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52.ドワーフの谷へ

 オッサンは余計なことを言うんじゃなかったと思ったのだ




「あの人は何故あれほど私を殺そうとしたんですか?」


 粗末な牢に収監されたエルフ達を前にし、私は今日まで疑問に思っていたことを口にした。


 大小あわせ五度にわたって私を害そうとしたエルフ、イルチスティーノ。

 最終的に彼はなりふり構わず私を殺しにかかった。結果、オークキングの前に躍り出、なまくらな斧の一撃で背中側に二つ折りにされて死んだわけだが。


「……お前が人間で来訪者だから、それに加えグレイシア様を奪ったからだ」

「そこは理解しています。私が知りたいのは、そういう思考に至った過程です」


 檻の中の一人が口を開くが、それは私の求める答えではなかった。だから私は更に詳細を求めた。

 嫌いで憎いから殺す。それは理解できるが、言ってみれば今回のことは八割方イルチスティーノのやつあたりだ。


 私は当事者でもあるが、さっき彼が挙げた「人間である」「来訪者である」「グレイシアを奪った」という要素を積み重ねたのは、あくまでグレイシアの亡くなった旦那なのだ。その責任を私に求められても困るとしか言いようがない。


「知らんよ、そんなこと。アイツは昔から人間が嫌いだったし、気に入らない奴は何としても排除する。俺も人間なんぞ嫌いだったから、イルチスティーノと共に行動していただけだ」


 どうやら疑問は解消されないようだ。

 それにしても、これほどまでに子供っぽい行動原理で行き着くところまで行き着いてしまえるとは……。


「……アイツは恐れていたんだ」


 それまでダンマリだった別のエルフがポツリポツリと話し始めた。

 彼によると、イルチスティーノはかなり悪辣なことをして己に否定的な者を排除していたらしい。


 それは狩りの最中に誤射を装って矢を射掛けたり、数を頼みに暴行を加えたり、根も葉もない噂を流したりなど、どれをとっても許されないことばかりだ。


 そしてそういった悪事のほとんどは長老の血筋であるイルチスティーノの親によって握りつぶされてきた。だが、この百五十年の間に彼の両親は次々と亡くなり、その権威を恐れていた者たちは口々に事実を暴露。イルチスティーノは急速に立場をなくしていったそうだ。


 だが、これまでまさに虎の威を借る狐で生きてきた彼は、その威をなくしても態度が改善されることはなかった。

 事ある毎に、自分の凄さをアピールしようと躍起になり、他者の功績を奪おうとし、それが上手くいかなければ同胞を害してでも頂点に立とうとする。しかしそんなことをしていれば当然、立場はより悪化する……というループを繰り返し、袋小路まで追い詰められていたようだ。


 そこで今回のオーク襲来は起死回生のチャンス、と張り切っていたところに我々の登場。いよいよ抑えが利かなくなり暴走、イルチスティーノは命を落とし、長老の血筋はあえなく途絶という結果に至ったということだった。


「そうですか……納得はできませんが、理解はできました」


 話してくれてありがとうございます。と締めくくり、私はその場を離れた。

 ……結局、色んな要素が重なって長い時間をかけて悪化し続けた挙句の果てに、私たちが貧乏くじを引かされかけたというのが真相か。

 なんとも腹立たしいが、首謀者は死に、その仲間たちは全員お縄になったのだから、これ以上は何ともならないのだろう。


 今はきちんと檻に閉じ込められているのだから、また脱走して殺しに来るなんてことは、もうあるまい。

 そう思うしかない。


 ……あれ? そういえば罪を犯すと女神の加護を失って魔法が使えなくなるんじゃなかったか?

 エルフは人間とは違うということだろうか……。謎だ。




 その後、数日をかけて戦後処理を終え、我々はエルフの里を出ることになった。


 グレイシアをはじめとした族長の家族たちは、長い年月を埋めるように一日の大半を共に過ごしていたようだ。

 オズマだけは女性陣に囲まれて居心地悪そうにしていることもあったが、私は心の中で声援を送りつつも出来る限りスルーし続けた。

 だってうかつに助け舟を出そうものなら、家族の団欒に引っ張り込まれて外堀を埋められそうだったのだ。


 グレイシアのことは憎からず思ってはいるが、正直なところ私にはまだ誰かと対等に関われる自信がない。これはもう今までの人生で染み付いてしまった性分だからどうにもならないのだ。

 できれば改善したいとは思っているのだが……。


「みんな、今回は本当にありがとう。また、遊びに来て頂戴」


 門前まで見送りに来たエルフの里の族長、レティシアは晴れやかな顔で我々を見回す。

 何とも言えない部分はあるが、オークとの戦いを経て内憂も外患もひとまずは取り除かれ、家族のわだかまりも解消されたのだ。

 族長の言葉も決して社交辞令ではないだろう。


「ええ、必ず皆でまた」


 グレイシアはそう答え、しっかりとレティシアと抱き合った。ミシャエラ、シェリーも同様だ。さすがにオズマと私は自重した。しかしグランツはちゃっかり抱きついていた。オスとはいえ狼だから許されるのだ。


 ひとしきり別れを惜しみ、何度も振り返りながらエルフの里を後にし、次の目的地であるドワーフの谷へと、我々は足を踏み出した。




「帰りは早かったわね」


 シェリーの言うとおり、通常であれば二日はかかる道程が昼間で見通しが良いとは言え一日で踏破できていた。まだ夕方前の時間帯で、ドワーフの砦まで間もなく辿りつくというところだ。


「昇級したおかげで、平均速度が上がったからだな」


 オークとの戦いで我々はグレイシアを除いて全員が昇級していた。

 グレイシアは昇級しにくいエルフということと、すでに六回昇級しているということから今回は昇級しなかったのだろう。

 結果、私は五回目、オズマ六回目、ミシャエラ五回目、シェリー四回目の昇級となった。グランツは一気に成長していることから分かりにくいが、恐らく三回目相当の昇級だと思われる。

 オズマが言うことも納得の昇級率だ。


「それにしてもソウシの昇級速度は異常だな」

「はは……大物をほぼ一人で倒した影響があるんじゃないでしょうかね」


 オズマが二十年ほどで五回昇級と言っていたことから、普通の探索者生活ではそう頻繁に昇級はしないということは分かっている。

 だが、今回は短時間に大量に魔物を倒しているため里のエルフにも昇級したものが出ていると聞いた。

 そこに持ってきて私はオークキングを撃破していることが更なるプラスになっていると考えられる。


「それよぉ! 忘れるところだったわぁ!」

「本当にあの時は無茶をしたわよね、ソウシ……」

「私たちもオークリーダーを相手にしていたから援護できなかったしねえ……」


 オークキングの話題が出た途端、私に非難の言葉と冷たい視線を投げてよこす女性陣。

 ……お説教を免れることはできないようだ。




 結局、ドワーフの砦に辿りつくまで、私は女性陣のお説教に晒され続けることになった。

 触らぬ神に祟りなしとでも思ったのか、グランツは先頭を、オズマは殿を、女性陣+私とかなりの距離をとって歩いていた。

 そしてお説教の中で、私は「一人で動かない」「理由を説明する」といったことを約束させられた。


 とはいえ彼女たちも、あの局面はああせざるを得なかっただろうとは感じているらしく、怒っているというよりは心配してくれているといった感じのようだ。ありがたい。


「おーい! ソウシ!」

「待ってたぞ!」


 私を呼ぶ野太い声に顔を上げると、砦の門前で手を振る二人のドワーフの姿が目に映る。

 一足先にドワーフの谷に戻っていたアーロンとコベールだった。


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