47.戦闘前
オッサンは過去のことを思い返すなんてちょっと死亡フラグ立ちそうだなんて思ったのだ
話し合いの結果、シェリーとグランツは最後方で全周囲の警戒。それ以外のメンバーは適宜、エルフやドワーフ達をサポートするという事になった。
火力的には私が最も高いため、敵側が優勢になった場合、即座に前に出る必要がある。それに次ぐのがグレイシア、ミシャエラだ。
ただ、この三人は回復役も兼ねるため、自分が負傷することを最も避けねばならない人員でもあるのが中々に悩ましい。エルフにも多少、回復魔法を使える人員がいるが、あくまで攻撃要員として動くのがメインの役割なのだ。
「ナルドさんの手紙はドワーフの谷で色々な交渉があるから、もしかしたら長く滞在することになるかもしれない、って」
行商人からドワーフに託された手紙はそういうことだったようだ。事前にお互いの状況に合わせると決めていたのに、わざわざ手紙をよこすとは律儀なことだ。やはり商人はマメな人でなければ務まらないのか。
「あと、イルチスティーノ達のことだけど」
最後にグレイシアが、私への襲撃を企てた数人のエルフについての話を切り出した。
私自身はすでに族長から聞いていたことだが、彼らはオークとの戦いが終るまで監視つきで謹慎させるそうだ。実際の処罰に関しては、事態が落ち着いてからとなる。
「あいつが長老の血筋ってところが面倒なのよね……」
と、グレイシアがぼやく。
どうやらエルフの特性で子供が少ないことが、ここでも影響を及ぼしているようだ。それも貴重な血族の最後の一人ともなれば、そう簡単には重い処分を下すわけにもいかないと。
正直、開拓村での一件と比べるとあまりに生温いとしか言いようのない処分だが、それがエルフの里の方針であるなら文句の言いようもない。あとは……。
「脱走して、また悪さしなきゃいいけどね」
どうやらシェリーも私と似たような懸念を抱いているようで、呆れたように、そう言い放つ。
完全に同意、というやつだ。
どうあれ、これが決定である以上は、内部の敵にも警戒しながらオークの襲撃に対処するしかない。
一難去ってまた一難どころか難の投売り状態だが、私にできるのはこれ以上の難が訪れないよう祈ることくらいなものだ。
本当にもうこれ以上、何も起きてくれるなよ……。
私の祈りが天に通じたか、翌日は特にトラブルらしいトラブルはなかった。
日中はエルフ、ドワーフ、そして我々と各人員が戦闘の準備を整えることに費やし、夜は見張りの者を除きゆっくりと眠った。久しぶりの順調な一日だったと言える。
移動してきたばかりのドワーフにも多少なり疲れがあっただろうから、この一日はプラスに働くだろう。
そして、その翌朝。ついにエルフの警戒網にオークの集団が踏み込んだと通達があった。
「到達予想は?」
「日没後ってところらしいわ」
「ならば今のうちに最前列に出る予定の者たちに、十分な休息を取らせておくべきだな。寝られる者は寝るように言っておくか」
人間、エルフ、そしてドワーフ勢の代表者たちが口々に情報を交換、方針を決定していく。
とはいえ事前に話し合っておいた内容の再確認である。現状、特に変更は必要なさそうだったことも手伝って、会議はごく短い時間で終わった。
遊撃とサポート役である我々、探索者団も休息に入るべく族長宅の離れへと戻る。
現在時刻は午前十時八分。オーク襲来の報せは、朝食をとり終えた頃にもたらされた。悪くないタイミングだった。
「今から寝なおすのも、ちょっと難しいかしらねぇ」
「そうですね。まだ起きて三、四時間というところですしね。でも横になって目を瞑っているだけでも大分違うでしょうから、装備の再点検を済ませて休むべきかと」
グレイシアの言葉に応えると、彼女からも「そうね」と同意の言葉が返され、我々は個室でそれぞれの装備の点検に取り掛かった。
槍の穂先を確認し、全体の汚れをふき取ると軽く油を塗る。こちらに転移した当初は、木の枝と小型十徳ナイフで作ったピックを使ったものだが、こうしてちゃんとした武器や防具を揃えられていることに、なんとも言えない感慨を覚える。
「自分ひとりで生きる基盤を作れれば良いと思っていたが……」
これまでの日々はおおむね出会った人に助けられてきたと感じる。
開拓村の神父、オズマとシェリー、行商人ナルド、そしてグレイシア。はっきり言ってこれだけの好意的な人達と出会えたのは奇跡だ。
幸運にも恵まれ、彼らの信頼を得られたと思う。
「期待と信頼を裏切らないように頑張らないとなあ」
来訪者として現代知識を持っていたことで、彼らの思いつかない魔法をいくつも生み出せたのが大きな期待を抱かれてしまう原因だ。
正直、重いし怖い。
やせ我慢を続けているが、魔物との戦いも恐ろしい。いまだに刃が肉に突き刺さる感覚などにも慣れない。
「あっちじゃ期待なんて、されたこともなかったからなあ……」
子供の頃から言いなりにならなければ怒鳴るうえに手が出る母。私には何の興味も持っていない父。その父に溺愛される妹。
家族の中で私は役に立たない存在だった。
何か失敗をすれば罵倒されるばかりの環境は、私に「己の考えで動くこと」を許さなかった。その結果、私はいわゆる「指示待ち人間」になったのだが……。
「自分で動かなきゃ死ぬもんねえ」
この世界に来て、ある意味まだ小さな子供だった頃の自分を取り戻せた気もする。自分で考え、動く。当たり前のことではある。
「打算含みとはいえ、人を助けて感謝されたことも大きかったなあ」
命がかかっている局面ばかりだったとはいえ、感謝の言葉は素直に嬉しかった。
日本では人を助けても仇で返されることばかりだった。
誰かが途中で放り出した仕事の尻拭いをさせられ、成果は放り出した人間のものになるなど日常茶飯事。文句を言わない人間だからと上司に理不尽な要求をされることも間々あった。
結局、誰にとっても私は「下」だったのだ。事実はどうあれ、能力が低い、使えない奴。それが私への評価の全て。
幸いといって良いのかどうかはわからないが、それなりに整った外見に無害そうな笑顔のおかげで、異性にはそれなりにモテたから女性経験はある。
まあ、そういった部分が私を下に見る者にはイラつくポイントだったのかもしれないが……。
「それが今や、小さな集団とはいえ居場所がある。ホント、人生は何があるかわからないものだねえ」
手入れを終えた槍を壁に立てかけ、私はベッドに倒れこんだ。足元で装備の点検が終るのをおとなしく待っていたグランツも、すかさずベッドに上がってくる。
「何もかもが怖いけど、せめてできることはしないとね」
胸元にアゴを乗せるグランツをなでながら、私はこの後の戦いに思いを馳せる。
人生最大の、命をかけた戦いだ。
日本では一生味わうこともなかったであろうその戦いが、否応なしに私に生を感じさせる。
「むこうじゃ、いつ死んでもいいと思ってたけど……」
今は命が惜しい。
得たものを失いたくはない。
そのために敵の命を奪う。実にシンプルだ。
「眠れそうもないな」
胸の鼓動が、やけにうるさい。
「仕方がないか」
私は目を瞑り魔力を練ると「回帰」とつぶやき、魔力を枯渇させ意識を飛ばした。
目覚めればオークとの戦いが待っている。