53.ドワーフの魔法
異文化との交流は楽しいものだとオッサンは感じたのだ
二人のドワーフは、砦の見張り役から我々が近づいていると連絡を受け、到着にあわせてわざわざ出迎えに来てくれていたようだ。
エルフの里へ援軍にきていたドワーフ達の一部は、里の防衛が無事に終ったことを伝えるため、戦後処理におおよその目処が立った頃にドワーフの谷へと戻っていた。
その中に私が治療したアーロンと、その付き添いだったコベールも含まれていたのだ。
谷に戻ったアーロンは「回帰」で回復した右腕のリハビリを兼ねて、軽く細工物を作っていたという。
「それが、こいつだ」
谷へと降る昇降機内で、アーロンは背負っていたカバンから一つの品を取り出した。それは金属と革で作られた首輪で、内側は柔らかく外側は硬いという装着感を考慮したものだった。
それを受け取りグランツに目をやると、期待のこもったまなざしを首輪に注いでいる。
「代金は……」
「いらんぞ」
いくらか?と聞こうとするとアーロンに遮られた。治療の礼だ、ということだった。
私は少し躊躇したが、彼の顔を見ると絶対に金は受け取らないと言わんばかりの表情だったため、ありがたく受け取ることにし、早速グランツにつけてやった。
「おおー! カッコイイわ!」
「よく似合ってるわねぇ」
首輪をつけたグランツの姿を見、シェリーとグレイシアが称賛の言葉をかける。グランツも嬉しげに尾を振っている。
グランツの白い毛に、青味がかった革に金色の細工が施された首輪が映えている。よく見ると細工は稲妻を思わせる意匠になっている。
おそらくグランツが電撃を使うところをコベールが見ていたのだろう。アーロンは気絶していたらしいしね。
「ありがとうございます」
「おうよ。……ところでソウシ、お前さんが使っている装備だが、ちょっとお前さんの格にあっていないんじゃないか?」
私がグランツの姿に満足しアーロンに礼を言うと、彼にそう指摘された。
あっていないということは装備か私か、どちらかが格が低いということだろうが……。
「もっと良い物を使うべき、ということですか?」
私が持っているのは初心者に毛が生えたようなレベルの探索者が使う程度のものだ。これまでのことを考えれば昇級もしているし、オークキングもほぼ単独で倒している。であれば装備の格が低すぎるということだろうと判断し、私はアーロンにそう問う。
「そういうことだ。今回の仕事でお前さんは最大の戦果を上げているから、金の余裕もある。そして町に戻ればきっと装備を新調しようと思うだろう。ならばここで新調していっても良いと思わないか?」
彼の言うことはもっともだ。脛当てと小手を買ったのも装備に不足を感じた時だったし、オークキングレベルを相手取るのであれば現状の装備では心もとない。
「なるほど……それは道理ですね。ただ、どれも買って一月程度なんですよね……」
「なに?」
私の言葉に物問いたげな顔になったアーロンに、探索者になったのが一月ほど前で、昇級回数はともかく実際初心者なのだと説明すると、二人のドワーフは唖然とした表情を浮かべ絶句してしまった。
「たった一月で五回も昇級……」
「とんでもない速度だな……」
しばらく言葉もなく私を眺めていたアーロンとコベールは、ようやく我に返ると呆れたようにつぶやいた。
……この流れも定番になってきた気がする。
「ま、まあ、それでも装備は新調すべきだと思うぞ。今、使っている装備を確認して、破損具合が問題ないなら土台にして強化するという手もある」
「少なくとも槍はもっとしっかりした物に換えておかないと、大物相手に太刀打ちはできないと思うぞ」
若干あわてつつ利を説くアーロンと、どうしても気になる点を指摘するコベール。私自身、装備の不足は感じていたから否はない。
「それじゃあ、できるだけ今の防具を強化するのと、槍で私に合いそうな物があれば見せてもらえますか」
そう私が答えた時、昇降機はちょうど谷の底にたどり着いた。
見上げれば、断崖絶壁と急角度で降る激流がさながら滝のような様相で実に雄大だ。
川原には大きな石もゴロゴロと転がっているが、石造りの通路が敷かれているため歩きやすい。大きな馬車も余裕を持ってすれ違えるだろう幅があり、道の脇はガードレールのように石の転落防止柵が設けられている。
さらにトロッコも敷設されていて、数人であれば乗って移動することも可能なようだ。
いかにも鉱山中心に作られたという感じだなあ。
「この橋を渡れば俺たちドワーフの住む谷だ」
アーロンの言葉と指し示す方向を見ると、深く速い川の流れを横切り、これも石造りのがっしりした橋が渡されていた。
この橋を渡り、我々はいよいよドワーフの谷に足を踏み入れるのだ。
見たこともない人々の集落へ訪れることに、私は年甲斐もなく高揚感を覚えるのだった。
ドワーフたちの住居は、断崖の壁面を穿って作られていた。
まず大きな通路が地の奥深くまで掘られ、その側面に居住空間が設けられる形だ。入り口付近は数メートルほどの階段で昇るようになっており、増水対策がしっかりなされているのが見て取れる。
鍛冶場や坑道は少し離れた場所にいくつも掘られており、寝起きするときに騒音が聞こえてくるようなこともなさそうだ。
全体を見通すこともできないほど長い谷を利用して作られたそこは、まさにドワーフの王国というべき物だった。
「ここが俺たちの工房だ」
一旦、宿へと案内された我々は、いくつかのグループに分かれて別行動をとることになった。
グレイシアはドワーフの族長への挨拶に出向き、オズマは疲れの見えるミシャエラと宿に残った。私とシェリー、そしてグランツは、アーロンとコベールに案内されて彼らの鍛冶工房に赴いていた。
装備の強化プランを話し合いたいという、ドワーフたちの要請に乗った形だ。
「じゃあソウシ、装備を外してくれ。ひとまず掃除だけはしておこう」
アーロンの指示に従い、装備を外し彼に手渡す。何らかの洗剤などを用いて清掃するのかと思えば、彼は革鎧の表面に手を当てると、おもむろに「清掃」とつぶやき、魔法を発動した。
「え?」
「なにこれ!? 汚れがポロポロ落ちてる!」
予想だにしなかった展開に私は困惑し、シェリーが驚きの声をあげる。
「はっはっは。これがドワーフに伝わる魔法の一つだ!」
自慢げに言うコベールは小手を手に取ると、アーロン同様「清掃」を使い汚れを落としてみせる。
彼らの話では、鍛冶や細工をする時に汚れが少しでも残っていれば後々悪影響が出る可能性があり、それを回避するために生み出されたのが、この「清掃」という魔法だそうだ。
「なるほど……地の精霊を移動させることで、表面についた土などの汚れをはがしているんですね」
「ん? ソウシ、お前精霊の力が見えるのか?」
「ええ、実は……」
魔法の実態を解明すべく「暗視」を用いて精霊の動きを見ていた私は、思わず気づいたことをつぶやき、アーロンに聞きとがめられたため、「暗視」に関するエピソードを話すことになった。
エルフの里への道中で夜の森を移動することになり、その際にグレイシアに協力してもらってエルフの暗視能力の原理とその応用を考えたことなどだ。
「はぁ~……突拍子もねえこと考えるもんだな……」
「それで実際に使える技術ができてるんだからなあ……」
ドワーフの二人は感心したような呆れたような表情を浮かべ、そうつぶやいた。