56.初めての旅の終わり
オッサンは頑張って生きようと思ったのだ
ドワーフの里での宴は三日の間、夜毎に行われた。
鉱山での採掘作業や鍛冶仕事で手が離せない者もいるため、人が入れ替わりながら参加できるように、数日間つづけているらしい。なんとも豪快な話だ。
宴の間には族長との対面もあり、私がエルフの里で「回帰」を使って多くの負傷者を治療したことを知っているドワーフ達は、そのことを他言しない、と彼が自ら確約してくれた。
これはありがたい。
些細なことだが、二日酔いに「回帰」が効くのも確認した。便利すぎる。
宴の行われない昼の間は、鍛冶・細工品工房の見学や川での釣り、そして魔法の研究をして過ごした。
残念ながら私に釣りの才能はないらしく、まったく釣れなかったが……。
後で電撃を川に流せば魚が取れるのではないかと試してみたのだが、馬鹿みたいに魚が浮いてきて、その場を目撃した者たちに呆れられたうえに大笑いされた。グランツは大はしゃぎだった。
そしてその日の昼食は魚尽くしだった。焼き魚に醤油はとても良いものだと再認識した。
魔法の研究に関してはいくつか成果があり、その一つが釣りの最中に濡れた衣服を乾かすのに活用できた。
そう「乾燥」だ。
これはドワーフの、地属性の精霊を移動させることで土の汚れを落とす「清掃」から着想を得たもので、水属性の精霊を濡れた衣服の上から別の場所に移動させてやることで乾燥させるという魔法だ。
この魔法の完成は女性陣に大喜びされた。というのも炊事洗濯に水濡れはつき物だし、長い髪を洗った後すぐに乾かせるからだ。
もう一つは、これも「清掃」から思いついたもので、火属性の精霊を移動させる。
その名も「凍結」だ。
読んで字のごとく、使えば対象を凍結させることができる。この魔法で作った氷を投入した冷たい酒を味わったドワーフ達は大喜びだった。
ただ、どちらも使い方を誤れば危険そうなので、人体には決して使わないように注意することになった。イニージオの町に戻ったら即、特許申請もしておくべきだろう。
とくに「凍結」は生モノの流通や保存で大きな影響が出かねない魔法だ。しっかり管理しておくに越したことはない。
「ソウシ、装備が完成したから工房まで来てくれ。身に着けてから最終調整をしたい」
ドワーフの谷に来て四日目の朝、宿の部屋を訪れたコベールにそう言われ、私は彼らの工房へと足を運んだ。グレイシアとシェリー、そしてグランツも同行した。まあ、グランツは大体どこへ行くにも一緒だが。
「どうだ?」
「特に違和感もないですね。良い感じです」
一通り確認した後コベールに問われ、私は問題ないと頷く。
強化改造された結果、小手と脛当てはそれぞれ上腕と腿をカバーするパーツが付け加えられ、革鎧は板金を革でサンドイッチした形に変化していた。
新たに兜も装備に加わったが、これも鎧同様の構造で、内側はやわらかいクッション材で覆われ、しっかり頭にフィットするため付け心地も良い。
槍も先日仮組みしたものがきちんと完成され、柄に巻かれた少しざらつきのある革が滑り止めの役目を果たし、素手でもグローブ越しでもしっかりと保持できる。
どの装備も少し青味がかった革で表面が覆われ、金属のパーツは鈍い金色に光り、渋いのに地味な感じはしないという絶妙な色合いだった。グランツの首輪と似た印象だ。
「良い感じねぇ」
「うん。似合ってるわ!」
グレイシアとシェリーも満足のようだ。なぜか私の足元のグランツも得意げだ。
しかし、この年になって鎧兜姿を褒められるというのも中々に気恥ずかしいものがある。オッサンのコスプレ的な雰囲気が……。
まあ、こちらの世界では年齢に関係なく、村や町の外ではある程度武装しているのが普通ではあるのだが。
「それでは、代金の五百Gです」
「おう、確かにもらった」
全ての確認を終え、コベールに硬貨の入った小袋を手渡す。
この金額はどう考えても安すぎるが、アーロンもコベールも頑としてこれ以上は受け取らないと言い張ったため、やむなく私が折れる形で決まった。
まあ、鍛冶師人生が終る瀬戸際から救われたのだから恩に着る気持ちはわかるが、今後は適正価格での取引にしてもらうように気をつけないと私が怖い。厚意に甘えすぎるのは良くないし。
「また何か必要になったら来てくれよ」
「はい。必ず」
アーロンにそう言われ首肯を返す。
昇級によって、徒歩でも荷馬車の倍近い速度で歩けるようになっているようなので、イニージオの町からドワーフの谷まで三日ほどでたどり着ける。走ればもっと短縮可能だろうから、それほど遠出という感じでもなくなっている。
やはり昇級の効果は絶大だ。
谷の川原には河口まで百キロメートルを超える石造りの道があるので少し実験してみたところ、今でも既に一般道の法定速度を軽く超える速度が出せるようだし、もっと昇級すれば全力疾走で新幹線なみの速度が出せるようになるかもしれない。
まあ、短時間しかもたないだろうが。もはやオリンピックがどうのこうのというレベルではないのは間違いない。
ともかく、探索者生活を続ける以上、信用の置ける鍛冶・細工職人とのつながりができたのは僥倖だ。今後もこの人脈を大事にしていこう。
明けて滞在五日目。我々は行商人ナルドの護衛としてドワーフの谷を後にした。
この四日間、皆それぞれにドワーフの谷を楽しんだようで、手荷物などが増えている。ドワーフの細工物や酒などを買ったのだろう。
私もナイフやクロスボウのボルト(羽は付けていない)をいくつか購入したりもした。ナイフは魔物の解体用で、ボルトは新たな魔法の実験用だ。
イニージオの町への帰路を行く馬車に揺られながら、ドワーフの砦を振り返る。
まだ手を振り続けているアーロンとコベールの姿が遠く見える。私も大きく手を振り返した。
町にたどり着けば、この世界に来て、探索者となって初めての長期依頼が終る。
往路でのグランツとの出会い。
エルフの里へ向かう森の中で初めて見たオーク。
里で知ったエルフと人間の違い。
人を憎むエルフとの出会いと、その死。
オークの軍勢との戦い。
死を意識した瞬間。
ドワーフの友人を得た一幕。
ようやく自然に笑えるようになったこと。
多くの経験をした。得た物も多い。失ったものは……どうだろうか。無かった気がする。
異世界への改札を抜けてから一月と少し。私の異世界行は一つの区切りを迎えていた。
果たして、これから何があるのか。探索者として生きていけるのか。不安は尽きない。
だが、この世界で私は生きている。
日本ではいつの間にか感じられなくなっていた生の実感。それが感じられるようになっただけでも、この世界に来て良かった。そう思う。
どこまで続くか分からないけれど、今はできるだけ頑張って生きるとしよう。