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35.命名、グランツ

 犬は頭が良いというがこの子狼はちょっと頭良すぎではないかとオッサンは思ったのだ。




「あらぁ、どうしたの? その子」


 傷が回復した子犬を連れて停まっている馬車に戻ると、当然のごとくグレイシアに疑問の声をかけられた。他の者達も物問いたげな表情だ。


「実は……」


 私は素直に、子犬がフォレストウルフの群れに襲われて負傷しており、それを見過ごせず助けた、と事の次第を話した。


「そう……。それで助けたときの様子は?」

「ええと、喜んでいるようでしたが……それが?」


 グレイシアの問いに答えると、彼女は私の後ろに立つシェリーに目で問いかけ、シェリーはそれに頷き返した。


「それなら大丈夫でしょうねぇ。上手く躾ければ良い斥候になるわ」


 狼を使役する冒険者の話は聞いたことがあるしね。と締めくくり、グレイシアは私の行動を責めることはしなかった。

 行商人ナルドも納得したように笑顔を浮かべ、オズマとミシャエラは少し呆れ顔だった。


「よかったわね! ソウシ」

「ええ……きちんと育てないといけませんね」


 シェリーに笑顔で肩を叩かれ、私はようやく安堵の息をついた。その息がかかったのか、腕の中の子犬は寝返りを打つように身動ぎした。




 白い子犬の体を湯で湿らせたタオルで綺麗にしてやり、再び馬車に乗り込むと我々は移動を再開した。

 乾いた綺麗なタオルに包まれて、子犬は安らかな寝息を立てている。


「狼は狼だけど、やっぱりフォレストウルフじゃなさそうね」


 しばらく子犬もとい子狼を眺めていたミシャエラが、不意にそうこぼした。


「色が違うからですか?」

「それもあるけど、私が見たフォレストウルフの子供はもっとこう……細長いと言うか、可愛げのない感じだったのよ」

「なるほど……変異種か何かなんでしょうかね?」


 フォレストウルフといえば毛が灰色だが、この子狼は新雪のように真っ白だし、ミシャエラの言う通りなら顔かたちも随分違うようだ。

 体長三十センチほどだが、顔も体も丸く耳と手足が大きい。確かこういう特徴があるとかなり大きく成長するんだったか?

 あまり大きくなられると餌代が大変なことになりそうだ……。


「名前、考えないとね」

「そうね。白いからシロとか?」


 いきなりシェリーとミシャエラがそんな事を言い出した。いや、言われてみれば名前がないと困るのはわかる。


「毛がふわふわしてるからフワフワ!」

「えー? そういう方向ならモコモコじゃない?」


 ……この親子のネーミングセンスはいけない。任せておいたらひどいことになってしまう。


「え、えーと……狼ですから、カッコイイ感じの名前がいいんじゃないかなーと思うんですが」

「じゃあソウシはどんな名前がいいの?」


 遠慮がちに言う私にシェリーがそう問う。ここはなんとか良い感じの名前を考えなくては……。


「そうですね……白い毛が陽の光でキラキラ輝いているので、ある国の言葉で『輝く』という意味の『グランツ』なんてどうでしょうか……」


 何とかかんとかアイデアをひねり出してみたが、果たしてこれで納得してもらえるだろうか。

 割とカッコイイ語感だと思うんだが……。


「へえ……輝くね」

「うん、確かに光に当たったらキラキラしてるわね」


 感心したように頷くシェリーとミシャエラ。

 どうやら何とか納得してもらえそうだ。


「「じゃあ、この子の名前は『グランツ』ね!」」


 息が合ってるなあ……。




 移動を再開して一時間ほどが経過し、我々は昼食をとるために田舎道を外れ、平原側に馬車を止めていた。少し距離を置いたのは道の向かい側がすぐに森だからだ。平原側は視界が開けているため、魔物による奇襲も受けにくい。


 昼食の準備が整う頃には子狼も目を覚まし、しきりに私にじゃれ付くようになっていた。

 食事は二人ずつとる事になったため、私はひとまず子狼に水を飲ませ、シェリーと共に森の見張りにつく。平原側の見張りはオズマとミシャエラだ。


「すごく懐いてるわねえ」


 グランツが私の手にしがみついては舐めたり甘噛みしたり、首元に跳びつこうとしている様子を見て、シェリーはすっかりニコニコ顔だ。


「助けた事を分かってくれているのかもしれませんね」


 子狼が腕にしがみついてきたのを利用して、その腹をなでながらつぶやく。

 実際、グランツを襲っていたフォレストウルフを倒した時点で、この子は私たちを味方とまではいかなくとも脅威とは感じていなかったように思う。満身創痍だったとはいえ、うなり声を上げることもなく私の魔法による治療を受け入れた事も、そう感じさせる一因だ。


「その子の餌もってきたわよぉ」


 声をかけられ振り返ると、グレイシアが木の深皿を持って微笑んでいた。皿の上にはパンと刻んだ干し肉を煮たと思われる、パン粥のようなものが盛られている。

 彼女がそれをグランツの近くに置くと、子狼はためらいなく皿に飛びつき、勢い良く食べ始めた。


「どうやら、お気に召したようねぇ」


 グレイシアはその様子を満足そうに眺めている。

 シェリーは我慢できなくなったのかグランツの背をなでまくっている。まあ、気持ちはわかる。かわいいもんね。


「!」


 皿の底まで綺麗に舐めて餌を平らげたグランツが不意に頭をあげ耳をぴくぴくと動かすと、森に向かって警戒するような姿勢をとった。


「フォレストウルフだわ!」


 一拍遅れてシェリーが立ち上がり、警戒を促す。彼女の耳にも魔物の動く音が届いたのだろう。

 彼女の声にしたがって、私とグレイシアも戦闘態勢を整えるべく武器を手にとって立ち上がる。と同時に森の下草を割って三匹の狼が飛び出してきた。

 マズイ。まだ魔力を練ることができていない。これでは一網打尽は無理だ。


「ウオーン!」


 やむなく槍を構えた私の脇を、甲高い咆哮を上げながら白い子狼が駆け抜けた。


「なっ」


 私たちがあっけにとられる目の前で、グランツは電撃を身に纏って一匹のフォレストウルフの鼻面に体当たりを敢行する。その一撃は見事に命中し、魔物を感電させ、その場に押しとどめた。


「今よ!」


 グレイシアの言葉にはじかれるように槍を繰り出し、倒れたフォレストウルフのノドを貫く。

 残りの二匹はシェリーとグレイシアの細剣によって切り伏せられ、辺りには静寂が戻った。


「なんで、この子が電撃を……?」


 疑問の声を漏らすグレイシアの目の前を通過し、グランツはシッポを全力で振りながら私のもとに駆け戻ってきた。


「もしかして……私が使ったのを見て覚えたのか?」


 私のつぶやきに答えてか、白い子狼は肯定するように一声吼えた。


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