3.はじめての狩り
大人になって初めての殺生はオッサンにはとてもきついのだ。
神父の説明によると魔法は力を借りる精霊によって様々な属性に分かれるそうだ。
・地の精霊の力を借りる地属性。
・水の精霊の力を借りる水属性。
・火の精霊の力を借りる火属性。
・風の精霊の力を借りる風属性。
基本はこの四属性で、熟練すればこれら以外の精霊の力を借りたり、複数の精霊の力を同時に借りることによって大きな効力を発揮するなど、術者により様々な魔法として現れる。
ただ、四属性以外の精霊は、その属性と思しき魔法を使えたものが過去にいたというだけで、どういった精霊かは定かではなく、一般に頒布される魔法書などに記載されてもいないという。
なるほどこれは来訪者=現代知識を持った人間にはわかりやすい。
ただ、人によって得手不得手があるため、いきなり何でもかんでも使えるようにはならないらしく、契約した当初は大体、一つか二つの属性しか使えないそうだ。
ちなみに私は神父の見立てによると火と水属性が使えるだろうとのこと。熱しやすく冷めやすいB型人間だからだろうか。
「まずは村の外でスマイルなどを相手に試してみるのがよいでしょうな」
「スマイル?」
笑顔をどうするというのか。などと考えていると、何かを察したらしい神父が説明してくれた。ようするに森で出会った出来損ないの絵文字みたいなアレの名前だそうだ。
……これはもしや来訪者が名づけたのでは。
ちなみに魔物を狩ったり、未踏破の土地を探索したりする者たちを「探索者」と呼び、大き目の町なら必ず「探索者ギルド」というものがあるそうだ。これは覚えておかなくては。
硬いパンと野菜の切れ端が入った薄い塩味のスープというシンプル極まりない昼食を頂き、神父に礼を言って教会を出た私は、村の門へ向かいながらひとまず武器を調達しようと考えた。魔法が使えるようになったとはいえ、丸腰というのはいかにも無用心だ。
大体なんでも揃うという万屋はメインストリート沿いにあった。比較的大きいと感じた建物の一つだ。
だが、あいにくと先立つものがない。仕方なく私はカバンやらポケットの中やらを探ってみることにした。
「お、これがあったか」
キーホルダーになっている小型の十徳ナイフだ。十徳といいつつナイフ、ヤスリ+マイナスドライバー、ハサミの四つしか機能はないが、何も無いよりはましだろう。しかし、これをどう使うべきか。
「素人にも使いやすく、効果が高い武器……」
槍か手斧くらいだろうか。しかし、刃物らしい刃物は刃渡りわずか三センチのナイフのみ。
槍は作りやすそうな気はするが、スマイルは森での一戦で明らかに正面の表皮が分厚いのがわかっている。槍で攻撃するとなると、体全体で回り込む必要がある。となると手斧の方が半身になって避けるだけで攻撃に繋げられそうなんだが……。
「ああ、ピックにすればいいか」
長い柄の先に水平にとがったパーツのついているアレだ。ウォーハンマーの打撃部分の反対側についてる感じの。
早速村を出て柄に使えそうな木の枝を探す。折れたときのために何本か集めておけばいいだろう。
大体四十~五十センチくらいのものを三本拾ったところで加工に移る。枝の先、側面に小さなナイフでちまちま切れ込みを入れてはナイフのはまり具合を確認し、持ち手がほぼ枝の中に差し込まれた状態になるまで作業を続けた。
「これは厳しい」
一本の加工で一時間くらいかかってしまった。気を使って作業したおかげでナイフがすっぽ抜けることもなさそうな出来になったのはいいが、凄く疲れた。
「とはいえ今日のうちにいくらかは稼いでおかないと……何事も最初が肝心だし」
働かざるもの食うべからずを地でいく異世界だ。世知辛いが戦わざるを得ない。
未加工の木の枝をズボンのベルトを緩めて差し込むと、私は森の中に足を踏み入れた。
「スマイル、スマイル。スマイル……」
いた。絵文字野郎ことスマイル。いい顔で笑っている。あまり音を立てないようにしながら探すこと数分。数メートルほど先に一匹のスマイルを発見。
あらかじめ立てておいた作戦に沿って動くべく周囲を確認する。必要なのは木を背にし、スマイルから直線で視線が通る場所だ。
「よし」
それなりにいい場所を確保し、スマイルを確認。こちらに気づくことも無くぶよぶよと表皮を波打たせながら佇んでいる。どうやって相手を確認しているのかわからないが、あまり広範囲は感知できないようだ。
「……やるか」
右手に小石、左手に手製のピックを握り締めスマイルをにらみつける。息をとめ、小石を投擲する。スマイルのすぐそばに着弾。スマイルが跳んできた小石に反応し体ごと振り向く。
しばらくこちらに顔を向けたままじっとしていたスマイルがいきなり跳躍してきた。
一跳ね、二跳ね、三跳ね目で、私は左足を軸にして右足を後ろに引き半身になるとスマイルをやり過ごす。するとヤツは私が背にしていた木の幹にぶつかり跳ね返った。
「ふっ!」
タイミングを合わせスマイルの背面にピックを突き立て、ひねったりしないように意識しながら即座に引き抜く。あまり頑丈ではないナイフが折れたりしないように、だ。
スマイルが体液を噴出させながら下草の上に落ちる。まだ致命傷ではないようだ。が、それは想定内。右手でベルトに挿してあった無加工の枝を引き抜き、スマイルの脳天に叩きつける。するとピックで開けられた傷から大量の体液が勢いよく噴出し、今度こそ魔物は動きを止めた。
「はあ……これはきっつい」
地面に溶けて消えてゆくスマイルを見ながら私は安堵の息を吐いた。
意図して生き物を殺したのはいつ以来だ。まだ命がどういうものかよくわかっていない子供の頃、捕まえたカブトムシの角を持って振り回して首をもいで以来だろうか。いやまあ、蚊などの害虫を殺すことはあったが。
大人になった今、命を奪うということがことさら恐ろしく感じる。それでも衝撃があまり大きくないのは、スマイルが潰れたビーチボールのような無機質さを持っているからだろうか。
「童貞卒業おめでとう、ってところか」
緊張で震える左手を押さえ、冗談めかしてそうつぶやく。何にせよ私の異世界生活はここがスタートラインだ。
空が紅く染まり始める頃、私は村への帰路についていた。
狩りを始めて三時間ほどで倒したスマイルの数は九匹。これが一般的な狩猟数と比べて多いのか少ないのかはわからないが、自分なりにできることはやったとは思う。
「あー疲れた……」
疲れと空腹でおぼつかない足を引きずり村の門をくぐるとそのまま万屋を目指す。
「らっしぇー」
引き戸を開けると全くやる気の感じられない声が聞こえてきた。それは壮年の店主らしき小太りな男の声だった。