25.夜のお茶会
美人の率直な態度は恐ろしいとオッサンは思ったのだ。
「いえ、そろそろ一区切りしようと思っていたところですから」
私は裏庭に現れたシェリーの問いに、問題ないと微笑んで答えた。
彼女の姿はゆったりとした部屋着で、ピンクブロンドを肩口でゆるくまとめるシュシュとの組み合わせが、外での彼女とはまた違った魅力を感じさせる。
「何か用事ですか?」
「ええ、ちょっと話したいことがあって……」
何事かと聞くと、彼女は伏目がちにそう答える。若い頃なら「すわ告白イベントか」と勘違いしそうな態度だが、何となく想像はつく。
「ひとまず中に入りませんか? お茶でも煎れますよ。もっとも茶葉はあなたの家のものですが」
「フフッ。そうね、ご馳走になるわ」
くだらない冗談を交えつつ誘うとシェリーは笑って応え、私たちは離れへと場所を移した。
室内に入ると私は次々とろうそくに火を点していった。本宅の方は魔道具の照明があるが離れにはないため、使う場所にあわせてランプなり、ろうそくなりの明かりを点す必要があった。
今後どの程度の期間この離れを借りるかはわからないが、利便性を考えるなら照明を購入することも検討すべきだろう。値段にもよるが。
「どうぞ。煎れ方はうろ覚えなので、マズイかもしれませんが」
「ありがとう」
ティーポットと一度湯を注いで温めたティーカップをキッチンのテーブルに並べ、彼女の前に差し出したカップに紅茶を注いでやる。
沸騰直前まで熱したお湯を茶葉に注いで一分程度蒸らす、だったか。と、そんな感じの大雑把な煎れ方だ。茶葉の種類によって違ってきたりしそうだが、分からないのだから許していただきたい。
「話しというのは、グレイシアさんのことですか?」
紅茶を各々、一口含み、落ち着いたところで切り出すと、シェリーは驚いた表情を浮かべながらも首肯する。
「どうしてわかったの?」
「昼間の事がありましたから」
町の外で訓練と狩りを兼ねた探索者活動の最中、シェリーの祖母であるグレイシアは私の胸にすがって泣いた。恐らくはそのことが引っかかっているのだろう。
「そっか……。うん、その事なんだけど。私、おばあちゃんが泣くところなんて初めて見たのよ」
いったいなにがあったの?とシェリーは詰問するような表情と口調になる。
「なに、と言われても何と答えていいのか……。あなたの耳なら、あの距離での会話が聞こえないわけはないと思いますが」
グレイシアの心情はあの時なんとなく分かった様な気もしたが、あくまで想像でしかないため少しはぐらかすような言い方になってしまった。案の定、シェリーは不満顔だ。
「それは……」
分かっている、と言おうとしたのだろうシェリーの言葉をさえぎるように、玄関がノックされる音が響いた。今夜は千客万来だ。
「シェリーさん、ちょっとごめん。はいはい、いま出ます」
再びコンコンとノック音が聞こえ、私はシェリーに断って玄関に向かい、ドアを開ける。
「こんばんはソウシ。ちょっといいかしら?」
「あ、はい。どうぞ。今、シェリーさんも来てますよ」
扉の向こうにいたのはグレイシアだった。私は戸を大きく開き、彼女を招き入れる。「シェリーも来ている」と聞いて、彼女はあらー、とつぶやくと片手で顔を覆った。
どうやら二人とも揃って昼間のことを話しに来たようだ。
「おばあちゃん?」
シェリーがキッチンから顔を出すと、グレイシアは「……仕方ないわね」と言うとシェリーの頭をなでながら台所の敷居をまたいだ。
「ソウシ、私にも一杯もらえるかしら」
卓上のティーセットに気付き、グレイシアはそう言うとそそくさと椅子に腰掛ける。私はそれを請け負うと、湯を沸かすべくコンロへと向かった。
魔道具で火を起こせるため、湯を沸かすのもさほどの手間はかからないのがありがたい。水も同様だ。
「昼間のことなんだけど、ソウシはどう思った?」
「ええと、それは、何故ああなったか、という事についてですか?」
ティーカップをグレイシアの前に置き紅茶を注ぐと、彼女は一口含んでから私に問いかけた。私の反応に彼女は頷き、先を促す。
「そうですね……」
私は失礼がない様にと気をつけながら、あの時のことを思い出しつつ、口を開いた。
内容的には、これまで家長やベテラン探索者としての重圧を感じており、私との魔法に関するやりとりで新たな展開が見えたことで気が緩んだのではないか、というものだった。
「そうね、大体そんな感じよぉ」
私の言葉を聞き終えるとグレイシアは再び紅茶を飲み、一呼吸置いてから肯定した。
「チラッと話したけど、エルフって昇級が遅いのよねぇ……」
彼女の話によるとエルフは八百~一千年を生きる種族で、若い頃は人間と同様に成長するが、成人すると極端に成長速度が遅くなるそうだ。
そのせいか人間が数年でする昇級に十~二十年かかったりすることもままあり、そういったギャップがエルフが人間の社会で生きにくくなる要因の一つだという。
今回、彼女が涙を見せたのも、夫を失ってから張り詰めていたものが切れた。つまり人間社会で人間の感覚にあわせて行動し続け、しかし自分はゆっくりとしか成長できないという閉塞感から百年ぶりに解放された事で感情が爆発したのだそうだ。
「あの時、それでも物凄く不安だったのよぉ。これで新しいことができる、まだ成長できるって考えながら、でもソウシにはできても私には無理だったら?とも思っていたわ」
話しながら段々と感情が昂ってきたのか、グレイシアは口早にまくし立てる。
だが不意に、手の中の紅茶の水面を見つめたまま硬くこわばっていた表情を緩めて私に向き直る。
「でも、ソウシははっきり「できる」って言ってくれた。本当に嬉しかった……」
そう言う彼女の表情は控えめに言っても美しく、私は目を離すことができなくなってしまった。グレイシアの潤んだ瞳も私を見つめることをやめようとはしない。
「……つまり、おばあちゃんはソウシのことが好きになっちゃったってこと?」
不意に発せられたシェリーの一言に、我に返った私は彼女に顔を向ける。
シェリーの顔は酷く渋かった。