51.二人のドワーフ
ドワーフの体力って凄いとオッサンは感心したのだ
オズマの勧めに従って朝食?をとった私は、再び重傷者の治療を行っていた。
とはいえ、すでに何度も「回帰」を使っているため、早々に魔力枯渇による倦怠感を覚え始めたので、数人回復させたところで治療を打ち切ることになった。
「はー……疲れた。しかし、負傷の大小はあっても回帰を十回も使えるとは……初めて使ったときとは雲泥の差だなあ」
オークの死体処理などで動いている人の邪魔にならぬよう内壁や医療現場から離れた場所に移動し、私は地面に座り込んで休むことにした。
「ああ、そうだ。グランツ、あの時は助かったよ。お前がいなきゃ死んでた」
胡坐をかいた私の膝に上半身を乗り上げているグランツの頭をなでながら、私は彼に礼を言った。
グランツが電撃タックルで作り出したあの一瞬がなければ、オークキングの一撃に対応することはできなかったはずだ。走馬灯は見えなかったが、十分死を予感させる局面だった。
「大きくなっちゃったから、首輪か何か付けておくべきかもなあ」
無害そうな子狼であればさほど気にならなくても、大きな狼となると連れ歩くのも憚られる。
特に街中ではきちんと「飼い犬らしさ」を出しておくべきだろう。グランツは世にも珍しい魔法を使う魔物だから尚更だ。
「ならドワーフの谷に来たときに俺が作ってやるよ」
そう声をかけられ顔を上げると、そこには満面の笑みを浮かべた二人のドワーフがいた。
「……? もう動けるんですか!?」
ドワーフは皆ひげもじゃで体型も似通っているため私には中々見分けがつかないのだが、その二人には見覚えがあった。というのも、私が治した者の一人と彼に付き添っていた男だからだ。
しかし、まだ「回帰」での治療を施してから二~三時間ほどしか経っていない。にも拘らず歩き回れるようになるとは……。
「まあな、まだダルくはあるが」
「こいつがソウシに直接礼を言うといって聞かなくてな」
さすがにきつそうな表情を浮かべながら、もう一人は苦笑いを浮かべながら私の傍らに腰を下ろす。
そりゃあ苦笑いするしかないだろうなあ……。
「あまり無理はしないでくださいよ。せっかく治したのにまた怪我でもしたら困りますから」
「わかっとる。しばらくはゆっくりするさ。ともかく……」
治療してくれて感謝する。そう言って彼は深々と頭を下げた。胡坐をかいた膝に置かれた彼の右腕は動きにぎこちなさもなく、ちゃんと回復しているようだ。
「どういたしまして」
さっぱりとした彼の礼を、私も気負いなく受け入れた。
二人のドワーフ、アーロンとコベールと、ドワーフの谷でグランツの首輪を作ってもらう約束をした後、私はしばらく彼らと雑談に興じた。
その内容はオークキング登場以降の流れがメインとなった。というのもアーロンはオークキングの一撃を受けて気絶していたからだ。
主にコベールが身振り手振りを交え戦況を説明し、私が少し補足を加える。そんな形だった。
困ったのはコベールがやたらと私の活躍を讃えたがることだ。実際やったことではあるが、第三者から自分の動きを美化したような言葉で語られると、なんとも面映い気分になってしまう。
「しかし驚いたぞ、あの時は。なんで殺し間に飛び込んだんだ?」
ひとしきり語り終え、コベールは私にそう問いかける。確かに一人で飛び出すなんて馬鹿としか言いようがない行動、私もできることならしたくはなかった。
「ああ、あれはですね……」
私は苦笑いしながら当時の状況を説明した。
魔法による攻撃を加えた結果、オークキングの注意が私に集中してしまったと感じたこと。実際に私が単独行動に出ても奴の視線は私からまったく離れなかったこと。それらのことから、うかつに里内に留まれば一気に蹂躙されかねないと判断したことなどだ。
「なるほどな……。しかしそれなら、もっと早くソウシの魔法で攻撃するべきだったんじゃないか?」
「……いや、それはマズかっただろう。エルフにとっても、俺たちドワーフにとってもな」
アーロンの疑問も、もっともだ。しかしコベールの意見は異なるようで、渋い顔で否定する。
「なんでだ?」
「じゃあお前、わざわざ援軍に来たのに、見てるだけで終ったら、どう思う」
「そりゃあ……何しに来たんだ?って思うわな」
そこまで話して得心がいったのか、アーロンも「ああ……」と嘆息しつつ何度も頷く。
「つまりソウシは俺たちやエルフ達の顔を立ててくれた、って事か」
「……それもありますが、一番重要なのはエルフ達が今後、独力で里を守れるようになること、ですね。」
まあ、それはオークキングの登場で台無しになったわけですが。とアーロンの疑問に対する返答を締めくくる。
実際、オークキングさえ現れなければ、エルフとドワーフの連携である程度余裕を持って対処できていただろう展開だった。
「なるほどな……聞いた話じゃあ、これまでも結構な犠牲を出していたらしいし、備え、鍛えるってことをはっきり自覚するにはいい機会だったってわけだ」
「ええ、いささか苦い経験になってしまいましたが、これでエルフの意識も変わるんじゃないかと。……まあ、そこまで考えたのは私じゃないんですけどね」
実際に決めたのはエルフの族長とその娘さんですから。とおどけるように言って見せ笑うと、ドワーフ達もつられて大笑いする。
……こんなに屈託なく笑えるなんて、いつ以来だろうか。
「ソウシ、こんな所にいたのね。おばあちゃん達が探していたわよ」
顔を上げるとそこにいたのはシェリーだった。どうやら何か話すべきことがあるようだ。
「あ、はい。分かりました。それじゃあアーロンさん、コベールさん、私はこれで」
「おう、またな」
「ドワーフの谷で待ってるぞ!」
ドワーフたちと挨拶をかわしその場を離れる。グランツも別れを惜しむように彼らに体をこすり付けてから私に続いた。
「それじゃあ案内をお願いします」
「え、ええ……こっちよ」
微笑んで頼むとシェリーは何故か急に顔を赤くしうつむきながら踵を返した。
……なんだろうか。何か赤面するようなことを私がしてしまったのだろうか?
グレイシア達と合流した私は、そのまま族長の案内でとある場所を訪れていた。
そこは急遽用意された牢。木製の檻に閉じ込められているのはイルチスティーノと行動を共にしていたエルフ。
戦争の最中にまで私の命を奪おうと襲い掛かってきた男の仲間達だった。