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44.身体能力確認

 オッサンは「へのつっぱりはいらんですよ」と言いたくなるのだった




 その夜、我々は族長宅で夕食をご馳走になってから離れに宿泊し、ドロのように眠った。

 さすがに森を丸一日行軍したあと、防壁構築のために魔法を使いまくったのは、皆こたえたようだ。


 かく言う私もグランツに起こされるまで熟睡で、目を覚ました時はすでに日が昇り、部屋の中にまで陽光が差し込んでいた。

 テーブルに置いていた腕時計を確認すると、時刻は午前七時十二分。普段なら、もう屋外で一通り体を動かし終えている時間だ。


「寝すぎたなあ……」


 ベッドから抜け出し思い切り背伸びをすると、私はグランツを伴って部屋を出た。

 グランツも期待しているようだし、洗面所で顔を洗ったら軽く散歩でもするとしようか。




 大樹の上で吸う早朝の空気は格別に美味い。樹冠の隙間から差す柔らかな木漏れ日や、時折きこえる小鳥のさえずりも耳に心地よい。

 現代日本ではよほどの田舎でもなければ、こんな清清しさは感じられないのではないだろうか。

 そんなことを考えながら、私はグランツとともに樹上のウッドデッキをゆっくりと歩く。


「綺麗だなあ……」


 大樹の南東側遠くを流れる川に目をやると、水面が日の光を反射してキラキラと輝いている。川岸では洗濯でもしているのだろうか、何人もの人影が見えた。実にのどかな光景だ。


 それにしても……以前はこんなに遠くのものがはっきり見えるほどの視力はなかったはずだ。これも昇級による恩恵だろうか?

 単純に計算すると素の視力の五倍になっていると考えられるが、感覚的な違和感などはない。常にオペラグラスを覗いているような状態であるはずなのに不思議なものだ。


 昨日のイルチスティーノとの一悶着でも感じたが、昇級による身体能力の伸びは相当なものだ。事故を防ぐためにも現状をしっかり把握しておくのも重要だろう。


「よし、ちょっとやってみるか」


 私はウッドデッキの間から伸びる巨大な枝に手を触れ、自分の身長から大雑把な高さを測り、目印になりそうな箇所を探す。


「お、これがいいか」


 しばらくあちこちに視線を泳がせ、細い枝を払った後らしい切り口を見つけた。

 実験を開始する前に、大雑把な基準を出しておこう。


 普通の人間なら垂直跳び五十センチ、立ち幅跳び二メートル、五十メートル走が八秒程度だろうか? 四十代ではもう少し衰えているだろうが、大雑把な目安にはなるだろう。

 それでは実験開始だ。




「ああ、それで……」


 実験をしていると興が乗ってきたのか、グランツも私と一緒に跳んだり走ったりし始めた。その結果、大はしゃぎで吼えたりしたものだから、まだ眠っていたらしいグレイシアたちも慌てて起き出してきた。


 身体能力を測っていた、と理由を話すと、彼女たちは皆一様に生暖かい表情を浮かべた。オズマなど大きく頷きながら「うんうん、わかるぞ」などとつぶやいている。

 なんというか、中学二年生くらいの男の子が痛々しい発言や行動をした時のような空気を感じる……。


 実験の結果はというと、実に瞠目すべきものだった。

 さすがに単純に五倍とはいかなかったが、垂直跳びは軽く自分の身長を超え、立ち幅跳びは走り幅跳び並に跳び、五十メートル走はアナログ腕時計での計測だったため大雑把だが、三秒を切っていたように思う。

 完全に超人だよ。オリンピックなんて目じゃないレベル。

 超人オリンピックだよ。


 深い森を長時間歩き続けられたり、イルチスティーノを軽くあしらえたのも納得だ。

 それから私と一緒に大はしゃぎだったグランツだが、まだ子供という大きさにも拘らず、すでに私と同程度の身体能力を持っていることが判明した。

 これ大人になったらというか、それなりの回数昇級したら、どうなっちゃうんだろう……。




 族長宅で朝食をいただいた後、私たちは昨日と同じように門前に移動した。防壁の強化を続けるためだ。

 昨日、一緒に作業したエルフたちの姿はない。それぞれ朝の仕事でもしているのだろう。我々と違い、彼らはここで生活しているのだから当然といえば当然だ。


「じゃあ、外壁からやっていきましょうか」


 グレイシアの号令で、彼女を含む地属性を使える四人は早速、防壁強化の作業を開始した。

 ミシャエラは昨日と同様、休憩所を担当し、グランツは入り口付近の警備にあたる。狼の鋭い感覚は実に頼りになる。


「無駄なことを。オークなど正面から蹴散らせば良いのだ」


 しばらく作業が続き、グレイシアが休憩の準備をするために現場を離れた途端、木陰から辛らつな言葉が投げかけられた。

 確認するまでもなく誰だかわかる。グレイシアの元許婚、イルチスティーノだ。


 昨日はじめて理解したのだが、どうやら昇級で気配に対する敏感さとでも言うべき感覚も鋭くなっているようだ。

 というのも、作業中すでに、近くに誰かが潜んでいることに気付けていたからだ。グランツも同様らしく、少しだけ気にした様子があったが、すぐに興味を失ったように警邏を再開していた。

 おそらく他の面々も気付いていて、あえて見逃していたのだろう。


「やはり人間は臆病者だな」


 ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべ、イルチスティーノが暴言を吐く。

 ……しかしこの男、どうにかして私を馬鹿にしたいのだろうが、自分の発言が族長の判断を批判していることに気付いていないのだろうか。


「あんた、それ曾おばあちゃんの決めたことに文句いってるってわかってる?」


 あ、シェリーが突っ込んだ。

 これ絶対に面倒な反応が返ってくるよね……。


「黙れ、人間の血が混じった出来損ないが!」


 これはいけません。

 さすがに見過ごしてはいけない発言ですよ。


「あなたが、どういう考えを持っていようと勝手ですが――」


 言えば確実に争いになることを言うべきではない。と言い終る前に、イルチスティーノは頬に平手を食らってキリモミ回転しながら吹き飛んでいった。

 張り飛ばしたのはグレイシアだ。どうやら彼が放った一言を聞いていたらしい。大声出すから聞こえちゃうんだよ。


「私の家族を侮辱するなら容赦はしないわよ?」


 とはグレイシアの弁。

 警告する前に攻撃しているんですが……。まあ、スカっとしましたけど。


 冷静に考えるなら、彼女が行動しなかったらオズマが動いていただろう。その場合エルフの里の者と余所者の対立という構図になっていた可能性は高い。

 これがグレイシアであればエルフ同士のいざこざという程度に納まるだろう。ナイス判断と言える。


「な、何をするんだグレイシア……」


 飛んで転がって百メートルほど先まで追いやられたイルチスティーノは、数分たってやっと身を起こすとグレイシアを非難するようにこぼす。


「さっきオークを正面から蹴散らす、なんて勇ましいことを言っていたわよね? おかしいわねぇ……。私の記憶では、あなた百五十年前のオークとの戦いの時、一度も正面に立たなかったでしょう?」


 男の言葉を無視し、グレイシアは滔々と彼の言動不一致ぶりを指摘した。当然、イルチスティーノの顔色はどんどん悪くなる。


「あ、あの時は、回り込んでいるオークがいないか確認して……」


 なんとか言い訳を搾り出すイルチスティーノだったが、それはむなしい努力だったようだ。


「変ねぇ……。私が聞いた話じゃ、百年前も、五十年前も、あなた前に出なかったそうじゃない? これ、どういうことかしらぁ?」


 グレイシアの無慈悲な追い討ちが決まった。


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