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55.仲間とは

 オッサンは気を使いすぎるのも相手に失礼になることもあるのかもしれないと思ったのだ




「ところでソウシ、一つ気になっていることがあるんだけど」

「なんでしょう?」


 やっと料理を楽しむことができるようになってしばらく、グレイシアが唐突にそう切り出す。


「それよぉ」

「え?」


 それと言われても何がなんだかわからないのだが……


「いつまで私たちに敬語使うつもり?」


 あー……それか。


「ええと……お世話になっている方々に敬語を使うのは、当たり前のことではないかと……」


 特にグレイシアは私よりずっと年上で、活動拠点に関することや槍の指導など、色々と世話になっている。オズマやシェリーにしても探索者としての先達で、探索者の常識や狩りの仕方、戦闘時の連携なども教えてもらっている。ミシャエラはオズマの奥さんだ。


 そういう人達に丁寧に接するのは、私の社会人としての常識だった。いわば私は彼らの弟子、あるいは部下のようなポジションなのだから。


「そうねぇ、それは正しいと思うわ。貴族なんかの立場ある人達や仕事でお世話になる人を相手にするならね。でも私たちはただの探索者で、偉い人ってわけじゃない。あなたと対等な仲間なのよ」


 私の答えが気に入らなかったのか、グレイシアは早口でまくし立てる。

 ……対等な仲間か。正直なところ、対等だと感じる相手など学生時代くらいしかいなかった。それも私がそう感じていたというだけで、相手にとってどうだったのかはわからないのだ。


 グレイシアが求めていることは何となくわかる。私が壁を作っているのが嫌なのだろう。

 彼女にとっては現状、立場を気にせず甘えられる相手が他にいないというのだから尚更だ。

 それに応えたいという気持ちはある。私にとっても彼女は好ましいと感じる相手なのだ。なのだが……。


「……私は、まだなんというか自信がなくて。それにうっかり失礼なことをしそうなのが怖いんですよね……」


 私が思うのは両親のことだ。怒鳴っては暴力を振るう母。私に無関心な父。この二人の血を引く私は、いったいどういう人間なのか。


 おそらく相手を自分より下だと規定したら自分勝手に振舞ってしまうだろう。気に入らなければ暴力に訴えるかもしれない。他者を不要だと、関わりすら持つまいとするかもしれない。

 そんな風になってしまうのが怖いのだ。


「いいわよ」

「え?」

「あなたが心配する程度の失礼さなんて大したことじゃない。いいえ、仲間ならお互いに失礼なことくらい言ったり、したりするものなんだから問題ないって言ってるの」


 グレイシアに再びまくし立てられ、私は絶句する。

 大したことじゃない、のか?


「別に失礼なこと言ったっていいでしょ。あとでちゃんと謝るなり、仲直りするなりできれば」


 そう言うのはシェリーだ。

 考えてみれば彼女もすでに一人前の探索者なのだ。そういった場での経験は私などより多く積んでいるだろう。

 仲間との関わり方を、私は知らなかった。あるいは忘れてしまっていたということなのだろうか。


 ……ああ、そうだ。エルフの里で二人のドワーフと話していた時に覚えた気安い感じ。あれが、仲間との自然な関わり方だったのだ。

 何かをしてもらって感謝し、何かを返す。相手を尊敬しながらも無意味にへりくだらない。そんな関係。


「そう、ですね。これからはなるべく敬語は……使わないようにするよ」


 そう言った瞬間、私は自分の肩から力が抜けるのを感じた。これまでは常に気を張っていた、ということなのだろう。

 ……もう随分、長い間そうしていた気がする。

 そう理解した途端、私は自然に笑みを浮かべていた。


「そ、そうよ! それでいいのよ! これおいしいわよ!」


 するとシェリーが慌てた様子で手に持っていた串焼きを私に突きつける。あさっての方向を向いた彼女の顔はやけに赤い。その様子を見たグレイシアは、なにやら驚いているようだ。

 ……なんだ? 私はまた何かやらかしたのか?


「え、えーと……いただきます?」


 困惑しつつ串焼きを受け取り一口かじる。

 その瞬間、なつかしい味に私は目を見開いた。


「この味は……」


 醤油だ! まさかこの世界に醤油があるとは……。


「な、なに? 口に合わなかった?」


 黙り込んだ私の様子に、シェリーが不安げにつぶやく。


「いえ、美味しいです。故郷の調味料と同じ味だったので……驚いたんだ」


 慌てて説明するが、敬語を使わないようにすると言ったのを思い出し、妙な言葉遣いになってしまった。


「あ、そうなのね。よかった……」


 それにシェリーは妙に大げさに安心した様子を見せる。

 何かエルフの里での防衛線が終ったあたりから態度がおかしいことが時々あるような……。


 それにしても、イニージオの町では醤油は見かけなかったしオズマ宅の食卓にも上った記憶はない。ドワーフの谷にあるということは、ここで作っているのだろうか?


「それは獣人族が作っている、醤油という調味料です」


 思わず考え込んでいると、横合いから声をかけられた。振り向くと行商人のナルドが笑顔を浮かべ、こちらに歩いてきていた。手には陶器のカップが握られ、酔っているのか顔は大分赤い。

 彼も宴を楽しんでいたようだ。


「獣人族、ですか?」

「ええ、ソウシさんは見たことがありませんでしたか」


 ミシャエラから少しだけ聞いた種族だが、その種族の思わぬ情報に私は疑問の声をもらす。ナルドは私のそんな様子に頷き説明を始めた。


 曰く、ドワーフの谷と「竜人山脈」を挟んで西側に「カトゥルルス」という国があり、そこでは人間やエルフ、ドワーフとはまた違った文化を持った獣人族たちが暮らしているという。


 中でも独特の調味料や酒の製造が有名で、ドワーフたちはその立地から多少の交流があり、それらの食品と武器・防具・農具などのドワーフが作った製品を輸出入しているそうだ。


「それが料理に使われていたというわけです」

「なるほど……獣人の国にも行ってみたくなってきました」


 説明を受け思わずそうこぼすと、ナルドは「カトゥルルスにいくことがあったら護衛の依頼を出しますよ」と言いながら私の側から離れ、バーベキューコンロに向かっていった。まだ食べたりないのだろう。


「ソウシ、まだ食べるなら取ってきましょうか?」


 コンロ上の食材を取っては食べているナルドをぼんやり眺めていると、グレイシアが気を使ったのか、そう申し出てくれた。


「あ、うん。いくつか、お願いしようかな」

「行ってくるわぁ」


 私の答えを聞くと、彼女はニッコリと笑って卓上の皿を手に取ると、小走りにコンロに向かう。私はそれを手を振って見送った。

 ほんの少しだが、自然に話せるようになった気がする。


「……シェリー? どうかした?」

「な、なんでもないわ!」


 視線を感じて振り向く、とシェリーにジッと見つめられていたため、何か気になることでもあるのかと尋ねたが、彼女は慌てて目をそらした。

 ……シェリーの挙動不審な感じが加速している気がする。


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