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167.新たな人生のプロローグ

 オッサンは旅に出ることにしたのだ




 ヴァルムが生まれて三年、当然ながら他の者たちも成長する。

 シェリーが二十一歳、コナミが十八歳、エリザベートが二十歳、アルジェンタムが九歳(見た目は昇級の影響で十五歳くらい)になっていた。


 アルジェンタムを除いた娘たちは、すっかり大人の女性になっている。

探索者としての活動の影響か、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいるため、街に出るたびに男性の目をひきつけていた。まあ、出るところの方は個人差が大きいが、それは言わぬが花か。


 だからというわけではないだろうが、彼女たちは私の島に引きこもることが多くなっている。

 この四年ほどで、大陸はおおむね安定を取り戻していた。そのおかげで「聖女と守護騎士」の出番も減っている、というのもあるだろう。


 その「聖女と守護騎士」が誰かというのは、言うまでもなくコナミとエリザベートのことだ。

 グランツの背に乗って病や怪我で困っている人の所に駆けつけては治療してゆく彼女たちの声望は、今やかつて世界を救った「雷神」に勝るとも劣らない。


 名もなき神との一連の戦いの話は各地を巡る探索者の口に上り、それを聞いた吟遊詩人たちが「妖精の唄」に関連する歌を唱う。さらに、その後の合成獣退治や人命救助の話が広まり……と名声が名声を呼ぶ状態なのだ。


 世界を救った英雄だの神殺しだのと呼ばれていても私自身は小心者のままなので、どうにか噂が終息してほしいと願ってやまない。

 まあ、人の口に戸は立てられないので、どうにもならないのだろうが……。


「ヴァルムー、おやつよー」


 ビャクヤとじゃれていた男の子をシェリーが呼ぶ。その手にはトレーが持たれ、ちょっとしたケーキと飲み物が乗っている。

 呼ばれたヴァルムは「たべる!」と元気に答え、シェリーのもとへ駆け寄った。


 ここ数年で変わったことといえば、こういう「洋菓子」の類を女性陣が作るようになったのも、その一つだ。

 要は「地球」から持ち込んだレシピを用いているわけだが、白い砂糖などないので蜂蜜などを使って再現しようと苦心しているらしい。


 カカオもまだ見つかっていないので、チョコレートも作れないとコナミがぼやいていた。

 もっと南の島にでも探しに行くしかないのかもしれない。まあ、南に島があるのかどうかも今の段階ではわからないのだが。


「……ちょっと旅に出てみるのも良いかもしれないなあ」


 いろいろ考えていると、そんな気分になってきた。

 情勢が落ち着いてからこちら、私はいわゆる「燃え尽き症候群」のような状態に陥っている。


 日がな一日グランツと一緒にゴロゴロしたり、グランツの子供たちとゴロゴロしたり、一人でゴロゴロしたり……。ゴロゴロしすぎ。

 まあ、気が向いたら島の整備に出かけたりもしてはいるが、あまり張り合いはない。


 こちらに流れ着いて以降の生活が刺激に富みすぎていた、というのが大きな理由だろう。

探索者として名が売れたことと、昇級回数が前人未到の十回であることで報酬が高いことも影響が大きい。だから最近は依頼を受けず、手に入れた素材だけ売るようにしている。


 あとは魔法の特許関連で寝ていてもそれなりに金が入ってくるのも、私の怠け根性に拍車をかけている。

 このままではヴァルムに「働かないおじさん」と認識されそうで怖い。


「……墓参りにでも行くか」


 そうつぶやき、私は自室のベランダから飛び降りた。




 かつて「流星」によって穿たれたクレーターは、今ではきれいな円形の湾になっている。

 湾内はそれなりの深さがあり、海水の出入り口は浅いため、小型の魚が多数泳ぐ生簀のようでもある。周囲には護岸工事を施し、増水しても溢れないようにした。


 ヴァラールの墓は、その湾から少し離れた場所――彼が没した場所にある。これは私の勝手で、それなりに大きな石碑にした。

 私は自分を省みる際には、度々ここを訪れている。まあ、実際には何も考えずにぼんやり石碑を眺めているだけだったりするのだが。


 彼と顔を合わせたのは、わずか二回。時間にして数時間程度だったが、私の記憶に強く残っている。

 私と同じ、流されることしかできなかった弱い人物。――思うに、こういう人はどこにでもいるのではないだろうか。


 たまたま良い人に出会えたとか、運良く望むものを手にしたとか、そういった偶然を得られず長い時間を生きてしまった結果、もう脱出できない場所にたどり着いてしまっていた……というような。


 ヴァラールの語った話は、そういう不幸を自分の選択が生み出す可能性があるとも感じさせられるものだった。


「無駄に名が売れちゃってるしね……」


 有名人が何かすると影響を受ける人が出る、みたいな。

 ……まあ、考え過ぎのきらいはあるとも思うけれど。なるべく露出を減らすに越したことはない、とも思う。


「いろいろ準備しておくか」


 私こと「雷神」であると気づかれないような装備を作ってもらうとか。世間では赤っぽい金属鎧と槍が「雷神」のトレードマーク扱いだから、それ以外の色と武具にするかな。


 ということでドワーフの谷に行こう。




少しご無沙汰していた私を、アーロンとコベールは笑顔で迎えてくれた。ドワーフは(エルフほどではないが)人間より長寿だから、彼らともこれから長い付き合いになるだろう。


 二人は「雷神っぽくない武具を」という私の要望に応え、ロックリザードとワイバーンの素材で青っぽい革鎧を仕立ててくれることになった。私が初期に使っていた物のように、なるべく地味な感じにしてもらう。


 武器の方は長物だとバレてしまいそうなので、柄の長めな大剣に。

 ツヴァイヘンダーと呼ばれる物で、鍔の上にも持ち手として使える部分が設けられている。ちょっと槍っぽく使える感じだ。


 ここまでしておけば、どこに行っても私だとはバレないだろう。




二週間ほど後、ドワーフの谷を訪れた私がアーロンとコベールに見せられたのは、約束通りの青っぽい全身を覆う革鎧。そして柄まで含めると私の身の丈を超える上にやたらと刃の幅が広い大剣だった。


 なんでも「未知の魔物と出会った時に、半端な武器のせいで怪我でもさせたら鍛冶師の沽券に関わる」とかで、全力で私に適した武器を作ったそうだ。わざわざ地竜の素材まで使って。


 確かに今の私なら百キロの得物でも苦もなく振り回せるが……。

 まあ、二人の厚意ということで、ありがたく使わせてもらうとしよう。どう見ても「楽しくなってやりすぎた」という顔をしていても、突っ込まないのが優しさというものだ。多分。一応、予算内に収まっていたしね。




「ということで、ちょっと新大陸でも探してみようと思う」


 旅立ちの準備が全て整ったとある日の夜、夕食後のお茶をしているところで、私はそう切り出した。


「いいんじゃない?」

「夜には帰ってくるんでしょ?」

「うん、よほど手が離せない状況にならない限り、そのつもりだよ」


 私の発言にグレイシアとシェリーが軽く返す。特に異論などはないようだ。「夜には帰る」というのは「転移門」で、という意味だ。行ったことのある場所なら、いつでも行けるし帰ってもこられる。とても便利だ。


「カカオとかサトウキビがあったら持って帰ってきてね」


 と言うのはコナミだ。意外というか、陸上少女だった彼女がお菓子作りのリーダーのような立ち位置になっているのだ。まあ、地球のお菓子に最も詳しいのは来訪者だから、妥当ではあるが。


「お気をつけて」


 エリザベートは少し心配そうだ。彼女はいつも何かと気遣ってくれる。ありがたい。

 私は彼女を安心させるように、笑顔で一つ頷いた。


「アルも探検する」

「ウォフッ」


 アルジェンタムとグランツは私に同行してくれるようだ。

 新大陸や南の島を探すのなら、彼女たちが一緒でも目立つことはないだろうし問題あるまい。……わざわざドワーフの谷で新装備を作ってもらったのはなんだったのかと思わないでもないが、この大陸を回るのはいつでもできるからね。


「うん、一緒に行こうか」


 ということで、私はちょっとした探索の旅に出ることになった。

 とりあえず南に向かうつもりだが、果たして行く先には何が待っているのだろうか。


 進化してハイヒューマンとなった私には、これから長い長い人生が続く。その人生を無為にしないためにも、たまにはこういう冒険もいいだろう。

 ……ゴロゴロしてばかりいてはいけないよね。


 一区切りついた、その後。――これはまた新たな人生のプロローグなのだ。だから、せめて私を受け入れてくれた人に恥じないように生きるとしよう。




 四十路から始める、異世界探索者生活。

 ~元事務員ソウシ・タカミは如何にして最強の神殺しとなったか~


 ――完。


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