21.拠点
長寿な種族ってすごいとオッサンは思ったのだ。
「おばあちゃん、ソウシの登録終った?」
私の探索者登録も終わり、申請を受け付けてくれた受付嬢に礼を言ってカウンターを離れたところにシェリーが現れた。
「ええ、滞りなくね」
シェリーの問いにグレイシアが頷く。彼女の乱入で滞りは色々あったような気もするが、口に出すのはマズイ気がするので黙っておこう。
「それじゃあ外に行きましょ。ソウシも」
「え? 何かするんですか?」
「もちろん訓練よ」
疑問を漏らす私に、当然でしょ?と言わんばかりにそう答えるシェリー。彼女とグレイシアの間でそういう話になっていたということだろうか。
私は何も聞いていないんだが……。
「ごめんなさい、ソウシ。登録が終ったら話そうと思っていたんだけど……」
「いえいえ、特に用事もないので問題ありませんよ」
申し訳なさそうに言うグレイシアに、私は慌てて気にしないように、と答える。
私自身、この後やることは探索者としての知識を得るために資料にあたるか、訓練をするかという程度の考えだったのだ。
「でも、その前に宿を取ってきてもいいですかね?」
「え?なんで? ソウシ、うちを拠点にするでしょう?」
うーん、また変なことを言い出しましたよシェリーさんが。何ですかね、この私の意志がまったく介在しない感じ。
「いやいや、さすがにそれは……」
「うちの家族は皆、OKなんだけどぉ」
いかん、拒否できない、いや、させない構えだ。
「しかしですね、私も今はこんな紳士ぶってますけど男ですからね? 私に好意的な美人が一緒にいる状況で、いつまでもこの態度を維持できる自信はありませんよ? あなただって、いつケダモノのようになるか分からない男と一緒にいるのは嫌じゃないですか?」
よし、私にしては珍しく一気にまくし立てた。これならシェリーも、いかに自分が無防備な提案をしているか理解するだろう。
「大丈夫よ、ソウシくらいなら返り討ちにするから」
まあ、そうですよね。近接戦闘ド素人に毛が生えた程度の私など、どうとでもなりますよね。戦闘経験たったの七日ですしね。
「だからソウシは、うちを拠点にするって事でいいわよね?」
「はい……」
念を押してくるシェリーに、私は諾と答えることしかできなかった。
あまりの展開にうなだれながら周囲に目をやると、我々を注視していた探索者たちが一斉に顔をそむけた。
もしかして彼らには楽しいイベント状態だったのだろうか……。なんという羞恥プレイ。
「……ところで、グレイシアさんが来た時に探索者の方々がざわついてましたけど、もしかしてグレイシアさんは有名な探索者なんでしょうか」
話を変えるため、さっき疑問に思ったことを聞いてみることにした。こういうことは知らずにいると後で困ることになったりする気もするしね。
「そうねぇ……有名と言うか、随分長いから」
「おばあちゃんは、このギルドでもう百五十年以上活動してるもんね」
え? 百五十年?
探索者ギルドを出て町の門に向かう道すがら、グレイシアとシェリーはグレイシアのこれまでの活動について話し始めた。
グレイシアは百五十年ほど前にご主人と共にこのイニージオの町を訪れ、それ以降、探索者として常に第一線で活動し続けたそうだ。
娘であるミシャエラが生まれて十年ほどは一旦、活動を停止していたが、戦闘と魔術の訓練も兼ねて親子三人で活動を再開、その後、二十年ほどしてご主人が亡くなり喪に服すということで再び活動停止。
グレイシアが休んでいる間はミシャエラがその穴を埋めるように活躍し、活動再開後はミシャエラがオズマを連れてくるまで母娘二人で百年以上に渡り探索者生活を続け、シェリーが生まれるとまたまた活動停止し育児をサポート。
探索者としての実績は、行商や貴族の護衛に後進の育成、さらに近隣の魔物の大規模討伐の最前線に立つなど、町の発展にも大きく貢献したそうだ。
「数年前にシェリーが大きくなったから、また活動を再開したのよぉ。ミシャエラはちょっと体が弱くなっちゃったから引退したんだけどねぇ」
「はあー……なんとも、凄いとしか言いようがないくらい凄いですね……」
親子三代で活動してると言われて、それが百五十年も続いているとは、日本人というか地球人の私にはまったく思い至らなかった。だって人間はいくら長生きしたって百年いくかどうかだし、体を使って働くとなるとせいぜい四十代までだろう。
エルフ恐るべし。
「そんな感じだから、この町でおばあちゃんを知らない探索者ってほとんどいないんじゃないかな?」
「それはそうでしょうね……」
シェリーが自慢げに笑いながら話を締めくくった。まさに頷く以外ない武勇伝だ。
「しかしギルドでの様子からすると、最近はあまり顔を出していなかったんですか?」
「そうねぇ。もう全然、昇級もしなくなっちゃったし、魔法に関しても行き詰まりを感じていたから」
もともと長寿なエルフは、あんまり昇級しない傾向が強いんだけどね。とグレイシアは苦笑しながら、私の疑問に答えた。
ゲームなんかでも素の能力が高い種族や職業は、レベルアップに他より多くの経験値が必要になるというアレに似た感じだろうか。
「そこで現れたのがソウシ、あなたなのよぉ!」
「ああ……なんらかの新たな知識がもたらされるかもしれない、という事ですか」
来訪者だからね。
グレイシアはいかにもその通り、と言わんばかりに何度も頷いてみせる。その顔はブレイクスルーのきっかけが見つかるかもしれない、という期待に満ちている。
「う、うーん。そこまで大したことはできないと思いますが……まあ、私に分かることでしたら、お話ししますよ」
「ええ、それでいいわ! よろしくねぇ!」
私の頼りない態度にもグレイシアは満面の笑みで手を差し出し、私はそれを軽く握り返した。
「ソウシなら、きっと色々考えてくれるわよ」
シェリーが気楽にそんな事を言う。おそらく、村近くの森で見せた即興魔法の印象がまだ残っているのだろう。
あとで期待はずれだったと言われないように頑張らねば……。