0.プロローグ ――神話――
広大な空に爆音が轟く。
幾条もの雷光が奔り、草原を焼き焦がす。
輝く刃が山を切り裂く。
流星が大地を打ち据える
地上は骨と屍と獣の軍勢に覆われ、瘴気と黒雲によって太陽の光が遮られていた。
魔法によって引き起こされた火災が黒黒とした煙を吹き上げ、暗い空をなお一層黒く暗く染めてゆく。
闇の如き軍勢に相対するのは二人の女。
一人は、僅かな光を反射して輝く黄金色の髪を持つ美女。
一人は、夜を具現化したかのような漆黒の髪を持つ美女。
まるで相反する存在のような二人だが、彼女たちの目は常に同じ方を向いている。
たとえ隣にいなくても、その有り様が変化することは決してない。
その彼女たちに続く者たちもいる。
地を駆ける純白の毛皮に包まれた狼たちと、やはり純白の髪を持つ狼の獣人たち。
空を飛ぶ、色とりどりの鱗を持つ竜人たち。
金髪の美女に似て美しい容姿を持つ森の妖精、エルフ。
岩の如き頑強な肉体を誇る大地の妖精、ドワーフ。
様々な獣の特徴を持つ獣人、ビースティア。
そしてなんら強みを持たず、されど一番の数を擁するヒューマン。
それら全ての種族を内包する数万の軍勢が、魔物の軍勢へと殺到する。
動く人骨、動く屍は鎧袖一触とばかりに蹴散らされるが、獣型の魔物は強さの幅が大きいらしく、所々で均衡が生まれ、命が幾つも幾つも消えてゆく。
長い長い間、ぶつかっては離れ、離れてはぶつかる両軍。
百年単位で続いたその大戦は、とうとう大将同士の激突にまで事態が及んだ。
二人の女――女神と最初の来訪者が見据えるのは、最初の四人と呼ばれる者たち。
彼らは自らを神と称し、女神に戦いを挑んだ。それがこの戦いの発端。
彼らは、この世の全てを自分たちの物にしたくなったのだ。
しかし、それぞれ自分が一番上に立ちたいという欲望を持っていたため、戦の初期は各勢力がばらばらに行動した。
それは、数で劣る女神の軍勢にとっては歓迎すべき状況だった。
最初の来訪者に率いられた部隊と共に、一つまた一つと魔物の軍勢を潰し続けた。
数的有利がなくなった頃、最初の四人はようやく現場に気づいて大いに慌てた。
そこで彼らが取った行動は、軍を糾合すること。
誰が頂点に立つかで揉めるかと思いきや、彼らは女神、あるいは最初の来訪者を討った者が統率者となるというルールで盟約を結び、統率者となった時点で名を名乗ることを決定。
こうして彼らは、名もなき神となった。
名もなき神々は、己の悲願を達成すべく奮闘した。
しかし、そもそも協力するということを知らない者たちであるため、他者の勝利や成功を妬み、頻繁に互いの足を引っ張りあった。
そんなことをしていれば、優位な状況を作り出せてもすぐさま逆転されてしまう。
貴様のせいだ、いや貴様が悪いと罵り合い、責任を押し付けあった。
そういった行動や考え方は、彼らをどんどん追い詰めていった。
もう後がない、という所まで至ってようやく全力で協力し始めたのだが、時すでに遅し。四人の目の前には女神の軍勢が迫っていた。
女神は戦いを好まない存在だった。しかしそれは戦う力がないという意味ではない。
そもそも名もなき神々は女神によって生み出された者たちであり、その力はあらゆる面で女神の足元にも及ばないのだ。
名もなき神々は地に伏せる瞬間まで、そのことに気づかなかった。
倒され魔石と化した名もなき神は、最初の来訪者の手によって大陸各地に封印されることとなった。
それにより、ようやく長きにわたる戦は終結したのだ。
女神の軍勢を構成していた各種族たちは、それぞれ己の生きる場所を選び、世界中に散っていった。
ある者は森へ、ある者は谷へ、ある者は平原へ、ある者は山へ、そして一部の者は異なる世界へ。
全ての人々が去った後、女神はその存在を世界に溶かすことを決意した。
争いを嫌う彼女にとって、多くの命を無為に散らせた戦争は、その心をひどく傷つけるものだったのだ。
その決意は固く、愛する者の言葉でさえも彼女を翻心させるには至らなかった。
女神は雲よりも高い山の頂きを選び、そこで己の身を魔力の粒子に変え、大地に染み込むように消えた。
後には、まるで女神が両腕で掻き抱くような形の山頂と、腕に抱かれるように広がる湖だけが残った。
最初の来訪者は、女神が消えた後、彼女の愛した世界を人々の住みよい物にするために奔走した。
弱い者が生活できるよう森を切り開き、他の場所に生きる者と交流を促すために山を穿ち、海をわたるための拠点を築き、己の持つ知識や技術を人々に惜しみなく伝えた。
そして数百年に渡る活動の末、彼女も女神のもとへ旅立つことを選んだ。
女神の腕に抱かれた湖に、その身を投げたのだ。
その後、湖の周囲は不思議と暖かくなり、一年中花々が咲き誇る楽園となった。
――これは、一柱の女神と一人の少女が出会った、そして一つになった後の世界の物語。