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43.和解と里の防備強化

 長い時間で積み重ねられた感覚はそう簡単には抜けないものだとオッサンは思ったのだ。




 グレイシアがレティシアに父の墓への案内を請い、レティシアはそれに応え、彼女たちの家族全員で墓所へと向かうことになった。


 私は他のメンバーを離れに呼びに行き、全員揃ったところで別れるつもりだったのだが、合流した途端グレイシアにつかまってしまい、やむなく同行することにした。


「父さん……」


 グレイシアのつぶやきが聞こえる。故人を悼んでいるのだろうか。

 墓所は大樹の南東、階段からは見えない場所にあった。

 共同墓地なのか、多くの墓標が並んでいる。どれも大きな石に名前を刻んだだけの簡素なものだ。


 グレイシアの父の墓標も特に違いはなく、一番外縁部に近いところに作られている。族長の夫だからといって、他の者との差をつけたりはしないようだ。


「遅くなってしまったけれど、家族を連れてきたわぁ」


 グレイシアはそう言うと、墓碑に向かい、一人ずつ呼んでは彼女の家族を紹介していく。その様は、自分のこれまでの人生を振り返っているかのようだ。


 言葉を重ねるごとに、悲しげだった彼女の表情が自然なものへと変化してゆく。明るくなっていく声音につられ、皆の顔も柔らかな微笑みに彩られていった。

 子狼のグランツを紹介している時など白い毛並みを激しくなで、はしゃいでいるように感じるほどだった。


「最後に、ソウシを紹介するわぁ。私の心を救ってくれた人、そばにいてほしいと思っている人よ」


 グレイシアに呼ばれ、のこのこ歩み寄った私の腕を取り、彼女は大仰に言い放つ。

 ……いい雰囲気になってきたと思ったら、空気が固まった。私の動きも固まったよ。


 単純にタイミングが良かったというか、他に寄りかかれる相手がいなかっただけだと思うのだが、彼女の中では私の評価が物凄く高いようだ。なにか失敗したら一気に幻滅されそうで怖い……。


「母さん、ありがとう。呼んでくれなかったら、きっと戻ってこれなかったわぁ。父さんの墓前に皆を紹介できて、よかった……」


 しばらく瞑目していたグレイシアは不意に振り返り、少し離れて立つ彼女の母にそう告げた。その顔は憑き物が落ちたかのように晴れやかだった。


「辛いことも勿論あったけど、里を出てよかった。家族みんなで戻ってこれたから」


 そして私はこれからも外の世界で生きていく。グレイシアは笑顔で、そう宣言した。




 グレイシアの父の墓参りを済ませ、族長宅に戻った我々は、レティシアの用意した昼食をとりながら依頼の話に入っていた。

 私が事前に聞いた内容と、これまでのオークの襲来がどういった形で起きていたか、どう対処していたか、というものだ。


 族長の話によると、オークは森の北側から徐々に奥に入り込みながら里に近づいてくるという。斥候らしき群れが段々と増え、数の力で里へのルートを特定すると、そこで一気に五十ほどの大集団で攻勢に出るそうだ。


 大体において狩りに出たエルフが被害をうけ、逃走を追跡されることで捜索範囲を狭められてしまっているのだろう、とも。

 つまり、何の対策もしていなかったことが二度の惨事を看過することに繋がったという、実に単純な問題だった。


「それというのも、最初の襲撃時に人間に助けられたのが多くの民の自尊心を傷つけてしまった事から来ているのよね……」

「他の種族の手を借りずとも対処できる、と示したかったわけか……気持ちは分からなくもないな」


 レティシアの説明にオズマが理解を示し、他の者達も同意するように頷いた。

 何とか力を示したいと意固地になった、という事だ。種族的に時間感覚が他の種族よりも悠長というか、一つの物事に長い時間をかけるのが普通であることも問題を悪化させる結果に繋がってしまったという事だろうか。


「どうにか効率的に守る方法を考えないとねぇ……」


 机上に広げられた里の大まかな地図を見つめながら、グレイシアがつぶやく。

 エルフの里は、おおむね南東部が川に沿う形で切り落とされた円形で、北西部に出入り口が設けられている。が、特に防衛を意識した構造はしておらず、門をくぐると即、里の内部に入れる形だ。


 門、柵ともに木製で、高さも精々一メートル程度。門内が広い平地になっているため戦列を組むことができるだろうが、数に劣れば一息に突破されてしまいかねない。


「ソウシ、何か思いつかない?」

「そう、ですね……今のままだと防壁が心許ないですから、高さと厚みを増したいところですね。あとは入り込んだモノを隘路に誘導する形にできればいいんですが……」


 グレイシアに問いかけられ、私は思い付きを口にしつつ地図上の門とその内部をⅤの字になぞる。

 門内部にも斜めの防壁を設け、左右から弓や魔法による十字砲火を行うことで、相手の進軍方向を限定しつつ安全もある程度確保できるのではないかと考えたのだ。

 こういうのを「殺し間」というのだっただろうか?


「なるほど……まずは早急に防壁の強化を行わなければならないわけね。地属性魔法が得意な者を集めましょう」


 族長は私の意見を受け入れ、すぐに人員を集めるべく動き、我々もそれに続いて族長宅を出た。目指すは里の門だ。


 それにしても自然の要害で守られているとはいえ、ここまで防衛意識が薄いのはなんとも不思議だ。

 エルフは森を大事にしているようだから、あまり人の手を入れたくないという事なのだろうか? あるいは長い間安全だったことが種族全体に染み付いてしまっているのか。

 何にしても、今後のためにも、しっかりした防壁を構築しておくべきだろう。




 一足先に門に到着した我々は早速、防壁強化に着手した。


 門へと至る道は幅五メートルあるかないか、といったところだから「石壁」の魔法を使っても私単独で一通りの強化が可能だ。オズマとシェリーに門外側から「土壁」で覆ってもらえば、なお安心だろう。


 あとは門内の平地に内壁を設けたいところだが、それはエルフの地属性魔法の使い手に任せるしかない。一度に使える回数にも限りがあるし、彼らの内心を慮る必要もあるからだ。


「外壁の端から、ここまで斜めに石壁を、その内側に土壁を作ってちょうだい」


 我々がおおむね外壁の強化を終えた頃、族長に先導されて数人のエルフが現れた。男女とも華奢で、金か銀にほんのり他の色が入った髪色をしている。

 族長は彼らに指示を出すと、自らも作業に加わり防壁構築を進めていった。


 とはいえ話に聞いていた通り、彼らはあまり昇級していないようで、数度「石壁」あるいは「土壁」を使うと魔力が枯渇気味なのか具合が悪そうにしている。


「魔力が切れたら休んで頂戴。交代で私たちも手伝うから」


 エルフの地属性魔法の使い手たちの様子を見て取ったグレイシアが助け舟を出し、彼らに代わって私とグレイシア、オズマとシェリーの四人で作業を引き継いだ。

 ミシャエラは地属性を使えないため、休憩時の飲み物の用意などを担当することになった。


「ふう……こんなものかしらね?」


 額の汗をぬぐいつつ、グレイシアが問い、私はそれに頷くことで肯定の意を返す。

 魔力回復のため長めの休憩をはさみつつ作業は続き、空が茜色に染まる頃には内壁の構築もおおむね完了となった。


 オークがいつ襲来するかはわからないが、それまでにできるだけ強度を増しておくべきだろう。明日以降も無理をしない範囲で作業に従事するとしよう。


 オークは夜行性というわけではないらしいが、昼間よりも日が落ちてからの方が動きが活発であるのは確かだという。ならばそれにあわせて行動を決めておくのが妥当だろうか。


 何にせよエルフの里での仕事は始まったばかり。気を抜かないようにしなければ。


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