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45.諍い

 使える手段は増やしておくに限るとオッサンは痛感したのだ




 言い訳を完封され、イルチスティーノは森へと逃げていった。どうやら、グレイシアが族長から細かい事情を聞いているとは考えもしなかったようだ。


 彼は去り際ギリギリまで私をにらんでいたが、その目には何とも言えない危うさが感じられた。妙な行動に出られないように気をつけるべきか……。

 事は小規模とはいえ、オークとエルフの存亡をかけた戦争なのだ。獅子身中の虫になられでもしたら、その影響は計り知れない。


「つまらない邪魔が入ったけれど、そろそろ休憩にしましょう」


 グレイシアの音頭で剣呑だった空気がようやく払われ、我々はミシャエラの用意している休憩場所へと移動した。

 休憩後は内壁の強化を行うことになるのだから、しっかり休憩して魔力を回復させなければ。

 それと同時に、これまであまり使ってこなかった魔法についても考えておくべきだろう。


 今のところ相手を押し留めるのは地属性の「土壁」か「石壁」だったが、水属性の「水流壁」もある程度視界を確保したまま防御できるから乱戦時にも使いやすいと思われる。

 使えるようになって日が浅い風属性に関しても、研究して損はあるまい。


「皆、お疲れ様」


 休憩していると族長がエルフ達をともなってやってきた。昨日、防壁構築にあたったメンバーだ。

 この後は彼らと共に作業してほしいとのことだった。内壁の強化と、殺し間内への射線確保のための土台作りがメインとなる。壁の高さは百五十センチほどだから、土台がなければ攻撃することもままならなくなってしまうのだ。


「レティシアさん。ちょっと話しておきたいことがあるんだが」

「あら、なにかしら?」


 オズマが族長に先ほどのイルチスティーノとの一悶着を説明する。娘のシェリーに関わることだったため捨て置くことはできないということだろう。


 内容的にも変に伝われば我々の立場が悪くなりかねない。それは族長にとっても好ましくない展開だ。何せ、私とグランツを除けば全員家族なのだから。


 案の定、そのことに思い至ったのだろう、族長の表情が曇る。

 同様に周囲のエルフ達も苦虫を噛み潰したような顔をしている。ただ、彼らの場合は人間に舐められたと考えているのか、イルチスティーノの行動が疎ましいのか、どちらなのかは分からないが。


「それと、もう一つ。彼は森に姿を消したのですが……」


 私はオズマの説明が終ったのを見計らって懸念を伝えることにした。というのも、今の状況でうかつに森をウロウロすればオークに見つかってしまう可能性が高まるからだ。


 オークが来たとき、防壁が完成しているかどうかは大きなポイントだ。万が一にも襲来が早まるようなことがあっては困る。

 冷酷なようだが、勝手な行動をとって一人で死ぬならまだいいが、事はエルフの里全体の危機なのだ。マイナス要素は排除しておくべきだろう。


「……戻ったら出歩かないように言っておくわ」


 族長も事態が面倒な方向に進みそうだと感じたらしく、苦々しげな表情を浮かべ頷く。

 ……この人もグレイシアと同じで抱え込むタイプのようだ。これ以上心労を重ねさせないためにも、せめて里の防衛が円滑に行えるように協力するべきだろう。




 その後、日が傾く頃まで作業を続け、防壁構築は予定通り終了した。

 エルフ達は早々に魔力切れとなったため、午後のほとんどは我々探索者団の四人での作業だった。

 昇級回数が魔力量の多さにも直結していると再認識させられる。


 ……なんとかエルフも昇級を進めるようにすべきなのだろうが、どうしても種族的な成長速度の遅さがネックになってしまう。効率的な狩場でもあればいいのだが……。


 とはいえ急成長など望めないのだから、現状の手札でどうにかするしかない。そもそも私はエルフ達の方針を云々する立場にないのだから、どうしようもないというのが本当のところだ。


 そこで私はできることをしよう、とグランツを伴って里の外周を見て回ることにした。どこかに見落とした侵入ルートが在りはしないか?という懸念からだ。

 だが、これが失敗だったのだろう……。


「何のつもりですか?」

「……知れたことだ。人間なんぞに里を汚されては困るんだよ」


 里の西、少し崖が低くなっているように感じ、足を止めていた私は現在、数人のエルフに囲まれていた。当然、その先頭に立つのはイルチスティーノで、私の問いかけに暴言を返したのも彼だ。


 状況と彼らの立ち位置からして、最悪の展開は私を突き落として排除、事故で落ちたとでも報告しようというところだろうか?

 おそらく今ここにいるのがオズマ達なら、こうはなっていなかっただろう。なんといっても族長の家族なのだから。唯一の他人で人間である私を狙うのは妥当だ。


 ただ、エルフ達の様子を見ると全員表情が硬い。なんというかガキ大将に強要されて同行した子供のような雰囲気だ。

 ……しかし妙な感じだ。グランツは警戒するそぶりすら見せないし、私自身あせりや恐怖も感じない。

 短い期間とはいえ、これまで何度も魔物と戦ってきた経験が余裕を生んだのだろうか? それとも、これも昇級による能力上昇の影響なのか……。


「なんだ、その態度は! 余裕ぶって俺を見下すつもりか! 今ここで貴様を突き落としてやってもいいんだぞ!」


 言っちゃうんだ、それ……。としか言いようのない発言をするのは当然、イルチスティーノだ。


「この暗さだ、人間では見通せまい。手をついて命乞いをするなら今のうちだぞ?」


 すでに日が落ち、周囲は薄暗くなり始めている。木々の枝にさえぎられるこの場ではなおさらだ。そのことを思い出したのか、イルチスティーノは勢いを取り戻し、剣まで抜いてみせる。


 彼の境遇を考えれば人間を嫌うのは、わからないでもない。親同士が決めた事とはいえ、許婚だった女性を人間に奪われたのだから。

 だが、さすがにこれは子供じみた癇癪という他ないし、それに私が付き合う義理もない。


 開拓村で出会った人たちやオズマ、シェリー、そしてグレイシアと出会ったことで拾った命だ。無意味に奪われるわけにはいかないしね。


「これ以上は命のやり取りになりますよ?」

「ふん! 何を言おうと無駄だ! 貴様には」

「見えていますよ。左右に回り込もうとしているのは」


 最後の警告を、と思ったが無駄だったようだ。

 勝ち誇った勢いで勝因を述べようとしたところをさえぎり、私は左右へ視線を動かす。しっかりとエルフ達と目を合わせるようにだ。


 暗闇の中ではぼんやりとしか見えない「暗視」だが、今は薄暗いとはいえ、多少の光が残っている。まだ、なんとか昼間と変わらず視認できるレベルだ。


 エルフ達も私の言っていることが事実だと伝わったのだろう。動きを止め、驚愕の表情を浮かべている。

 ……「暗視」を開発していて良かった。でなければ手当たり次第に魔法をぶっ放すくらいしか手がないところだ。


「もう一度だけ言いますよ。これ以上は、あなた方の誰かが死ぬことになります」


 ことさら低い声音を出すことを心がけ、刃が隠されたままの槍から上空に向け「電刃」を放つ。見たことのない魔法を見せれば威嚇の効果は、より高まるだろう。


「な、なんだその魔法は!?」

「雷の力を操るだと……」


 驚愕の色を深め、エルフ達が私から距離をとる。

 効果は抜群だったようだ。


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