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42.父

 第三者がこじれた人間関係を取り持つ話はよく聞くが自分がその立場に立たされるのはキツイとオッサンは思ったのだ。




 大樹上の離れに戻ると、玄関を入ってすぐのリビングには人影はなかった。

 おそらく複数あるベッドルームで、それぞれ休んでいるのだろう。なにせ昨日の朝から、ついさっきまで移動し続けていたのだから、みな疲労のピークだ。


 私が比較的元気なのは、大休憩の時に軽く「回帰」を使っていたからだ。

 ミシャエラの治療の継続と、私自身の魔法鍛錬という一石二鳥を狙ったものだが、森の移動にもっとも慣れていないのが私なのは明白だったので、足を引っ張らないためという側面も強かった。


 ……元気が残っていたのは良かったが、そのために調整役に回らざるを得ない状況になったのには辟易したというのが本音だ。

 他人の家の事情に土足で踏み込むのは、なかなか精神的にくるものがある。


「……問題は、どうやって情報共有できる状況に持っていくか、かな」

「情報共有?」


 リビングに設えられた椅子に腰掛けながら、誰もいないつもりで思わずつぶやいた言葉に反応され、私は盛大に体勢を崩した。


「だ、大丈夫? ソウシ」

「え、ええ。ちょっとびっくりしただけです……」


 危うく椅子から転げ落ちそうになった私の手を引きながら、グレイシアが気遣うように問う。私のつぶやきに反応したのは、彼女だった。

 私が椅子に座ろうとするタイミングで、丁度リビングに入ってきたようだ。

 これは考える暇もなく対面せざるを得なくなったか。私は突発的な事に対応するのが苦手なのだが……。


「それで、情報共有って何?」


 私の隣に腰掛けながらグレイシアが再び問いかけてくる。私の左手を握ったままで、だ。

 その表情は暗い。大樹の下で族長がイルチスティーノを追い払った辺りから変わっていない。


 ……どうも縋るような雰囲気がある。うっかり突き放すようなことは言わないようにすべきか。


「……さっき少しだけ族長と話したんですけど」


 私は観念し、グレイシアにレティシアとの会話から得た情報と、それに関する疑問を話すことにした。


 つまり、グレイシアが里を出て百五十年で二度のオーク襲来があり、今回が三度目であろうという事。そして前回までは里のエルフだけで対応していたようなのに、今回になって他に助力を頼むに至った経緯がなんなのか、ということだ。


「それに探索者団を呼ぶにしても、わざわざグレイシアさんを指名して依頼する理由があるんじゃないかと……」

「……どういう理由?」


 私の一言に、グレイシアの手にこめられた力が強まる。


「それは、わかりませんが……あなたに伝えるべきことが何かあるんじゃないでしょうか。グレイシアさん、あなたがいた頃と今と、里に何か変化したことはありませんか?」


 私はグレイシアの手に右手を重ね、なるべく穏やかな口調を心がけつつ問いかけた。

 エルフの里、あるいは族長の変化は、以前のことを知らない私には推測のしようもない。だが、グレイシアなら何か気付いたことがあるのではないか、そう考えたのだ。


「伝えるべきこと……。里の変化……?」


 グレイシアは私の言葉を反芻するように口にする。その表情は段々と焦燥に駆られるように落ち着きがなくなっていく。

 ……これはいけません。なんとか宥めねば。

 少しだけためらいはしたが、私は彼女の手を両手で包むように握りなおした。


「その……ゆっくりでいいんですよ。何か思いつくまで、ここにいますから」


 我ながらイケメンぶった痛々しい台詞だとは思うが、なんとか落ち着くきっかけになれば、とグレイシアに声をかける。恐らく私の笑顔はひきつり気味になっているだろう。


 これで特に頼られているわけでもなかったら「何いってんの?」って顔をされるんだろうなあ……。


「……ありがとう、ソウシ」


 だが、グレイシアは私の心配を他所に、軽く微笑むと私の手を強く握った。

 どうやら選択肢を間違えてはいなかったようだ。よかった。


「里の様子に変化はなかったし……人も特に……」


 落ち着いた様子を取り戻したグレイシアは、これまでのことを確認するかのようにつぶやく。その手は握ったり閉じたり、せわしなく動いている。

 だが、しばらくして、その手が不意に動きをとめた。


「父さんが……いない?」


 驚いたような表情を浮かべたグレイシアの口から、不吉な言葉がこぼれた。




 グレイシアに請われ、私は彼女と共に族長宅を訪ねた。

 その結果、彼女の抱いた疑問はあっさりと解消された。彼女の父親がすでに亡くなっているという、ある意味仕方のない、だが残酷な現実によって。

 つまり今回の依頼は、助力を求めると同時にグレイシアにその事を伝える場を設けたいという事だったのだ。


 グレイシアの父は、彼女が里を出た時点ですでに八百歳近く、エルフとしては老人と言っていい年齢だったそうだ。

 それから百五十年。エルフが大雑把に人間の十倍生きるとしても、老衰で亡くなるのはごく自然なことと言える。


 だが、エルフは外見から年齢を推測することが難しい種族で、グレイシアの父も生涯青年のような外見のままだったという。

 それがグレイシアに寿命というものを意識させにくくしていた、というのが彼女が親の死に目に会えないという不幸を生み出してしまったのだろう。


「そうだったの……父さんが……」


 族長であり、彼女の母でもあるレティシアの話を聴き終え、グレイシアは大きなため息をつくと、ようやく言葉を搾り出した。

 手の中にある木製のカップを見つめる彼女の表情は憂いをおび、傍目にも後悔、あるいは自責の念に囚われているであろう事が見て取れた。


「……父さんは、どうして私が出ていくのを止めなかったのかしら」


 しばらく黙考し、お茶を一口ふくむとグレイシアは新たに生まれたらしい疑問を口にした。

 寿命が近いのなら駆け落ちなど、なおさら許さないのではないか?ということだろうか。


「あの人は……あなたに自由に生きてほしかったみたい」


 レティシアは少し、ばつの悪そうな表情を浮かべ、グレイシアの疑問に答えた。

 グレイシアと来訪者の結婚は里で大反対されたと聞いた。ということは、族長とその夫の意向は異なっていたという事なのだろう。


「……私はあの人に、早く孫を抱かせてあげたかった。だから長老の血筋で、生まれながらの資質も高いイルチスティーノとの婚約を推し進めた。……それが間違いだったのでしょうね」


 結果的に娘は里を出、あの人は孫どころか娘を抱きしめることもできなくなったのだから。と族長はこぼす。

 その様子はまるで懺悔をするかのように沈鬱なものだった。


「ごめんなさいグレイシア。すべて私の責任だわ」


 レティシアはそう言うと、静かに頭を下げるのだった。


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