26.探索者ギルドの資料
贅沢は敵だというが食にはそこそこ贅沢したいとオッサンは思ったのだ。
「そうね……もう一押しでそうなっちゃうかも」
シェリーの直截な問いかけにグレイシアも端的に答えた。
室内に妙な緊張感が生まれ、私はどうにも居心地が悪くなる。しかし、ここで何らかの理由をつけて逃げ出せばろくでもない展開になるのは確定的だ。
「なぁに? シェリーはおばあちゃんが、ソウシに取られちゃうのが嫌なのかしら?」
「うっ……そうじゃないけど……。あの時すごいモヤっとしたんだもん。おばあちゃんはいつも颯爽としててカッコイイって思ってたから……。ソウシは何だか理解してるって感じで、おばあちゃんのこと慰めてるし……」
シェリーの顔を覗き込むようにしてからかうグレイシア。しかしシェリーの方はそれどころではないようだ。昼間の一件がもたらした影響は、グレイシアが思うよりも大きかったのかもしれない。
「シェリーあなた……」
だが、グレイシアの反応は私とは違うものだった。何かに気付いたような、驚いたような表情を浮かべている。なんだろうか。
「?」
シェリーも私と同じく疑問げな様子で首をかしげている。
「……まあ、いいわ。とにかく私は今まで肩肘張って格好つけていたけれど、これから辛いときはソウシに甘えることにするわ」
「なっ」
しばらくしてグレイシアは過程をすっとばして、そう宣言する。シェリーが驚いている。当然、私も驚いている。
なぜ、そうなる。いや分かる。弱いところを見せても幻滅することなく受け入れてくれそうな男が身近にいれば、そうなってしまう可能性がゼロではないことは分かる。
私とて世話になっているナイズバディ美人に頼られて悪い気はしない。だが、出会って二日目のどこの誰とも知れない男を信用しすぎるのはどうだろうか。あまりに無用心というか無防備すぎるのではないだろうか。
「じゃ、じゃあ私もソウシに甘える!」
あらあら、シェリーがまたなんだかよくわからないことを言い出しましたよ。
なぜ、そうなる。今度は本当に分からない。
「えーと……。頼っていただけるのは嬉しいんですが、お手柔らかにお願いしますね?」
あまりの展開に聞いていることしかできなかったが、なんとか釘を刺す。釘ってほどの太さはない気もする。でも言わないよりは言っておいたほうがいいような気がする。後々の私の立場的に考えて。
「ええ、わかったわ。これからよろしく。シェリーも程々にねぇ」
「う、うん。よろしくお願いします……」
なんとか収まった。のか?
話が途切れた隙を見て新たな紅茶を用意して以降はなんとか話題も切り替わり、和やかに雑談がおこなわれた。
主に私が思いついた「電撃」の活用法に関することを話した。どうやら二人が訪れたのは、私が訓練をしている時に発生した電光が室内から見えたことも一因だったようだ。
そりゃ夜に何かがチカチカ光ってれば気になるよね。すみません。
結局、話の流れから再び中庭に出て二人に魔法を武器にまとわせる魔法剣的な使い方を教え、ひとしきり訓練してからお茶会?はお開きとなった。
手をふりながら本宅へと戻っていくグレイシアの晴れやかな表情が、いつまでも私の頭に残った。
振り回されてるなあ……。
翌日は完全な休日とし、私は朝食後に探索者ギルドへと向かった。
昨日ギルドで聞こうと思っていた、魔物の分布や草花の植生、様々な物品や依頼の相場などの資料を閲覧できる場所はあるかどうかを聞くためだ。
後ろ盾ができたとはいえ、あまり何も知らないままでいるのも怖いしね。
「はい、ありますよ。ここの地下になります。そこの階段から降りて、受付にカードを預け十G支払ってからご利用ください」
受付で聞いてみるとあっさり教えてもらえた。十G払うというのは本の維持管理費とかだろうか。
文明レベル的に考えると紙媒体は手書きがメインだろうし、一冊あたりの値段が高そうだ。汚さないように気をつけねば。
「ありがとうございます。行ってみます」
受付嬢に礼を言い、地下へと向かう。照明の魔道具で照らされているため、十分明るい。やはり離れにも欲しいな。
「すみません。資料を閲覧したいのですが」
「はい、カードと利用料金十Gをお願いします」
資料室の扉をくぐり、口調は丁寧だが無愛想な受付嬢に声をかけると、彼女は読んでいた本に栞をはさんで閉じ、いかにも定型文という感じの台詞を口にした。
私はそれに従い探索者カードと十G硬貨を差し出す。それらを受け取ると受付嬢は「どうぞ」と言いながら手で入室を促した。
「どうも」
一つ頭を下げ、資料が収められた棚の数々を見やる。棚の側面に書かれた文字によると、各種系統により分類わけされているようだ。
今更ではあるが、この世界の文字も言葉も日本語なのは何故なのだろうか。これまで見た限りでは漢字とカタカナで書かれている。なぜかひらがなはない。
昨夜の雑談で私の書いた魔法一覧を見せた感じでは、グレイシアにもシェリーにも日本語が読めていた。となると異世界転移ものでよくある「転移時に自動翻訳ソフト的な能力が付与される」といったことでもないのだろう。
文化的にはどう見ても日本的なものはないのに、文字は日本語。この違和感はなかなかに大きい。
会話できなかったり文字が読めなかったりしたら、そこから勉強せざるを得ないのだから助かってはいるのだが。
「……」
あやうく独り言をつぶやきそうになりながら、私は棚の端から気になるタイトルをピックアップして読んでいく事にした。
人がいるところで独り言などつぶやいていれば完全に変なおじさんだから気をつけねば。
「ふぅ……」
二時間ほどで何冊かの本を読み終え、一息つく。
魔法に関しては特に目新しいことはなかったが、イニージオの町近郊の魔物分布と植生は大まかに把握できた。これで薬草類の採取や特定の魔物討伐の依頼などを受けることも可能になった。
残念ながら市場で売られている商品や、探索者向けの依頼の相場に関する資料は見つからなかった。これは実地で覚えるしかないということだろう。
「そろそろ一時閉館します」
受付嬢にそう声をかけられ、私は慌てて資料を棚に戻し、探索者カードを受け取ると資料室を出た。どうやらお昼になると閉まるようだ。午後にはまた開くのだろう。
さて、丁度いいから昼食は市場や商店などを見て回りながらとるとしよう。
果実ジュースを片手に市場が並ぶ通りを歩く。
探索者ギルドをおおむね中央として、東が住宅街、南が代官邸と裕福な者たちの家や教会。そして西が大通り沿いの市場や商店に、それらの店の住人の家や倉庫、あとは農民と農作業に関する建物などが立ち並んでいるらしい。
昼食に串焼きと黒っぽいパンを買って食べたが、現代日本がいかに美味しいものを安く食べられるかを実感することになった。
開拓村の酒場で食べた料理もそうだが、味付けはほとんど塩と酢だけで味の幅がない。まれにコショウが使われている気がする。野菜など素材そのものは新鮮なものが取れるのかみずみずしいのだが、どうしても飽きがくる。
肉は鶏肉っぽく淡白だが悪くはなかったが、やはりもう一味欲しい。
食に贅沢する趣味もなく貧乏舌だと思っていたが、それでも味気なく感じてしまうのは、やはり文明レベルの違いによるものだろう。香辛料やソースの類も流通に乗りにくいのかもしれない。
「パンもちょっと硬いしなあ……なにか食に関する知識でもあればよかったんだが……」
パンといえば、オズマ家では白くてそこそこやわらかいものが食卓に並んでいた。……もしかしてかなり贅沢させてもらっていたのだろうか。
一人で活動していたら開拓村で食べていたような麦粥や塩のスープなどがメインになっていたのかもしれない。
今後は感謝して食べるようにしよう。