4.夜盗、撃退
オッサンは他人の親切には大体裏があると解っているつもりでもやっぱり解っていなかったりするのだ。
「で、狩りは上手くいったのかい、来訪者さんよ」
「これが初めてなので、なんとも……」
ニヤリと笑いつつそう問う店主に、基準がないからわからないと告げつつ、狩りで手に入れた魔石とビニールシートのようなものをカバンから引っ張り出す。あ、ついでに朝手に入れた魔石も出しておこう。
「ほう、こりゃあ相当なもんだな」
「そうなんですか?」
普通は駆け出しなら一日に五匹も狩れりゃ御の字だ。と万屋の店主は嫌らしい顔で笑う。なんだろうか、腹黒そうに見えるのだが。大丈夫だろうか。
と、魔石を確認していた店主の手が止まる。
「おい、こりゃアンガースマイルの魔石じゃねえか! こいつと、どこで会った?」
他の魔石に比べて少し大きめの魔石をつまんで私に示しつつ問う店主に、戸惑いながら考える。午後の狩りで手に入れた魔石の大きさはどれも同じだった気がする。
「この村からだと、道なりにニ時間くらい先の森の中ですね」
朝、森の中で遭遇した個体がそれだったのだろう。言われてみれば何かが違っていたような気もする。
「……そういえば顔っぽいところの色が違ったような」
「ああ、そうだ。普通のスマイルは黒っぽいが、アンガースマイルは赤っぽくて眉毛みてえな柄が増えてる」
怒ったまゆげみてえな柄がな。と自分の眉を両手の人差し指で押し上げてみせる店主。
「もしかして普通のものより強いんですか?」
「んだな。多少、強いと言われてる。まあ、そこまで劇的に強くなるわけじゃねえから、見つけて狩れれば多少おいしいってところだ」
ただ、群れになってると厄介だ、と店主は続けた。
何故かというと、一定以上の規模の群れになるとアンガースマイルは積極的に獲物を探そうとするようになるからだそうだ。
場合によっては運悪く見つかった村が襲われることもあるという。怖い。
「まあ今回は結構、距離もあるし、単体だったんだろ? ならこの村は大丈夫だろ」
群れでないことを確認すると、安心したように肩をすくめ、店主は買取価格を計算し始めた。
単体なら素人が倒せる程度の魔物でも、数が集まれば危険だということなのだろう。実際、スマイルでも二対一で真正面から戦えるかと言われると自信がない。
「スマイルの魔石が九つで九十、アンガースマイルの魔石が一つで十二、スマイルシートが二枚で二十、あわせて百二十二ガイアだな。なんか買っていくんならついでに精算するが、どうする?」
そう言われて商品棚に陳列されている武器に目をやるが、一番安いナイフでも百Gの値札がついているため手が出ない。
それにしても通貨の単位は女神の名前と同じとは。まあ、わかりやすくていいが。
「いえ、今日はやめておきます」
「そうかい。んじゃあ百二十二ガイア確認してくんな」
手渡された小袋を開けてみると、三種類の硬貨が入っていた。刻印されている数字を見るに、百G硬貨が一枚、十G硬貨が二枚、一G硬貨が二枚のようだ。
どうやらこの世界はファンタジーや中世ヨーロッパでよくある、素材の価値による単位切り替えではなく、現代日本のような硬貨の形やサイズによる単位分けがなされているようだ。
よく見ると硬貨の中央には魔石のようなものが埋め込まれている。
価値の保証が素材によらないということは、魔法的な何かが価値を担保してるということなのだろうか。
「確かに」
「おう、またスマイルでも狩ってきてくれや」
嫌らしく笑って手を振る店主に頭を下げ、私は万屋を後にした。
もしかしてあの笑顔は素でああいう感じなのだろうか。何かを企んでいそうな笑顔がデフォルトで商人的に大丈夫なのだろうか。不安だ。
教会に向かう道すがら数人の若い男に声をかけられた。来訪者が珍しいのだろうか。
しばらく狩りの話や、どこで寝泊りするのか、泊まるところがなければうちに来てもいい、などといった話をし、村唯一の酒場に誘われたが、疲れているからと断った。
なんとも気さくな村人ばかりで、こちらが申しわけなくなってくる。
教会に戻ると食事が用意されていたので、ありがたく頂く。昼よりは幾分ましだったが、やはりあまりに質素だった。明日以降は酒場で食べるようにするべきだろうか。このまま毎日粗食では体力を回復させるのもままならないだろう。
「これ、少ないですけど」
食事を終え、食器の片付けを手伝ったあと、神父に十G硬貨を二枚手渡す。
朝出会った年配の方には「寄付をすれば教会で寝食の面倒を見てくれる」と言われていたからだ。
万屋で保存食の値段を確認した限りでは、一食辺り五Gを超えてはいないだろうから、二十Gも寄付すれば一日の食費としては十分であろう。
この際宿代は考えない。あえて。けち臭いが今後の生活のためにもなんとか許していただきたい。
「おお、これはこれはありがとうございます」
相好を崩し硬貨を受け取る神父。どうやら問題なさそうだ。
神父に寄付金を渡したあと井戸で水を汲んで体を清めた私は、あてがわれた教会の一室で眠りについた。久々の運動らしい運動で、ものすごく疲れていたため自分でも驚くほど短時間で意識が落ちた。
のだが……寝苦しさと人の気配で目が覚めた。体を動かしてみると、どうもロープで縛られているようだ。
「おい、早くしろ。起きたらどうする」
「わかってるからせかすな。財布がねえんだよ」
「神父は気づいてないから、あせらず探せよ」
ヒソヒソと男たちが話す声が聞こえてくる。
……会話の内容からすると、これは夜盗ですかな? 目が覚めた時にうっかり声を出さなくてよかったと言うべきか。
しかし聞き覚えのある声だ。……ああ、教会に戻るときに会った若い男たちだ。
どうやらあの時の会話は獲物の情報を引き出すためのものだったらしい。もちろん獲物は私だ。
良い人ばかりの村だなんて思い込んでいた自分が情けなくなってくるが、なんとか状況を打破せねばならない。金を奪われれば生きていけないのだから。
となるとこのままやり過ごすという選択はない。そもそも無事やり過ごせたとして、後日、犯人が誰か気づいていると感づかれれば、その時点でより悪質な行動に出られかねない。やはり今、撃退しておくべきだろう。
現状、丸腰で縛られているとはいえ、大雑把に両腕ごと胴体をぐるぐる巻きにされているだけだから手足は動く。
武器がないなら選択肢は一つだ。
「火弾」
左手に集中し、起き上がりざま、そう発声する。明確なイメージを持って精霊に働きかければ、それだけでこの世界の魔法は発動するのだ。
火の精霊の力を借りた、ソフトボール大の魔法の弾が、私を見張っていた男に着弾し、ボッと音を立てて弾ける。
突然のことに、私の通勤カバンを探っていた男が驚き振り向くが、そこにもう一発「火弾」を打ち込んだ。
魔法の火に焼かれて二人の男が悲鳴を上げ、礼拝堂内を見張っていた男があわてて室内に飛び込んでくるが、そこにさらに「火弾」を浴びせる。
「何事です!? これは……」
男たちがひるんでいる隙に、シャツを脱ぐ要領でロープから抜け出していると、騒ぎに気づいた神父がランプを片手に礼拝堂に面した扉から駆け込んできた。
顔を、肩を、背を焼かれた三人の男たちの姿をみて絶句する神父。
「どうやら私は、盗みの標的にされていたようです」