23.試行錯誤
オッサンは面倒ごとの予感を覚えたのだ。
「あああー! 恥ずかしいいい――!!」
私の胸でたっぷり十五分ほど泣きつづけたグレイシアは、全力で私から離れると全力で叫んだ。全力で腕を振り回したり足踏みしたり、じたばたと恥ずかしがっている。
彼女の叫びでシェリーもようやく再起動した。最初は電撃魔法に驚き、ついで祖母の弱いところを見て驚き、長時間固まったままだったのだ。
「シェリー、今のことは忘れなさい」
「う、うん」
ひとしきり暴れたグレイシアは、シェリーに駆け寄ると口止めをする。これまでのイメージを崩したくないということだろうか。かっこよくて頼りがいのある家長、みたいな。
でももう、なんかかわいい人って印象になっちゃってる気がする。それも悪くないんじゃないかと、私は思うが。
「そういえばシェリー、あなた昇級したのよねぇ? 何か属性増えた?」
「あ、うん。地属性が増えたわ。これで地と風の二属性よ」
グレイシアが露骨に話を切り替えてきた。
しかしシェリーは今まで属性一つだったのか。仕事中、魔法使わないなあ、とは思っていたが。風属性の魔法を使うような局面がなかったということだろうか?
「ソウシ、地と風でなにか考えてる?」
「うーん……パッと思いつくのは目潰しとかブラインド的なものでしょうか」
「詳しく!」
グレイシアに聞かれて答えると、シェリーが食いついてくる。自分の手札が増えるかもしれない期待からか、なかなかの勢いだ。
とにかく私は思い付きを話すことにする。
まずは風属性の「風圧弾」の中に目の粗い砂を詰めて射出する「風砂弾(仮称)」相手の顔に当たれば、そこそこエグイ効果を発揮するんじゃないだろうか。
もう一つは地属性の「土壁」を風属性の「風壁」と同時に使い、風の壁の中に砂を混ぜることで相手の視線をさえぎり牽制する「風砂壁(仮称)」
「どちらも直接、攻撃や防御に使うんじゃなくて、敵の行動を阻害する感じでしょうか」
なんにしても実際にやってみない事には妄想の域を出ませんが、と締めくくる。自分で使えない属性だと、どうしても効果のほどは明言できなくなってしまうのが悲しいところだ。
「シェリー、やってみましょうか」
「うん!」
私の説明に納得したのか、女性陣は早速実践に入った。集中し始めた二人の手元にかすかな魔力の光が灯る。風属性がメインだから風の玉は見えないが、その中に少しずつ地面の砂が吸い寄せられていく。
「きゃっ」
もう少しで形になるという段階でシェリーの集めていた魔力が弾け、辺りに風が吹き砂が撒き散らされる。初めての属性合成は失敗のようだ。
一方グレイシアは風と砂の玉の形成に成功した。さすがベテランだ。
「風砂弾!」
魔法の完成を見届け、私は最も近い場所にいるウサギに石を投擲し注意をひきつける。まんまと襲い掛かってきた魔物に向け、グレイシアの「風砂弾」が打ち出された。
「キィッ」
圧縮された風と砂の塊がストライクラビットの頭にぶつかって爆ぜ、撒き散らされた砂と衝撃がウサギを打ち落とした。どうやら上手いこと目潰しが効いたようで、魔物は前足で顔を擦るようにしながら地面をゴロゴロと転がる。
グレイシアに目を戻すと、彼女は新たな魔法の発動に移っていた。手元に湧き出した水の塊が、徐々に圧縮されていく。ソフトボール大からゴルフボール大まで圧縮されたところで彼女の口から「水刃」と魔法の名前が発せられ、私が撃つものと比べると上下幅がかなり広い水の刃が発射されると、ストライクラビットの首筋を切り裂いた。ウォーターカッターというより、ウォーターブレードといった方が近い感じだ。
「なんとか上手くいったわねぇ。でも「水刃」はソウシほどの威力は出なかったかしら」
お見事、と一言称賛を送り、グレイシアのこぼした反省点に関しての説明をした。といっても水刃発射時の発射口の開け方だけしか指摘する部分はなかったのだが。
「ううー、風を停滞させつつ砂を集めるのが難しーい!」
シェリーはまだ上手くいかないようだ。複数の属性を同時に操るということ自体が初めてなのだから、仕方ないといえば仕方ない。ここら辺が最初から複数属性を使えた者とは異なる大変さなのかもしれない。
「段々、慣らしていくしかないですね。まずは地属性の練習をしてみてはどうですか」
「そっか……そうね。一つ一つをちゃんと使えるようになるのが先決よね」
私の言葉にシェリーは頷き、早速、地属性の魔法習熟に努めるべく魔力を練り始めた。グレイシアも精度を高めるためか、再び「水刃」の構築に入っている。
私は私で、きちんとウサギを狩り続けるとしよう。生活のために。
それから私たちは昼食をはさんで午後三時まで、狩りと訓練を続けた。
魔物が増えているという話は本当らしく、結局三人トータルで二十三匹ものストライクラビットを仕留めることができた。訓練しながらこの数はなかなかのものだろう。
ただ、グレイシアが練習の的にしたものは「水刃」と「電撃」によって毛皮はチリチリになったり、変なところで分割されたりしていて、あまりいい状態ではなかった。
更に私は獣の解体ド素人なので、二人に教えてもらいつつ捌いてはみたものの、その精度は見れたものではなかった。
これは素材の買取に期待ができない……。
「あら……随分素材の状態が悪いですね」
町に戻り、探索者ギルドで買取を頼むと案の定、受付嬢に残念そうに言われた。
「すみません。色々と練習も兼ねていたもので」
「違うの、ソウシが悪いんじゃないのよ。半分くらいは私がやっちゃったのよ……彼が色々教えてくれたことを試したくて」
グレイシアが久しぶりに顔を出した事に期待していただろうに申し訳ないと思い頭を下げると、グレイシアがフォローを入れてくれた。
するとギルド内にいる他の探索者たちからざわめきが起きる。
聞こえてくる限りでは「なんであのオッサングレイシアさんにかばわれてるの?」「あの人が教えてもらうって、いったいあのオッサン何者なんだよ」などといった、疑問と好奇心に満ちた反応のようだ。
「あ、いえいえ! 討伐数は十分ですし、気にしないでください! 精算しちゃいますね!」
周囲の様子にマズイと思ったのか、受付嬢が慌てて話を進めた。
グレイシアが側にいるおかげか私に絡もうという者はいないようだが、あまり好奇の視線に晒されるのも居心地が悪いのでありがたい。
「お待たせしましたー」
しばらくして受付嬢に精算の完了を告げられ、硬貨を受け取るとそそくさとギルドを後にした。
これは今後、私が一人で顔を出したときが面倒そうだ。何事もなければいいのだが……。