、まさにファンタジー創作物の典型だ。
物語であれば、こういうことから貴族に気に入られて便宜を図ってもらったりしつつ成り上がる――なんて展開になるのだろうが、私は権力や名声に関する上昇志向は全くないので、そんなことにはなってほしくない。
なんとか無礼を働かず、かつ気に入られすぎない程度にやり過ごしたいものだ……。
「はじめまして、ソウシと申します。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「ようこそ雷神殿。私が代官のティエリパーバー男爵家嫡男、イシュハンド・ティエリパーバーと申します」
「らいじん……?」
私がメイドの案内で応接間に入った途端、代官はいきなりよくわからないことを言い出した。
これではまるで私が雷神某という名前のようにとれる。
「おや、ご存じない?」
いかにも意外だといわんばかりの表情を浮かべた代官は、一つ頷き「どうぞ、おかけください」とソファを指し示すと自らも腰を下ろし、雷神について説明を始めた。
それによると、どうやら私が「電撃槍」を頻繁に使っていたのを目撃した探索者が多くおり、槍を振るうたびに奔る電気の尾がさながら雷を操る鬼神のようだと噂になっていたそうだ。
そこからついた私の二つ名が「雷神」なのだという。
駆け出し探索者に、そんなご大層な二つ名って……。
「お気に召しませんかな?」
「いえ、いささか名前負けといいますか、過分な評価かと……。私のことはソウシと呼び捨てにしていただければ」
「とんでもない! たった一月で五度も昇級したうえに単身でオークキングを倒し従魔まで獲得した方を呼び捨てなど!」
気遣わしげな代官の言葉に正直な気持ちを答えると、彼は大げさに反論してみせた。
……いったい、この人の中の私はどれだけ過大評価されているのだろうか。というか五度昇級という個人データまで把握しているとかいったいどういうことなの……。
いやまあ、普通に考えて代官だから町にいる探索者のデータを閲覧できる立場なのだろうが。
「ところで、従魔殿は……」
「あ、はい。お邸に入れるのもどうかと思いましたので、守衛の方に見ていただいております」
従魔にまで殿付けとは……。
ともあれ私の言葉を聞いて代官は一目散に玄関に移動。慌てて後を追うと、そのままグランツを連れて庭に誘導された。
どうやら今回のお誘いはグランツの能力を見ることが大きな目的の一つだったようで、請われるままに身体能力や電撃を使うところを見せることになった。
「いやはや……なんとも凄い。確か種族が分からないとか?」
「ええ、エルフの仲間の話では、少なくともこの百五十年ほどで一度も見たことがないと。探索者ギルドの資料でも確認できませんでした」
代官は私の答えに何度も頷くと、今度はグランツとの出会いの話を聞きたいと言い出した。
特に面白いことはないですが、と断りを入れてから、私はその辺りのエピソードを話した。といってもグランツがフォレストウルフに襲われているところを助けたというだけなのだが。
あっさり話し終えたと思いきや、当然のごとく前回の依頼におけるグランツの活躍ぶりまで話すことになった。
まあ、オークキングを倒したということを知っているのだから、そこら辺に突っ込んでくるだろうとは思っていたが……。
何にせよグランツは、警戒、探索、索敵、戦闘、と探索者に必要な技能を全て持っていると言っても過言ではないほど優秀だ。
グランツのありがたみを再認識することができたので、私にとっても代官に話をすることは無駄ではなかった。
「なるほどなるほど……実に優秀な相棒というわけですな」
話をする時点で用意されたお茶のカップを傾けながら、代官は満足げに頷く。
私も庭に設置されたテーブルに着き、ご相伴に与っている。貴族だけあって、お高い雰囲気がプンプンするティーセットがちょっと怖くはあるが……。
グランツはグランツで、なんらかの肉と牛乳を与えられて嬉しそうに口をつけている。それらは銀食器に盛られていて、なんとも贅沢な餌セットだ。
「それで話は変わるのですが……」
不意に代官がそう切り出してきた。何事かと思い耳を傾けると、私に依頼をしたいという。
そう、魔物の子供捕獲だ。
「なるほどねぇ。それでストライクラビットか、フォレストウルフの子供を捜すと」
「初めての指名依頼というわけね」
町の北側、平原を歩きながら今回の経緯を話す。
結局、代官邸を辞した後、探索者ギルドにおもむき、すでに出されていた「魔物の子供捕獲」の依頼を受けた。代官からの口ぞえで指名依頼ということになったため、報酬が多くなるそうだ。
まだ日暮れまでは時間があったため、装備を整えて出かけようとしていたところで、シェリーとグレイシアが同行すると言い出し、現在、共に移動中というわけだ。
「何匹つかまえればいいの?」
「一匹から三匹だそうです。まあ、そんなに簡単に見つかるとも思えませんけど。依頼としては期間を設定されていないので、そう急ぐ必要もないですが」
シェリーに問われ、内容を再確認する。今回の依頼は期限がないため、指定された数だけ魔物の子供を捕獲すれば良い。
とはいえ、あまり長期間かけるのはよろしくないだろう。
「なるほどねぇ。それはいいとして、ソウシ、敬語」
「あ、はい。いや、うん。気をつけるよ……」
自然に敬語になっているのをグレイシアに突っ込まれ、慌てて直す。
慣れないわあ……。