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18.群れとの戦いと初めての大怪我

 起きてほしくないと思っているときほど悪いことは起こるものだとオッサンは思ったのだ。




 陽が西に傾き空がほんのり赤く染まり始めた頃、荷馬車はイニージオの町の外壁がよく見えるところまで来ていた。あと一~二キロといったところだろうか。

 やっと着いたか、と気を緩めたとき、シェリーが御者台から飛び降りた。


「魔物の群れが近づいてる。多分、ストライクラビット」


 何事かと聞く間もなく彼女の口から警告が発せられ、私とオズマも荷台から飛び降り、シェリーの視線の先に目を向ける。すると一塊になって駆けてくる魔物の群れ、そしてその先頭で必死に走る一人の男の姿が目に飛び込んできた。


「おいおい、あいつ町に逃げようとしてるのか」


 オズマが呆れたような慌てたような呟きをもらし、全力で駆け出した。私とシェリーもそのあとを追う。


 町にも見張りや門番はいるだろうが、見たところ二十匹はいる魔物の一部でも内部に入り込まれれば犠牲者が出る可能性は低くはないだろう。イニージオはオズマとシェリーの家族が住む町だから、その心情は察して余りある。


「ソウシ! 街道沿いに広範囲に土壁を出せるか?」

「……おそらく普段の三倍くらいの幅なら可能だと思います。あ!」


 オズマの問いに答えていると、大きなウサギの群れに追われていた男がとうとう背中に攻撃を受け、もんどりうって地面に倒れこんだ。


「土壁!」


 私はとっさに男と魔物の間を狙い全力で土壁を発生させた。距離が遠いことと範囲を広げたことで頭痛に襲われるが、なんとか群れを押し留めることに成功したようだ。


 土壁にぶつかったストライクラビットが次々に穴に落ちていく。しかし、さすがウサギだけあって脚力に優れているらしく、半数近くは一跳びで落とし穴をかわしてみせる。とっさの横っ跳びで三メートルくらいは跳んでいるのではないだろうか。


「オズマさんとシェリーさんは街道側からお願いします!」


 私はその様子を見て立ち止まると二人に指示を出し、槍を地面に突き刺してから両手に魔力を集め、一拍のちに「水刃」を放った。


「ギャッ」

「ギィッ」


 両手でなぎ払うように放たれたウォーターカッターは広範囲に迸ると、次々とウサギを両断していった。土壁と穴を避けはしたものの、乱入者を確認するかのように動きを止めていた大多数を仕留めることができた。


「シェリーは手前を押さえろ! 俺は奥をやる!」

「了解!」


 水の刃が地上のウサギをあらかた片付けるのを確認し、オズマとシェリーは穴から跳びだしたものに対処すべく動いた。

 私もシェリーのフォローに回るべく、槍を地面から抜くと駆け出す。魔法で攻撃したため街道から見ると左側、シェリーと私が位置する方向に意識が向いている個体が多いからだ。


「おい!お前も戦え!」


 魔物の足音と鉄剣が肉を打つ音に紛れ、オズマの怒声が響く。おそらくウサギの群れを引き連れていた男に言っているのだろう。だが男はその声を無視し、街道に転がり出ると再び逃走を始めた。


「クソが! そのツラ覚えたぞ!」


 再びオズマの怒声が響く。事の元凶が戦いもせずに逃げれば当然の反応だ。だが、彼の手は止まることなくストライクラビットを打ち落とし続け、魔物の群れはもはや数体を残すのみとなっていた。


 このまま慌てず一体ずつ対処すればいいと丁寧に攻撃していると、一匹のウサギが驚きの行動に出た。そう、三角とびだ。シェリーの剣先をかわしざま土壁を蹴り、反動を利した強烈な一撃を繰り出してきたのだ。


「!」


 このままではシェリーが危ないと判断した私は、とっさに彼女を蹴り飛ばした。結果、ウサギの蹴りはシェリーには当たらず、私の右足に命中した。ボキリと嫌な音が響き、激痛が走る。


「ソウシ!」


 私の蹴りで押しやられた体勢をなんとか整え、シェリーが空中のウサギに剣を奔らせる。その一撃は狙い過たず魔物のノドを切り裂いた。


「大丈夫か!」

「ソウシ、ごめんなさい。私が気を抜いたから……」


 それから程なくすべてのストライクラビットを処理したオズマとシェリーが、地面に寝転がる私の具合を確認するべく声をかけてきた。


「いや、あれはしょうがないですよ。それより、これから気絶しますので、後のこと、よろしくお願いします」


 シェリーの謝罪に答えざま、私は「回帰」を唱え魔力の枯渇で意識を失った。目が覚めたとき綺麗に骨折が治っているといいなあ。




「知らない天井だ」


 目を覚ました私は、なつかしいネタをつぶやきながら周囲を見回した。目に入るのはベッドに小さなテーブル、そして洋服箪笥。どうやら民家の一室のようだ。


「宿屋では……ないよな」


 状況を把握するべく身を起こすと右足に鈍い痛みが走り、盛大に顔をしかめる事になった。しかし右足を見てみると、特に折れていたりする様子はない。


「どうやら、ちゃんと治ったようだ……良かった」


 ベッドに座ったまま右足をさすりつつ安堵の息を漏らす。治っていなかったら、探索者生活が初遠征で即活動停止になるところだった。

 狩りができない=生きていけないという状況だから、これは本当に幸運だ。燃費最悪とはいえ「回帰」を覚えていて良かった。


「あら、目が覚めたのねぇ」

「え? あ、はい。ええと……お嬢さんはどちら様でしょうか。それとここは……」


 私が現状確認に努めていると部屋の扉が開き、青味がかった長い銀髪の美女が現れた。

 すらりと長い手足に細い腰、胸と尻はかなり大きいのにバランスが悪くない。というか良い。驚くほど整ったスタイルだ。それがぴったりとしたワンピースに包まれている。


「あらやだ、お嬢さんだなんてお上手ねぇ。私はもうおばあちゃんなのよぉ」


 世辞というわけではなかったが、口をついて出た私の言葉に笑顔を浮かべながらそう言う美女。その言葉はあまりに衝撃的だった。


「いやいや、そんな若くて美人でスタイルのいいおばあちゃんなんていない……あ」


 うっかり美女の言葉を否定しかけた私だったが、長い髪から覗く彼女の耳の先端が長くとがっていることに気づき口をつぐんだ。


「エルフでおばあちゃんで私に部屋を貸してくれた、という事は……」


 最近、そういう家族構成の人たちと知り合ったよね。


「シェリーさんのおばあさん……ですか?」

「正解!」


 どうやら私はエルフのパワーを侮っていたようだ。まさかこれほどとは……。


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