22.電撃と涙
強い人にも弱いところはあるのだとオッサンは感じたのだ。
「さあ、色々見せてもらいましょうか!」
イニージオの町から出て北へ一時間ほど移動し、周囲に他の人間がいないことを確認してからグレイシアは元気良くそう宣言した。
外壁の堀の向こうには大きな麦畑が広がっており、その周辺の魔物退治は常に探索者ギルドで依頼が出されていて、駆け出しの探索者が少人数でよく訪れるそうだ。だから周囲の確認は必須よ、とはグレイシアの弁。
今回ここに来たのは、その依頼をこなしつつ訓練をするためとの事。
「それじゃあ、私がよく使っている魔法をお見せしましょう」
私はグレイシアの要望に応えるべく、辺りを見回す。周囲にはストライクラビットの姿もちらほら見えているので、標的には事欠かない。
ということで私は、アレンジした「土壁」数種と「水弾」を圧縮して打ち出す「水刃」それに村の森でオズマとシェリーに見せた即興魔法「水火弾(仮称)」を次々と披露した。
ウサギがホイホイ見つかるため、猟果もあっさり五匹を超える。「駆け出しなら数人で組んで、半日で五匹狩れれば大成功」とはいったいなんだったのかと考えてしまうお手軽さだ。
「これは凄いわねぇ……。これまでまったく考えもしなかったものばかりだわぁ」
「でしょでしょ!」
唖然とするグレイシアと、なぜか自慢げなシェリー。まあ、オズマと連携した結果、かなりの対応力とそれに見合った戦果をたたき出しているのだから、それを誇るのは間違ってはいないが。
「ところで他にも考えがあるのよねぇ?」
「ええ、まあ考えてはいるんですが……風属性が必須なので、私には無理なんですよ」
「どういうものか聞かせてくれるかしら」
まだまだ満足していない様子のグレイシアに促され、私は構想を語ることにした。
「そうですね。まずは……風属性で集めた酸素を火弾に供給することで火力を一気に拡大したり、水素と酸素を集めたところに火弾を撃ち込んで爆発させるとかですかね」
「ごめんなさい、サンソ?とかスイソ?ってなにかしら」
思わぬところで躓くことになった。しかし考えてみれば中世ヨーロッパみたいな世界で、空気中にどんな元素が含まれているかなんて詳細に知ってるわけもなかったのだ。これは説明が難しい……。
「ええとですね……」
私は理系ではないのでかなり苦労したが、物質がものすごく細かいパーツの集合体で、空気もそういった複数のパーツが組み合わさってできており、その中の一つが酸素であり水素である。そして酸素は火が燃えるのに必須の元素、水素はある程度集まっているところに火をつけると爆発が起きる元素、という事をなんとかかんとか理解してもらうに至った。
「なるほど……。でも、その元素をいったいどうやって抽出するのかしら」
「その辺は実際にやってみないとわかりませんけど……今までの魔法の感じからすると、感覚的に『できる』と思えることは大体できてるんですよね。何か他で検証できる魔法があればいいんですけど……あ」
「なぁに? 何か思いついたの?」
グレイシアの疑問に答えていくうちに、今現在、私に使える属性で元素を抽出できるか検証できる魔法を思いついた。当然のごとく食いついてくるグレイシア。
「ちょっと、やってみます」
そう宣言してシェリーとグレイシアから少し離れる。私が思いついたのは、目標がないと周囲に散らばる可能性のある魔法「電撃」だ。
やってみるのは「水に電気を流すと酸素と水素に分解される」という「電気分解」の逆。水属性で水の玉を作るというのを「酸素と水素がくっつくことで水ができる」と解釈し、それは電気分解の逆のプロセスだから「その結果、電気も一緒に発生する」と考える。
科学としてこれは当然のことだと、私は認識している。だから多分……。
「!」
いけた。パチパチと弾けるような音を立て、私の左手の先に小さな電光が発生した。実験成功だ。
「な、なに!? 雷!?」
「雷が手から発生してる……?」
シェリーとグレイシアもこの結果に驚いているようだ。
結果に満足した私は魔力の供給をやめ、電撃を解除する。気付くと足元にそれなりの量の水が落ちていた。
「うまくいきましたね。これは今後に期待が持て――」
「ねえ! どうして雷が発生したの!? 雷属性なんてないはずよね!?」
ふっと気を抜いた私に、グレイシアが物凄い勢いで掴みかかってきた。
この世界の常識「魔法は地、水、火、風の四属性」から逸脱した魔法を使って見せたのだから当然と言えば当然の反応だ。シェリーの方は完全に思考停止して固まっている。
「え、ええとですね……」
両肩をつかんだグレイシアの手に激しく前後に揺さぶられ、私は「電気分解」に関する理屈を四苦八苦しながら説明した。
「そう、そんな現象が……。じゃあ、さっき言っていた拡大火弾と爆発も可能ってことねぇ?」
「はい……そうなります。理屈としては似たようなものですから」
説明を終えるとグレイシアは、やっと揺さぶるのをやめてくれた。
細腕に似合わぬ力に驚いた。危うく酔うところだよ。
「私にもできるかしら……」
深呼吸して気分を落ち着けようとしていると、グレイシアがそうつぶやく。その表情は期待と不安がない交ぜになって見えた。
理屈はなんとなく理解していても、実際に目の前で見せられても、これまで培ってきた魔法の常識からの乖離が受け入れがたい。そんな心情を感じさせる表情だった。
「できますよ」
私の答えはもちろん、YESだ。実際にできたしね。
問題は彼女自身が「できて当然」と信じられるようになるかどうかだ。それさえできれば、元素に関する知識を得られれば様々な応用が可能になるだろう。なにせ百五十年から魔法を使っているのだから、私など目ではない熟練度だ。
まあ、教える人間が私というのが大きな不安要素ではあるが……。
「ありがとう」
礼を言いながら、グレイシアが私の胸に額を押し付ける。なんだろうか。そんなに追い詰められていたのだろうか。
「あー……その、ちょっと気恥ずかしいのですが」
「ごめんなさい。もうちょっとだけ……」
思わず離れてほしいという雰囲気を出してみた私だが、グレイシア拒否の構えだった。どうも甘えたいみたいな……。
考えてみれば長い時間を生きるエルフとは言え、彼女は百五十年に渡って家長をやっているのだ。旦那が健在なら問題ないことも、一人ではキツイこともあっただろう。その上、探索者として行き詰まってしまって、パンク寸前のところまで来ていたのかもしれない。
そんな状況で悩みの一旦をあっさり解決できる可能性を提示して見せた私にすがってしまった、のか?
事の真偽は置いておくとして、ひとまず私は彼女の背をポンポンと叩いてやることにする。
すると私の胸元からすすり泣く小さな声が聞こえてきた。
どうやら選択をまちがえずにすんだようだ。