37.森へ、オークとの遭遇
人に近い形というだけで殺害への忌避感は鰻登りだとオッサンは感じたのだ。
私の感想に満足したらしきドワーフたちの笑顔に見送られ、私、オズマ、グレイシア、ミシャエラ、シェリーの五人は砦を後にした。
これから向かうのはエルフの里。そこへ至るための深い森だ。
とはいえ、その手前に山があるため、崖に沿って半日ほどは迂回しなければならない。
幸いなのは崖そばはむき出しの岩盤であり、歩くのには困らないことだろう。傾斜も森に向かっているため滑落の心配もない。
「ここから先は、ほぼスマイルよぉ。あとは、いてもウサギ。一応、気を抜かない方がいいけれど、張り詰めすぎる必要はないわ」
勝手知ったる森ということだろう、グレイシアは気楽な様子で皆に告げる。
グランツも緊張したところはない。本当に危険はないということか。
「夕方までに、できるだけ無理しない範囲で距離を稼いでおきましょう」
グレイシアの言葉に頷くと、私たちは崖沿いを歩き始めた。
夕刻、予定通りの道程をこなした我々は、少し森に踏み込んだ辺りを野営地と定め、夜への備えをはじめていた。とはいえ、本格的に滞在するわけではないため、焚き火を崖側から見えないようにするためのブラインドを「土壁」の魔法で作る程度だ。
「しかし、魔物が増えて援軍を要請する事態か……話の通りならオークが出そうなものだが」
私と共に土壁を作っていたオズマが、そうこぼす。
ここに至るまではグレイシアの言っていたようにスマイルとしか遭遇していない。エルフの里が彼女に依頼を出すに足る脅威がすでにあるのならば、我々が平穏無事に旅程を消化したのは確かに妙ではある。
「……そうですね。詳しい事情は聞いてみなければ分かりませんが、かつてと同じ前兆でもあったのかもしれません」
「前兆ね……斥候でも現れたか?」
それぞれに推測を挙げながら私とオズマは作業を終え、手近にある乾いた小枝などを拾い集め焚き火に放りこむ。
正直、拍子抜けしているといっていい私とオズマだが、焚き火のそばに座っている女性陣も弛緩ムードだ。
とはいえ、私は野営には不慣れなので、そこまでリラックスできるわけではない。何もないなら無いで、休む努力をしなければ。
「!」
完全に日が落ち、辺りを闇が包む。食事も終え、そろそろ誰が最初に夜番をするかを決めようという頃に異変は起きた。
グランツが何かに反応を示したのだ。
「シェリー?」
「……下草を踏む音が聞こえる。多分、複数」
オズマが焚き火に土をかぶせて消し、グレイシアが声を潜めシェリーに確認をとる。グランツはシェリーが言う足音に反応したのだろう。
問題はそれが何か、だが……この闇の中では目視で確認するという訳にもいかない。
「……オークだわ」
「見えるんですか?」
私の疑問に、エルフは夜目が利くのよ。と短く答え、グレイシアは再びオークがいるらしい方向を注視する。
ということは今、完全に役立たずなのは私とオズマだけか……。
「ソウシ、私が火弾を撃ち込んだところに続けて爆発の魔法を撃ち込める?」
「……やるしかないでしょう。水と風どっちで行きますか?」
グレイシアの提案に頷きつつ、質問を返す。というのも、現時点で私の使える爆発の魔法は、蒸気爆発を起こす「水火弾」と水素爆発を起こす「風火弾」の二種類あるからだ。
単純な火力では「風火弾」が勝るが……。
「水で」
「了解」
グレイシアの決定に短く返す。
彼女は延焼の可能性がある「風火弾」より、威力は劣っても安全な「水火弾」を選んだようだ。
そして一拍の後、グレイシアの口から「火弾」と文言がつむがれ、その指先から小さな火の塊が闇に向かって放たれた。そして木に着弾した火が破裂し、一瞬だけ辺りを赤く照らす。
オークたちが驚いて火弾が当たった木に目を向けるのも見えた。
「水火弾!」
それに続いて私も魔法を発動する。狙いはグレイシアが火の玉を撃ち込んだ木の幹だ。
文字通り目に焼きついた火弾の軌跡を辿るように火を内包した水の弾が飛び、暗闇に消える。次の瞬間、くぐもった破裂音が響き渡り、熱く湿った風と、爆風に打たれたオークのものと思しき悲鳴が野営地にまで届いた。
「ウオン!」
紫電を纏いグランツが森を駆ける。その軌跡が電光に照らされ、私の目にもオークの姿が見えた。
グレイシア、ミシャエラ、シェリーも子狼の後に続くように移動を始めたようだ。
「電撃槍!」
グランツを見習い、私は全力で魔力を込め、槍の穂先に電光を発生させる。いささか光量が不安定だが、即席の電灯といったところだ。
「ありがてえ!」
私同様、夜目が利かず動けなかったオズマが快哉を叫び、電光で照らされた先へと踏み出した。私も槍をささげ持ちながらその後を追う。
しかし私たちが現場にたどり着く頃には、すでに大半のオークは止めを刺されていた。
「こいつで最後、か」
残っていたオークを突き殺し、オズマがつぶやきながら明滅する電光を頼りに周囲を見回した。
グランツとシェリーも、もう気配を感じている様子はない。どうやらオークの一団はこれで全てのようだ。
足元に転がる魔物は全部で五匹。その姿は資料にあった通り、猪そっくりで手だけが人間のように五本の指を供えている。鎧などは身に着けておらず、武器は刃が欠けたり錆びたりした粗末な小剣だけだ。
「魔石だけ回収して、あとは埋めておきましょう。他のヤツに見つかっても面倒だわ」
グレイシアの指示に従い女性陣は魔石の回収、男性陣は土壁の応用で、オークの遺体の下の土を用い土の壁を地面と水平に作ることで穴を掘るのと埋めるのを同時にこなしていった。
「便利ねぇ、そのアレンジ」
「ええ、こんな事もあろうかと、オズマさんと色々練習していたんです」
「つっても俺はソウシほど器用に色々ってわけにはいかないけどな」
グレイシアの感想に私が答え、オズマは褒められたのが嬉しいのか、はにかむような様子を見せた。
私のように器用に、というのは使える魔法属性的にどうしようもない部分もある。オズマは地と火の二属性を使えるが、どちらも初級にとどまっている。この辺りは完全に持って生まれた素養によるらしく、昇級を重ねても属性が増えることは稀だそうだ。
実際、グレイシアと私を除く三人は全員、二属性しか使えない。
オズマは前述の通り地と火、ミシャエラは水と火、シェリーは風と地だ。三人の中ではミシャエラがもっとも長く生きているが、それでも生まれてから一度も使える属性が増えていないらしい。
そう考えると、最初から二属性が使え、四度の昇級で全属性を使えるようになったのは物凄く幸運なことだと感じる。
まあ、ミシャエラとシェリーに関しては、エルフの血族が昇級しにくいという側面も影響していそうだが。
「……ソウシ、大丈夫?」
「ええ、まあ、なんとか……」
シェリーの声に、我に返る。どうやら少し呆けていたようだ。
魔物とはいえ、人型に近いものの死体を目の当たりにしたことが少なくない衝撃を私に与えていた。
これからはこういう事も多くなるだろう。慣れていかなければ。
ためらえば、死ぬのは魔物ではなく私になるのだから。