40.族長と元許嫁
イケメンでも嫌味な態度だと台無しだなとオッサンは思ったのだ。
「なっ……おっ、お前はまた人間などを伴侶にするというのか!」
グレイシアの爆弾発言に、うろたえながら言い募り掴みかかろうとする元許婚だったが、やはりあっさりかわされグレイシアを捕まえることはできず、今度こそ転倒し、地面に顔から突っ込むことになった。
グレイシアはそんな様子を見、心底呆れたような表情で鼻を鳴らす。
一方、オズマとミシャエラは唖然、シェリーは能面のような無表情になっていた。
……ですよね、いきなり母親あるいは祖母が再婚宣言じみた発言をすれば驚きますよね。フツー。シェリーの顔の意味はよくわからないが。
「おのれ……! 貴様、いったいどうやってグレイシアに取り入ったぁ!」
グレイシアの態度を悔しげに見上げた男は一転、私を憤怒の形相でにらみつけると怒鳴り声を上げ、立ち上がりざま勢い良く腰に挿した小剣を抜き放つ。
ひどい言いがかりだ……。
「彼は私に取り入ってなんていないわ。ただ、私が欲しいときに、私の欲しい言葉をくれただけ」
ちょっ。
またそんな誤解を受けそうな言い方を。
「そうか……グレイシア、君はこの男に言葉巧みに騙されているんだな!」
ほら誤解した。いや、どちらかと言うと曲解か。
「いま自由にしてあげるよ」
元許婚は妙に恍惚とした顔でグレイシアに不穏な台詞を吐くと、いきなり私に剣を突き出した。
「!」
が、私はそれをあっさりと槍で捌くことができてしまった。元許婚は刀身をはじかれた衝撃で小剣を取り落とす始末だ。子狼のグランツもここまでの道行きでは即座に動いていたのに、今はおとなしく座っている。
なぜか妙に剣速が遅く感じたのだが、これはいったい……。
「あなたなんかにソウシを傷つけられるわけがないでしょう、イルチスティーノ。彼はもう四度も昇級しているのよ」
元許婚はそういう名前だったのか。
それにしてもグレイシアの言い様は、昇級によって私の運動能力か動体視力か分からないが、身体能力が元許婚ことイルチスティーノを大きく上回っているという風に聞こえる。
……そういえば武具屋の店員が「素の能力が昇級した回数+一倍になる」と言っていた。
いつも訓練でグレイシアにボコボコにされていたから、すっかり忘れていたよ……。
「馬鹿な……こんな弱そうな奴が……?」
グレイシアの言葉にイルチスティーノは驚愕の表情を浮かべつぶやく。心底、信じられないといった風情だ。
……いやまあ、自分が強そうな外見だと思ったことは一度もありませんが、あなたも外見的には強そうには見えないですよ。エルフとはいえ凄い細いですし。
実際のところエルフの平均的な体格がどの程度なのかを知らない私には確たることは言えないが、彼は共に現れた他のエルフやグレイシアと比べてもかなり細い。いっそ貧相といってしまって差し支えないほどだ。
いや待て、グレイシアが並外れてムッチリしているという事も……。
「ソウシ?」
変なことを考えていたのに気付かれたのか、グレイシアに冷ややかな表情で呼ばれてしまった。
「あ、え、えーと、四度の昇級ってそんなに凄いことだったのか、と今更ながら疑問に思ったといいますか、納得もしたといいますか……」
私は慌てて考えていたことの半分くらいを挙げて、ごまかす事を試みた。
「そうねぇ。人間だと人によっては十年くらいで四度の昇級はあるそうよ」
「十年、ですか?」
こともなげに答えるグレイシアに、思わず聞き返す。
……これはまた何だか私が考えていたよりも大事な予感がしてきましたよ。
「ええ、そうよ。オズマ、あなた何年で何度、昇級してる?」
「俺は……大体、二十年で五度、だな」
グレイシアに問われ、オズマが答える。
「つまり半月ほどで四度も昇級しているソウシは、はっきり言って規格外ってことよ」
はっきり言われてしまったが、グレイシアとオズマの言うとおりならば実際、規格外だ。
体感的に昇級にかかる期間は一回ごとに倍程度になっている気がしていたが、普通はもっとかかるものだという事か?
いや、確か「短期間に大量に魔物を倒すと昇級しやすい」という話だったから、この「短期間に」というのが肝なのかもしれない。事実、私は毎日十匹を超える魔物を狩っていた。
他の人の場合は長期間かけて一定量以上の魔物を倒していたから昇級に時間がかかった、とか?
まあ、データがないため他のケースと比べようもないから、何が事実なのかは把握のしようがないか……。
「フン……だからどうした? 何であれ、人間ごときがエルフにたてつくなど許されるものか!」
考えこんでいるとイルチスティーノが再び勢いを取り戻し、小剣を拾うと私をにらみつけ、そう吐き捨てる。
なんというか逆に感心してしまうほどの差別意識だ。
「言っておくけれど、ソウシは魔法も四属性すべて使えるわよ?」
グレイシアがまた火に油を注ぐ。
……もしかして、いやもしかしなくても、わざと煽ってます?
あと私が自信を持っていない事にでも気付いていたのだろうか。だとしたら情けない限りだ。子供でもあるまいに。
まあ、気遣いはありがたくはあるが。
「やめなさい、イルチスティーノ」
今にも飛び掛らんと腰を落とす男に、その背後から声がかけられた。
声の主は妙齢の女性。いや、エルフだから実年齢はわからないが、人間であれば三十程度に見える女性だ。
長い銀髪に、スタイルもほっそりとまとまっている。バストだけはやけに豊かだが。
……どこかグレイシアに似ている気がする。
改めてエルフは美形しかいないのだと実感。
いささか貧相に見えるイルチスティーノも、顔かたち自体は整っている。まあ、怒ったり驚いたりと、変な顔ばかり見せられているため印象はよくないが。
「……族長」
苦々しげな表情でイルチスティーノがつぶやく。
族長と呼ばれたエルフの女性は彼には構わず、グレイシアを見つめている。
凛とした表情の中に、どこか不安げな様子が感じられた。
「母さん……」
なるほど、似ているわけだ。
グレイシアの言葉は私が族長に抱いた印象を肯定していた。
失礼とは思いながらも二人を見比べてみると、グレイシアの方が体格がいい事と髪が青味がかった銀髪であることを除けば、とてもよく似ている。
「……よく来てくれたわね、グレイシア」
しばらく緊張した空気が流れていたが、族長は表情を緩めてグレイシアを歓迎した。
……よく帰ってきた、じゃあないのか。