27.昇級の効果と奴隷の値段
人の値段は意外と安いとオッサンは知ったのだ。
市場での買い食いで昼食をすませた後、私はその足で武具店に向かった。
武器や防具を扱う店は複数あるらしいが、私の目的地は探索者ギルドと提携しているところだ。
そこは探索者ギルドによって一定の品質が保証されていて、高望みしなければ駆出しでもそれなりの装備を整えられるらしい。実にありがたい。
「いらっしゃい!」
扉を開けた途端、威勢のいい声をかけられた。声の主は恰幅のいいおばさん店員だ。いや、年齢的には私と変わらないのかもしれないが。とにかくいかにもなおばさんだ。
「こんにちは。小手と脛当てを見せてほしいのですが」
「はいよ! なら、こっちだね」
用件を伝え、店員の指し示してくれた棚に向かう。
店内には様々な武具が置かれているが、話に聞いたとおりそこまで高価なものはなさそうだ。全体的に素朴というか地味な感じのものが多い。
「どんなタイプがいいんだい?」
「あまり重くなくて、動きを阻害しない物がいいですね」
おばさんの言葉に要望を伝え、自分でも目を引くものはないかと見回す。
「ふうん? 結構、重くても大丈夫そうだけどねえ。お兄さん、昇級は何回した?」
「昇級ですか? 三回ですが……」
いきなり聞かれて戸惑いながらも素直に答えた。昇級の回数が装備の重さに何か関係があるのだろうか。
「ああ、それなら結構、重いので大丈夫なはずだよ」
この辺がオススメだね!と差し出された小手は土台が硬い革で作られ、表面が鉄で覆われていた。
ぐいぐい押し付けられて半信半疑ながらも片方だけ着けてみる。
「……確かに、ぜんぜん重く感じないですね」
「そうだろう? 三度昇級したってことは身体能力が四倍近く高まってるって事だからね」
おばさんの言うとおり小手の重さをほとんど感じないのに驚いていると、彼女はそんな事を言い出した。
え? 四倍?
「その様子じゃ、気付いてなかったみたいだねえ」
「はい……言われてみれば、一日中動き回ったり槍を振り回したりしてもほとんど疲れなくなっていたような……」
店員さんは驚き固まる私の様子に、昇級のことをよく知らないとそんなもんさ、と笑った。
確かに「昇級=レベルアップ」に関しては漠然と「元気になったり使える魔法属性が増えたりする」程度にしか考えていなかった。
「すみません。もし良かったら、もうちょっと詳しく教えてもらえませんか」
私がそう頼むと店員おばさんは笑顔で頷くと「昇級」について説明してくれた。
それによれば「昇級」すると「元もとの身体能力や魔力の量」が倍加していき、使える魔法属性が増えることもある。「元もとの」というのは鍛えたりしていない、いわゆる素の状態のことで、鍛えたからといってそれを含んで倍加したりはしない、とのことだ。
ということは計算式としては「素の能力×(昇級した回数+1)」で現在の私の能力は四倍、となるわけか。これに鍛えた身体能力がプラスされる、と……。
「同じ昇級回数で能力を比べりゃ、とうぜん鍛えてるほうが上になる可能性が高いから、体も魔力も鍛えるに越したことはないけどね」
私はおばさんの言葉にひたすら頷くしかなかった。これは本当に大きい情報だ。
行商人のナルドに村からイニージオの町までの護衛を依頼されたのは、単に危ないところを助けたというだけでなく、あの時点で二度の「昇級」を経ているからという理由もあったのだろう。
つまり「昇級」回数が探索者の実力を測る大きな指標にもなる、ということだ。
「で、それを踏まえてどういうのが必要だい?」
しきりに感心していると、店員は納得したなら早速商談だといわんばかりに話を切り替えた。
「そうですね……重さはこのくらいで、小手は肘まで、脛当ては膝までカバーできるようなものがあれば。あ、予算は三百Gまででお願いします」
「あいよ、ちょっと待ってな」
結局、予算ギリギリの値段でそれなりに満足いくものが購入できた。さすがは探索者ギルド御用達の武具店といったところか。多少の調整も請け負ってくれるらしい点もうれしい。
「ふむ……多少、以前よりは重いけど、さほど違和感はないか」
帰宅した私は早速、すべての装備を身に着けてみた。悪くない。あとはこれで動くのに慣れるべく訓練すればいいだろう。
ということでそのままの格好で裏庭に出て訓練に入る。
かつて読んだ漫画や書物の知識を引っ張り出しながら、楽に槍を振れる姿勢を模索する。そしてそのまま電撃槍を発動し、小手に電気が流れたりしないかを確認。
「うん、特に問題はなさそうだ」
「ソウシ。ちょっといいかしら」
新調した装備に満足していると、グレイシアが顔を出した。
話を聞くと行商人のナルドが本宅に訪れているそうで、先日の「商品」のことを私に報告したいということらしい。
「私に関係のある商品ですか……」
アレのことだろうなあ。
村で盗みに入ってきた三人組。私が返り討ちにしたことで「奴隷」となった青年たちだ。
「どうかしたの?」
「いえ、何でもありません。装備を外したら、すぐに向かいます」
訝るグレイシアにそう言い置くと、私は身支度を整えるべく離れに向かった。
「おお、ソウシさん。先日はお疲れ様でした」
「こんにちはナルドさん。あの時は途中で倒れてしまって申し訳ありません」
応接間で待っていた行商人のナルドと挨拶を交わし、私はテーブルを挟んで彼の対面に座る。するとミシャエラがすぐにお茶を持ってきてくれた。
彼女に礼を言って紅茶に口をつける。やはり私が煎れたものより美味しい。さすが主婦。
「それで、商品の話というのは」
「はい。実はアレらがそれなりの値段で売れましてね。開拓村の村長さんとの話し合いで、教会の修繕費を除いた利益はソウシさんにお渡しするということになっておりましたので、こうして参上したわけです」
私の疑問に応えると、ナルドは懐から契約書と十枚の硬貨を取り出した。契約書は「奴隷」たちを誰にいくらで売ったかを確認しろということで、硬貨が私の取り分ということか。
「きりのいい金額でしたので、それぞれ三分の一ずつとなっています」
「……はい、確かに」
行商人の言葉に応えると彼は硬貨を差し出し、私はそれを受け取った。
「これで、今回の行商は一区切り。肩の荷が下りました」
にこやかに笑ってそう言うナルドに、私もなんとか笑顔を返す。
犯罪奴隷三人の売価は三千Gで、そのうち私の取り分が一千G。
人一人の値段の安さに、私は暗澹たる気持ちを抱かずにはいられなかった。まあ、犯罪奴隷だから安かったりするのかもしれないが……。
そしてやはりこの世界は日本とは違う、とても厳しいものだとも再認識したのだった。