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165.終幕

 オッサンは勝手に共感してヒートアップすることあるよねと思ったのだ




「何が悪かったんだろうなあ……」


 地面に力なく横たわるヴァラールは、脈絡なくつぶやく。

 走馬灯というわけではないだろうが、最期の時を迎えるにあたって己の人生を振り返っているのだろうか。


 若い頃、相棒と馬鹿をやったこと。後に仲間になった女に惚れたこと。惚れた女は相棒に惚れていたこと。つい格好をつけて身を引いてしまったこと。


 久しぶりに二人に会った時には娘が生まれていたこと。その娘に懐かれて探索者の仕事を教えてやったこと。惚れた女が弱っていて、身を引いたのは間違いだったんじゃないかと思ったこと。


 そんな時に、うっかり名もなき神の声に従ってしまったこと。力を与えられ、少し浮かれてしまったこと。しかし自分の行く先が暗いものであると自覚もしていたこと。


 初めて見た時、自分とどこか似ていると感じた来訪者の男のこと。その男がどんどん名を上げ、成功者となっていったこと。その男の成功に嫉妬してしまったこと。


 そして――愛した者、親しかった者たちとは、もはや敵対する以外の選択肢は残されていなかったこと。


「お前が、もっと早く来てくれてりゃよお……」


 恨めしげに、そう締めくくるヴァラール。

 その瞳ほどこにも焦点があっていないが、誰に向けて言った言葉なのかは分かる。


 認められず、得られず、失い、逃げ道もなくした。

 確かに私たちは、どこか似ている。

 そう感じる。


 だが、私はこの世界に流れ着き、大きな人生の転換点を迎えた。

 はっきり言って流される一方だったが、それは幸運な方への流れだった。ただ、望まぬ戦いに身を投じざるを得なくなる流れでもあったが……。


 それでも私は、大切に思うものを守れた。だから、やはり幸運だったのだ。


「……」

「ハハッ……そんなワケねぇよな……」


 何も応えられないでいる私の様子を否定と受け取ったか、ヴァラールが自虐的な笑いを漏らした。


「なあ、俺が言ったことは、誰にも話さねえでくれるか……?」

「お断りします。話すべきことは話しますよ」


 ヴァラールの末期の願いを、私は思わず即座に断る。


「あなたが独りで苦しんでいたことを教えてやればいいんです。最期の最期くらい、全力で恨み言をぶつけたって良いじゃないですか。仲間だったなら少しくらい、どうしているか気にかけても良かったはずです。彼らはそれを怠ったんだから、あなたが苦しんでいたことを知らせて罪悪感を覚えさせたって良いはずだ!」


 何故か強烈な憤りに駆られ、私は一息に思いを吐き出した。

 独りで地獄への道行きを選ぶしかなかったヴァラールの苦しみを、誰も知らずに逝かせてしまうのが、どうしても我慢できなかったのだ。


「フハッ……なんでお前が怒ってんだよ……」


 私の妙な勢いに吹き出すヴァラール。弱々しいが、不思議と楽しそうな、面白がっているような笑みだった。

 ――体の崩壊が加速する。


「けど、そうだな……ちっとくらい意趣返ししたって良いか……」


 そして憑き物が落ちたように穏やかな顔で、彼はそうつぶやく。

 ――首まで崩壊が及んだ。


「ワリぃけど、あと頼まぁ……オズマの野郎に、キッチリ……言って…………」


 ――最後まで言い終えぬまま、ヴァラールは瘴気の靄になって消えた。砂埃とともに彼の残滓が吹き散らされた後には、大きな魔石だけが残されていた。


 彼の最期に、私は涙を禁じ得なかった。

 言ってみれば彼は、こちらの世界に来られなかった私だ。最後の最後まで助けを求めることさえできなかった、弱い男だったのだ。


 ヴァラールと私の違いは、手を差し伸べてくれる人がいたかどうか。ただ、それだけ。

 そしてそれは奇しくも、両者ともに同じ人々との出会いによって生まれた差異――。


 私の涙は、救われぬままに終わった男への憐憫であり、自分が救われぬまま終わらなかったという安心感による、薄暗い、薄汚い心理の発露でもあった。


「……帰ろう」


 しばらく立ち尽くし、汚れた涙を流し続けた私は、最後の名もなき神の魔石を手に取り、誰に言うともなくつぶやく。

 見上げると、そこには砂埃によって丸く切り取られたような青空があった。




 流星の落ちた島を後にした私たちは、まず「女神の腕」へ向かった。名もなき神の魔石を処分するためだ。ヴァラールによって発せられた魔物たちへの命令が解除されることを期待しての行動でもある。


 ユウキへの挨拶もそこそこに湖へ魔石を投下し、今度はベナクシー王都方面に向かう。

 しかし、どうやらその必要はなかったようだ。


 というのも、神聖ガイア王国およびベナクシー王国各地へと散った魔物の軍勢は、セクンディ侯爵領軍と王国騎士団、現地の探索者たち、そして竜人たちによってあらかた片付けられていたからだ。


 赤、青、金、緑、白、そして銀の鱗を持つ巨大な竜の姿の竜人族が空を飛ぶ様は、実に壮観だった。

 グランツも彼らに混じって飛び、日が傾くまで残党狩りを続けた。


 そうしておおむね問題ない程度の数まで減らせただろうと判断した私は、ベナクシー王都北で戦い続けていたグレイシアたちと合流すべく、竜人たちと別れて東へと進路をとった。




 王都北でグレイシア、シェリー、アルジェンタムと。セクンディ侯爵領・領都セクノでコナミ、エリザベート、エミリア、ミレーヌ、ジーナと。そしてイニージオの町でオズマ、ミシャエラと合流し、我々はヴァラールの没した島へ渡った。


 闘っていた者は皆、疲労困憊だったが、私はどうしても後回しにしたくなかったのだ。ヴァラールが如何にして名もなき神の僕となったか、どれほど苦しんで生きてきたか、なぜ破滅への道を歩み続けたのかを伝えることを。


「ハッ! 勝手なことを言うんじゃないよ! ……と言ってやりたいところだけど、アタシにゃそんなこと言う資格はないねえ……」


 私の話を聞き終えて最初に口を開いたのはエミリアの祖母・ミレーヌだった。資格がないというのは、ヴァラールと同じく魔物となりかけた彼女の娘と孫娘は助かっているからだろう。


 その件の当事者であるエミリアとジーナも無言で頷いている。


「彼が、そんなに苦しんでいたなんて……」

「確かに、俺はあいつのことをほとんど思い出しもしなくなってたな……」


 オズマとミシャエラがつぶやく。言ってみれば彼らとヴァラールの関係が、一連の名もなき神事件――いや、戦争と言うべきか――の発端と言っても過言ではない。


 彼らの関係が違うものでヴァラールが名もなき神に従わなかったとしても、他の誰かが同じことをしていた可能性はあるが……まあ、そこは考えても意味はない。


 なんにせよ、自分たちの行いが最悪の結果を引き寄せることもある……いや、今回は引き寄せてしまった、ということだけは覚えておいてほしいところだ。


 そしてそれは今後、私たち自身も折りに触れ省みるべきことだろう。

 ……まあ、自省するとか人を思いやるとか、あるいは自分を卑下しすぎないという部分に関しては私が最も苦手とするところであるから、人のことを言っている場合ではないのだが。


 ともあれ、ヴァラールとの約束は果たした。

 これでもう、名もなき神との関わりも終わりだ。


 夕日に赤く染まる海を見つめ、私は一つの節目を迎えたことを感じた。

 それは安堵ともに、少しの寂寥感を覚える心持ちでもあった。


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