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46.作戦会議

 はったりみたいなものも時には有効だとオッサンは思ったのだ




 どうにかエルフ達の軽挙妄動を押し留めることには成功した。だが、中心人物であるイルチスティーノが、ここからどう動くかが問題だ。


 冷静になれるタイプなら昨日の一悶着自体がもっと穏便に終っていただろうし、今朝の一悶着は起きていなかっただろう。で、今のこの場での一悶着だ。もう希望的観測は無駄といって差し支えないだろう。

 となると、次の行動は「キレてみせる」だろうか。


「そ、そんな魔法ありえん! き、貴様、いったい、何者なんだ……」


 おっと、半ギレといった程度に収まったようだ。威嚇がよく効いたらしく、若干、頭が冷えたか。

 しかし、ここまでやって見せなければ頭が冷えないというのも、憎悪だか敵意が強すぎではないだろうか? 自分の実力すら敵対の前提条件に含まれないというのは、あまりに命知らずだ。


 やはり「弱い魔物しかいない」というエルフの里周辺の環境が危機感を失わせているのかもしれない。

 オークがいつ攻めてくるかも分からない状況で味方を害そうというのだから重症だ。


「何者か、ですか……。そうですね、私は来訪者らしいですよ」


 この世界にはない知識や技術を持っていると言われている、ね。とイルチスティーノの問いに、私は淡々と答える。「来訪者」という存在を知っているなら更なる抑止力が期待できるかもしれない。


「来訪者……」

「あの魔法も、その知識から生み出されたものなのか……?」

「夜目が利くのも来訪者だからか?」


 口々に驚愕を漏らすエルフ達。あまり他の種族と交流がなくても来訪者の事は伝わっているようだ。

 ……これなら、もう少し時間稼ぎができるか。


「そうですね。来訪者だから考え付いた、という部分は大きいと思います。他にも色々と魔法を開発していますし」


 誰かのつぶやきに答えた私の言葉に対し、純粋な感嘆を含んだ声がもれ聞こえる。多少、オークとの戦争直前という現状を理解している者も含まれているらしい。

 ……比較的、好意的なムードに変わってきただろうか?


「……何が来訪者だ。すべて、まやかしだ! そうだ!魔物には妖しい能力を持つものもいるという。貴様、魔物だろう!」


 ダメだった。

 勢いを取り戻したイルチスティーノは完全にキレていた。その言動は、あまりに支離滅裂だ。まるで精神の平衡を失っているように思える。


「魔物は殺さねばならん……! ここで死ね!」


 物騒な宣言と共に、彼は私へと切っ先を突きつけようとし――横合いから蹴り飛ばされた。

 ……どうやら時間稼ぎは終了のようだ。


「お前たち、何をしているのかしら」


 蹴りの主は族長レティシアだった。私を囲むエルフ達に問いかける彼女の側にはグレイシアをはじめとした探索者団の面々の姿もある。


 上空、正確には若干、里の中心部の大樹方向に放った「電刃」は上手く彼らの目に留まったらしい。薄暗い時間帯だったのもプラスに働いたのだろう。

 出来すぎと言えば出来すぎだが、なんとか最悪の結果は避けられた。


 ……なるべく負担を増やさないように、と思っていた矢先で申し訳ないが、あとは族長の判断に任せることになるだろう。




 その夜、エルフの里には二十人ほどのドワーフが訪れていた。

 行商人ナルドの持ち込んだ食料品などで余裕ができたら、オークの撃退を手伝うという約束が結ばれていたからだという。


 隠密行動が得意とはいえない彼らだが、夜目が利き装備も革鎧を中心とした軽いものにしたおかげで、比較的早い到着となったようだ。

 案内役のエルフもあらかじめドワーフの谷に待機、同行していたらしく、オークの斥候に見つかって尾行されるといった心配もなさそうだ。


 ただ、森の中がいつもより騒がしいとも感じたらしく、早急に防衛体制を整える必要があるということで、即座に各団体の代表を集めて会談を行う運びとなった。




「ナルドから手紙を預かってる。確認してくれ」


 族長宅でのトップ会談で大まかな担当区域の割り振りも終わり、それぞれの宿に移動するという時、ドワーフの隊長がグレイシアに一通の手紙を差し出した。


「ありがとう。ゆっくり休んで頂戴」

「ああ、そうさせてもらう。ここは地面がなくて落ち着かんから下でな」


 二人はにこやかに労いと軽口を交し合うと、族長宅を出た。

 ……なぜトップ会談に私が混じっていたのかというと、探索者団としてはグレイシアが代表だが立場的には人間側であるため、人間である私かオズマが同席すべきという話になったからだ。そしてオズマがお堅い場を嫌がったため、選択の余地はなかった。


 実際のところ私が口を出す局面はなかったので、ただグレイシアの隣に座っているだけだったが……。まあ、それで場がまとまるなら文句はない。


「おばあちゃん、ソウシ。話し合い終わったの?」

「ええ、ついさっきねぇ」


 離れに戻るとシェリーとグランツが出迎えてくれた。恐らく人の話し声が聞こえたのだろう。相変わらず耳がいい。


「決まったことを話すから、ミシャエラとオズマを呼んできて頂戴。お茶も準備するからキッチンにねぇ」

「わかったわ」


 グレイシアはシェリーに指示を出すと、キッチンへと移動する。私もグランツと共に後に続く。


「ナルドさんは何かしらねぇ」


 ポットを火にかけ、茶葉とカップを用意し終えたグレイシアは、そうひとりごちながらドワーフから受け取った手紙の封を切った。

 彼女が手紙に目を落としている間、椅子に座った私は膝に乗ったグランツをなでながら考える。夕刻の一幕についてだ。


 イルチスティーノの行動は常軌を逸していたが、冷静な目で見るなら当然、理由がある。そしてそれは幼い頃から偏った教育を施され己の才能に驕ったうえに、親の力で手に入れるはずだった女性を他人に奪われたことが大部分を占めるだろう。

 しかし、それで殺そうとまでするだろうか?


 確かに、トラウマを刺激する事態があったのは事実だ。

 里に来た当初は私の事を何も知らず、根拠のない自信から食って掛かるという事はあってもおかしくはない。だが、軽くあしらわれた後での二度目、三度目となると話は違ってくる。


 ましてや今は、オークとの戦争直前という状況だ。ここで戦力を削る愚を犯してまでも私を殺そうというのは、どう考えても普通の精神状態ではない。

 彼と共にいたエルフ達もおそらく人間を嫌っているのだろうが、それでも気が進まない様子がある者もいた。この違いはどこから来るのか。

 人が狂気に駆られるきっかけは―ー。


「おまたせー」


 シェリーの明るい声で私は現実に引き戻された。

 テーブルを見ると、すでに人数分のお茶が煎れられ、温かそうな湯気をあげている。

 ……今はトップ会談の報告をするべきか。


「それじゃあ、お茶を飲みながら聞いて」


 グレイシアの言葉で報告会が始まる。

 今回の防衛線の主力は当然ながらエルフ、そのサポートがドワーフとなる。防壁の内に陣取り、弓と魔法で攻撃するのが、その役目だ。ドワーフはクロスボウを主兵装として用いるらしい。


 我々の担当区域は防壁後方で、人数が少なく個々の手札も豊富なことから遊撃に当たることになった。言ってみれば出ずにすむのがエルフの里にとって一番いい結果になる、というポジションだ。


 逆に言うと、我々が動き回らなければならない状況に陥っていたら、何らかのトラブルが起きているという事になる。


「とは言っても、エルフは昇級回数の問題で魔力の枯渇も早いわ。その穴を埋めるのがメインになるでしょうね」

「となると、俺とシェリーはせいぜい人員交代時の護衛くらいなもんか」

「そうね。あとは私とミシャエラ、それにソウシは回復役として動く場合もありうるわ」

「ソウシが回復役をやる状況って……酷いことになってるって事よね?」

「そうね。回帰でないと対処できない負傷って事だものね……」


 グレイシアの報告が一段落すると、みな口々に考えられる状況を挙げていく。

 ……やはり私が動かずにすむのが一番いいようだ。そんな状態にならぬよう気をつけねば。


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