33.依頼受諾
行商人というのは手回しが良いものだとオッサンは感心したのだ。
「依頼を、受ける事にするわ」
たっぷり十五分ほど考え込んでからグレイシアはそう宣言した。
彼女の中では様々な葛藤があっただろうが、最終的には今回の依頼がどういった意味を持っているのかを確かめることに決めたのだろう。
「じゃあ明日はその準備ね」
「確か、エルフの里は山向こうの森にあるのよね?」
「そこまで移動となると馬車がいるな」
方針は決まったとばかりにシェリー、ミシャエラ、オズマが今後の行動について口にする。しかし一つ気になることがある。
「待ってください。エルフ以外の種族を里に同行させることは許されるのですか?」
私の懸念はこれ。
グレイシアの元許婚が他種族を蔑んでいたという点から、一般的なエルフも多少の差はあれど排他的な性質を持っているのではないか?という事に思い至ったのだ。
少なくともイニージオの町でグレイシア以外のエルフを見たことはないし、これまでの話からしてエルフの里は深い森の中にあり、その場所を知る者は多くないと考えられる。であるならば、人間がいきなり尋ねて歓迎されるとは考えにくい。
「それは大丈夫よぉ。依頼書も私の探索者団『妖精の唄』への依頼となっていたから。……でも、歓迎はされないでしょうねぇ。特に来訪者であるソウシは」
だから、みんなの気持ちは嬉しいけどよく考えて。とグレイシアは私の疑問に対する答えを締めくくった。
これは来訪者であった彼女の夫が、いわばグレイシアがらみの問題の元凶であるという事から、同じ来訪者は余計に疎まれる可能性が高いと言っているのだろう。
とはいえ、依頼がグレイシア個人ではなく彼女の属する探索者団へのものであるという事は、少なくとも個人で対処できる問題ではないということでもある。
ならば戦力は少しでも多いほうがいいだろう。
「私は大丈夫ですよ。なんにせよ、まずは依頼の詳しい内容を教えてもらえますか?」
「あ……そうねぇ。ごめんなさい」
私の言葉にグレイシアは一瞬、驚きと喜びがない交ぜになったような表情を浮かべ、依頼の内容を伝えていなかったと指摘されたことに、はにかむような笑顔をになると「依頼書をとってくるわ」と言い置き、リビングを後にした。
依頼の内容は「魔物が増えているから討伐のために力を借りたい」という、至極ありふれたものだった。
グレイシアの話によると、エルフの里の総人口は約五百人。子供はほとんどおらず、種族の特性として死ぬまで青年の状態なため老人もいない。そのため総人口がほぼそのまま戦える人数となるが「昇級」が遅い関係上、中級魔法が使えるレベルの者は十パーセントにも満たないそうだ。
つまりフォレストウルフ級と正面からやりあえる者は五十人いるかいないか。
更にそういった環境にもかかわらず、森を破壊しないことにこだわるあまり、まともな防壁も築かれていないという。となれば防衛せざるを得ない状況でも防衛が難しいということだ。
……これはかなり厳しいのではないだろうか。
開拓村でもほんの数キロ森を奥に入れば狼や猪、悪くすれば熊の魔物などにも遭遇しうるのだから、山に近い森の中などそれこそ熊や猪と出会ってしまうのが日常茶飯事になってしまう。
「あ、それは大丈夫よ。基本、里の周辺にはウサギかスマイルしかいないから」
最悪でブラッドベアに会うのが十年に一度あるかないかね。と、私の疑問にグレイシアは軽い調子で答える。
「それじゃあ、ニ百年前の魔物の襲撃はなんだったの?」
とシェリー。確かにそれは皆が気になるところだろう。
ストライクラビットやスマイルなら、今の私たちとエルフの戦士五十人がいれば百や二百はどうにかなるかもしれないが、もっと強い魔物であれば対策を練っておかなければ危険だ。
「……オークよ」
質問に答えるグレイシアの表情は優れない。
オーク。確か探索者ギルドで見た資料によると、二本足で直立した猪といった外見で、単体の戦闘力は一度昇級した人間と同程度。
稀にブレードボアを使役することがあり、その場合の戦闘力はブラッディベアに迫る。群れは通常、十~二十匹程度で、オーク同士でも他の群れであれば争うことがある。
人間やエルフなど他の人型種族の女性を捕らえて集落に連れ帰り、複数のオークで共有することで繁殖する。どんな種族との交配でもかならずオークが生まれる。だったか。
まったくとんでもない生態だ。しかしこの情報の通りなら、一つの群れは多くても二十匹。戦力的にはエルフの戦士五十人でもどうにかできそうに思える。
「それが、あの時は五十匹を超えていたのよ」
私の疑問げな顔から考えを察したのか、グレイシアが一言付け足す。
なるほど、それなら助力も必要だろう。普段スマイルかストライクラビットしか相手にすることがないエルフたちに、いきなりその数は厳しい。
まあ、それに関しては私も同じ事ではあるのだが……。
「……今回の相手が何なのかは分からんが、スマイルやウサギよりは強く、数も五十は下らないって事だろうな。魔物が増えていることを考えると」
でなきゃわざわざ依頼を出すわけもないからな。と思案顔でオズマがつぶやく。
「何にせよ、明日は必要なものを準備しなきゃいけないわね。魔物の増え方からして、なるべく急いだほうがいいでしょうから」
シェリーの言葉に全員が頷く。
今夜のうちに必要そうなものをリストアップしておかなければならない。魔法も一覧を更新しておくべきだろう。
このメンバーで一番キャリアが短いのは私だ。足を引っ張らないようにできる限り備えねば。
「ナルドさんの護衛? ……でも、私たちエルフの里に向かわなきゃならないんだけど」
翌朝、依頼を受けることを伝えに探索者ギルドを訪れた私たちに、待ち構えていたらしきギルド長が行商人ナルドの護衛依頼を持ちかけてきた。
グレイシアの言うとおり、依頼を受ける以上、明日にもエルフの里へ向けて出発しようという所なのはギルド長も当然わかっているばずだ。なのにこの話を持ってきたということは……
「ルートが我々とかぶっている、という事ですか?」
「そういうことだ」
私の反応にギルド長はニヤリと笑って肯定する。
彼の説明によると、そもそもエルフの里からの依頼を持ってきたのがナルドで、今回の行商はエルフの里に近い「ドワーフの谷」へ向かうものであり、その荷物はエルフの依頼を受けて里の防衛に協力することになっているドワーフたちの要請で、なるべく早く届けなければならないという。
また、エルフの依頼自体がドワーフを経由してナルドに託されたものであり、荷物を届けるのはエルフにとっても重要なことだそうだ。
ちょっとややこしいが、ナルドはドワーフとの行商ルートがあり、ドワーフはエルフと多少の交流がある。その流れでエルフ→ドワーフ→ナルド→探索者ギルド、と話がすすんだという事か。
「……なるほど、そういうことなのねぇ。それでナルドさんは?」
「今頃、必死で食料品を仕入れているところだろうぜ。お前さんらが依頼を受けるにせよ受けないにせよ、確認に来ることになってる」
依頼を受ける場合は、準備ができ次第お前さんらの家に出向くとよ。とギルド長はグレイシアの疑問に答えた。
「わかった、この依頼うけるわぁ。こっちも準備を整えておくとナルドさんに伝えておいて」
一度、探索者団全員の顔を見回し、否定の色がないのを確認したグレイシアは、ギルド長に依頼受諾を告げた。
さあ、急いで遠征の準備だ。