36.ドワーフとの邂逅
寝る子は育つというけど戦う子狼も育つのだとオッサンは知ったのだ。
馬車に揺られながらこの二日のことを思い返す。
結局、私が拾った子狼「グランツ」が、なぜ今のところ私とグレイシアしか使えないはずの魔法「電撃」を使えたのか、その理由は分からなかった。
まあ、狼と言葉による意思の疎通なんてできないのだから、当然と言えば当然だが……。
考えられる理由としては私が「電撃」を使ったのを見て、それができるのが当然と感じた、というところだろうか。
幼い頃にできると思ったことはできるようになるなんて話も聞いたことがあるし、ましてやここは魔法が実在する異世界だ。
実際、私自身が魔法を研究する過程で「できると確信する」という事が魔法のアレンジや融合に不可欠だ、とも感じている。
「まあ、使えるなら便利だからいいか」
という結論にならざるを得ない。
すでにグランツと出会ってから二日。その間にも何度か魔物の襲撃があった。その度に真っ先に気付き、相手の出鼻をくじくのはグランツだった。
フォレストウルフはともかく、ストライクラビットの一匹くらいなら単身で狩ることもあり、その戦闘力は並の駆け出し探索者に勝るであろうことは誰の目にも明らかだった。
ただし、それも「電撃」の魔法あってのことであるのも間違いないだろう。一撃目で電撃タックルを当てて相手の動きを止め、狼相手なら間合いを空けて私たちにトドメを任せ、ウサギ相手ならそのままノド笛を噛みにいく。なんとも合理的だ。
ただ、一つ気になることがある。
「……やっぱり大きくなってるよな」
そう、グランツがたった二日で目に見えて大きくなっているのだ。
最初は体長三十センチほどだったのが、現在は四十センチほどになっている。柴犬より少し小さいくらいだろうか?
顔の骨格はまだ丸っこく、子供であると判断できる。となると、大人になったらもっと大きくなるという事だろう。
「狼って二日や三日で、こんなに成長するものなんですかね?」
荷台の向かいに座るミシャエラに問いかけてみるが、彼女も困惑顔だ。シェリーは特に気にすることもなく、ニコニコ顔でグランツの相手をしている。
「……もしかしたら「昇級」したのかもしれないわね」
「昇級? 私たちと同じように魔物を倒して、ってことですか?」
確かにここ二日でフォレストウルフとストライクラビットを合わせれば、討伐数は十匹を軽く超えている。最初の昇級なら、してもおかしくはない数だが……。
本当にミシャエラが言う通りなのだろうか、と首をかしげていると、彼女はもう一言付け加えた。
「ちょっと違うかもしれないけど、獣人族が昇級すると急激に成長するって聞いたことがあるのよ」
なんと、そんな事があるのか……というか獣人族っているのか。
耳とシッポだけ獣っぽいタイプか、直立した動物タイプかどっちだろうか。どちらにしても、いつか会ってみたいものだ。
「この子は本当にフォレストウルフじゃなくて別な種族なのかもしれませんね……」
私たちの悩みを他所に、グランツは元気いっぱいにシェリーにじゃれついていた。
予定されている旅程の六日目。昼頃に我々は長大な崖と地平線までつながる山々、そして小さな砦らしき物が見える場所に差し掛かっていた。
「あれは?」
私は人が歩く程度までスピードを落とした馬車から降りて御者台に駆け寄ると、馬車を操っている行商人のナルドに話しかけた。
というのもグランツが落ち着かない様子でしきりに何かの臭いをかいでいるからだ。これまでにグランツが出会ったことのない存在がいるという事だろう。
「あれが私の目的地、ドワーフの谷への入り口ですよ」
ナルドはにこやかに答えると、門番らしき男に手を振る。
彼の言葉通りドワーフなのだろう。重そうな金属の鎧兜を身につけた男はずんぐりとしていて顔が髭もじゃだ。日本の創作物に登場するイメージそのままだった。
「おお、ナルドか。よく来たな」
門番は破顔し、手を上げてナルドを歓迎する様子を見せる。そして何やら砦内に合図を送ると、一枚岩でできた巨大な門が徐々に持ち上がり始めた。
まさか上に上がるとは……手前に倒れるとばかり思っていたよ。
「行きましょう」
ナルドに促され、我々は砦の入り口へと向かった。オズマとグレイシアも馬を降り、それに続く。
近づくにつれ、砦の後ろに見える崖がかなりの高さであることも分かる。二十メートルくらいはあるだろうか?
この砦は崖を降りるルートを守るための物なのかもしれない。
しかし、この高さを馬車で降るのに崖沿いの下り坂というわけにもいかないだろうし、もしやアレがあるのだろうか。
入り口をくぐり、砦内に入ると、松明を持った二人組のドワーフが馬車の前に立って先導する。
「凄く堅牢そうな砦ね……」
いつの間にか馬車を降り、私のとなりを歩いていたシェリーがつぶやく。言われてみれば、壁を構成する石は一つ一つが幅二メートル、高さ一メートルはありそうで、そんなサイズの石が高さ十メートルはある天井まで積み重ねてある。厚みまでは分からないが、一メートルを下ることはあるまい。
「そうですね。隙間も全然ないですし」
積み重ねられていると分かりはするものの、ともすれば後から彫られた細い溝のようにも見える。そんな程度の隙間しかない。まさに剃刀も通らないだろうと思えるほどだ。
馬車が進む、まっすぐな通路の左右には数メートル間隔で巨大な石の円柱が並んでいる。
どういう構造なのかはまったく分からないが、これが天井を支えているのだろう。
「ん?」
しばらく進むと、向かう先から石の門が開くときと同様の音が聞こえてきた。それと共に外からの光が、足元から徐々に広い範囲に差し込んでくる。どうやら砦の出口へとたどり着いたようだ。
「今回の護衛依頼は、ここで一旦終了です。エルフの里で依頼が完了次第、こちらに来ていただくという事で」
馬車を停めて御者台から降りた行商人は、我々護衛を前にし、そう宣言した。
エルフの里に向かう際は森に入るため、ここまで乗ってきた馬は砦で預かってくれるそうだ。これはありがたい。
「あんたらも降りるところを見ていくといい」
ここまで先導してくれたドワーフが、そういって出口へと手招きする。
我々は顔を見合わせると、お言葉に甘えてそちらへと歩み寄った。
「うわ……」
「これはすごいな……」
シェリーとオズマが驚きの表情でつぶやく。私も、そしてグレイシアとミシャエラも似たような顔になっているだろう。というのも、眼前の光景があまりに雄大だったからだ。
右手から眼下に続く、崖同様に高低差二十メートルはある急流と、その流れに沿う形で設置されている昇降機。
その構造は鉄と思しき金属と石でできており、鉄道のようなレールが敷かれている。昇降機の床板の四隅にある車輪が、それぞれそのレールにがっちりと噛み合い、その確かな安定性を感じさせた。
レールに沿う形で、一つ一つが人間の腕ほどの太さはあろう輪が連なった太い鎖が昇降機に繋がっており、これを砦内の巻き上げ機で上下させる仕組みのようだ。
「どうだい?」
「いや、これは……さすがドワーフの技術という他ありませんね」
ドワーフに話しかけられ、私は素直にそう答えた。
その答えに満足したのか、彼は満面の笑みを浮かべた。