19.エルフ、探索者一家
美女に振り回されるのは意外と悪くないとオッサンは思ったのだ。
シェリー宅で目を覚ました私は、彼女の祖母の誘いで応接間へ通された。質素ではあるが品のある調度品を揃えた、落ち着いた雰囲気の部屋だ。きっと家族の団欒に大活躍していることだろう。
「改めて、私はグレイシア。オズマの義理の母でシェリーのおばあちゃんよぉ」
ティーセットと茶菓子を用意しソファに座ると、エルフらしく美しい顔をにっこりと微笑ませて自己紹介するグレイシア。
彼女の説明によると、イニージオの町門前での戦いで魔力を枯渇させ気を失った私は、オズマとシェリーの手によってこの家に運ばれたそうだ。
その二人は現在、私たちにストライクラビットの群れを押し付けて町へ逃亡した男のことで衛兵の詰め所に出向いているらしい。ちゃんとケリがつけばいいのだが。
「私の不手際でお手数おかけしまして、申し訳ありません」
「なに言ってるの。シェリーを二度も助けてくれた人なんだから、礼を尽くすのは当然のことよぉ」
私の謝罪を受けて、そう返すグレイシア。
正直、あの時シェリーが怪我をして私が無傷だったら、その後の対処を上手くできたとは思えないので、気絶後回収してもらったことも含めて私ばかり助けてもらっている気がする。
「シェリーを助けてくれてありがとう」
「……どういたしまして」
私の思惑など関係ないといわんばかりの笑顔で礼を言われては、素直に受け入れる以外の選択肢はないなあ。
それにしても、彼女が頭を下げると胸がものすごい事になっている。圧倒的なボリュームを感じさせる重々しい揺れだ。目が吸い寄せられそうになるが、何とか耐える。数少ない知人の家族に悪い印象を持たれたら、この世界での生活がより苦しいものになってしまいそうだからだ。
「フフ……。ちゃんと目を見て話してくれるのねぇ。男の人は大抵、私の胸に釘付けになるのに」
「ああ……まあ、それは。男なら、どうしてもそうなりがちでしょうね。胸というか、あなたはあまりに綺麗な人ですから」
私も正直なところ我慢するので精一杯です。と言うと彼女は驚いたような顔になるが、すぐに満面の笑顔に戻る。
「下心丸出しでお世辞を言ってくる人はいるけど、正直に答える人は初めてかも」
「あはは……。かっこつけるような年でもありませんので」
嬉しげにそう漏らすグレイシアの姿勢がより前のめりになり、上目遣いの目が細められる。当然、巨大な胸はテーブルに乗っている状態だ。
私はなんとか平静を装うため、紅茶を一口含む。
もう、誘っているのかと誤解されても仕方ないと思うんだけど、この人……。
「ただいまー」
不意に扉が開かれ、若い女性の声が響く。シェリーの声に似ているが、彼女ではないな、と思いながら目を向けると、緩やかに波打つ金髪を肩まで伸ばした女性が立っていた。
グレイシアさんには劣るが、彼女もまた抜群のプロポーションの持ち主だった。買い物帰りなのか手には買い物カゴがぶら下げられている。
「あ、ソウシさん。目が覚めたんですね」
「はい、おかげさまで回復しました。ええと、オズマさんの奥さん……ですか?」
「ええ、そうです。オズマの妻でシェリーの母、ミシャエラと申します」
状況から考えてそうだと思っていたが、オズマの奥さんだった。
私の問いにニッコリと笑って答えると、彼女はグレイシアの隣に腰を下ろした。こちらの胸囲もかなりの脅威だ。忍耐力が鍛えられる。
「間違っていなくて良かったです。お二人とも若くて美人ですから、姉妹と言われたほうがしっくり来ますので……」
「ソウシったら、私のことお嬢さんなんて呼んだのよぉ」
思わず漏らした言葉に、グレイシアが私の失態?を話す。事実だけに苦笑いすることしかできない。それを聞いてミシャエラもニコニコ笑っている。
美人二人に接待されるのは嬉しいといえば嬉しいのだが、美人過ぎると気圧されてしまっていたたまれない。
私がもう少し若ければ、下半身に素直でいられたのかもしれないが……いや、それはまずいですよね。うん。
ミシャエラが夕飯の準備をする、と応接室を離れてしばらくすると、オズマとシェリーも戻ってきた。
門前での一件はきちんとカタがついたようだ。具体的にはナルドが先行して門番の衛兵に「探索者と思しき男による魔物の群れの押し付け」を報告。そこにのこのこ現れた犯人を捕縛し、衛兵数人で私たちの救援を行ったということらしい。
「詳しい事情聴取に加えて、道中に現れた猪のことなんかも話してたらすっかり遅くなっちゃったわ」
シェリーが不満げにつぶやく。時間を確認すると、すでに二十一時を回っている。私が気絶してから四時間といったところか。
「まあ、お役所仕事ってやつだな。下から上まで報告が行くのに時間がかかる上に、何度も同じことを聞かれる」
今回は犯人が即逮捕されたからマシなほうだ。とオズマは言う。異世界でもそういう機関は融通が利かないものなんだなあ。
「そういえば、あの男はなんであんな状況に陥っていたんです?」
「ああ、あれは探索者ギルドの依頼で子ウサギを捕まえようとしていたそうだ」
「子ウサギですか?」
私の疑問にオズマは、ストライクラビットは子供の頃から調教すれば人間の指示をそれなりに聞くようになり、番犬的な用い方をする者がいると教えてくれた。
魔物をそんな事に使うとは、なんとも物好きな……。
「ウサギは草食だから犬より安上がりだっていうのと、今回は魔物好きな貴族の依頼だったらしいからな。通常より割りの良い仕事だったんだろう」
「魔物好き、ですか……?」
妙な言葉が混じっているのに気付き思わず疑問を漏らすと、オズマは一つ頷いて説明してくれた。
この町の代官である貴族は、幼い頃に魔物を使役する探索者に命を助けられたという噂で、その体験から自分もなんとか強い魔物を使役できないか、と日夜、調教技術の研鑽に励んでいるそうだ。
「上手くいくといいですね……」
「そうだな。できればまともなやつに依頼してほしいけどな」
強力な魔物を使役できるようになれば、護衛や町の警邏、野外での探索など色々と使い道はある。
オズマの一言はそれを期待する以前に、まず面倒事を起こさないことを優先してほしいということだろう。実際、今回のことは下手をすれば町の住人に被害が出るところだったのだから、彼の思いも当然のことだ。
「でも今日の戦いで、私も久しぶりに昇級できるかも」
「ああ、それはあるな。あれほどの群れと戦うことは滅多にないしな」
シェリーの言葉にオズマが頷く。
いわゆる経験値みたいなものがあるとして、それがどう配分されるのかはわからないが、確かに二十匹を数える群れとの戦いを経れば昇級の可能性はかなり高いといえるだろう。
「ああ、そうだ。戦果の分配をしなきゃな」
そう言うとオズマは背負い袋から硬貨の入った巾着を取り出す。
それは見るからに重そうで、なかなかの実入りが得られた事を感じるには十分な存在感だった。