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162.重力結界

 オッサンはそろそろ綱渡りはやめたいなあと思ったのだ




「デキルモノナラ、ヤッテミロォ!」


 私の挑発に乗った形で魔神・ヴァラールは、その長城のごとき巨体を空へと舞い上がらせた。


「グランツ、上昇だ」

「ウォフッ」


 私の指示に従い、勢いよく高度を上げてゆくグランツ。

 雲を越え、進化した体にも空気の薄さと冷気が厳しく感じる辺りで停止し、魔神の到着を待つ。


 ヴァラールは巨体故か移動速度がずいぶん落ちているようだ。

 速さより体力と防御力を優先したのか? ……こちらの攻撃は効いていないようで効いていた、ということか。


 確かに、このサイズでは先刻私が懸念したように、今までの攻撃ではさしたるダメージは与えられないだろう。


「ドウシタ! モウ逃ゲルノハ止メカ!」


 蛇のような体をうねらせながら魔神が吠える。

 体のサイズに比べると羽がものすごく小さいのに飛べているのが不思議だ。まあ、地の精霊の力が働いているのは分かっているが。


「慌てるな。これからが見せ所だ」


 軽口を返し、私はグランツの背から「飛翔」を発動しつつ飛び出した。そして両手で握る槍に魔力を込める。ここで使うのは魔法ではなく、単純に切れ味を強化する魔力操作法だ。


 これは単純な威力は「金剛剣」に劣るが、魔力を持ってさえいれば誰にでも使える技。実際、一流どころの探索者は、みな無意識にやっているらしい。


「まずは、削ってみるか」


 私に向けて振るわれた魔神の豪腕をすり抜け、その蛇身を根菜の皮を剥くように切り裂いた。

 切り離された数十メートルほどの肉は、よく見るとシースネークの集合体だ。何十匹もの小さな蛇が(といっても長さそのものは人間の身長にも勝るが)もぞもぞと蠢いている。


 私に続き、グランツも魔神の体を引き裂き、噛み付いては引きちぎってゆく。

 我々の行動に対応するように蛇身から触手のように幾十、幾百のシースネークやシーサーペントが生えてくるが、これ幸いとどんどん切断だ。


「鬱陶シイ!」


 業を煮やしたヴァラールが巨体をくねらせ、その大きな顎を向けてきた。真正面から見ると、まるでトンネルだ。

 大きく迂回しその毒牙から逃れ、ついでに大蛇の頭部にくっついている人型の部分にも一撃。しかし、これは弾かれた。


 ――やはり、あそこが本体か。明らかに他と密度が違う。

 腰から下は海で新たに吸収した魔物で作られているため、比較的柔らかいのだ。


 海上での一幕のように「空蝉」のごとく逃げられないためには、本体だけ切り離してから隔離しなければならない。

 本体の胴は差し渡し二十メートルはあるだろう。それを一撃で切断する……できるのか?


「いや……できるかな? じゃない、やるんだよ」


 そして切断するとなれば使える魔法は一つしかない。

 私は迷いを振り切るように、全力で槍に魔力を込めた。

 やることは単純明快。「金剛剣」の超強化、それも刃を二十メートル以上の大きさにするのだ。


 魔神の蛇触手攻撃を回避しつつ、魔法を練り上げる。

 地属性の黄色い光が強まり、槍の穂先に小さなきらめきが集まってゆく。ダイヤモンドの輝きだ。


「貴様ッ! 何をシテイル!?」


 魔神・ヴァラールが私の行動に気づき、激しく触手を打ち振るう。しかし、その攻撃はグランツに阻まれ、私には届かない。グランツが爪を振るうたびにスパスパと蛇が切り落とされてゆく。


 ――グランツのおかげで準備が整った。

 今や私の槍は巨大なダイヤモンドのチェーンソーとなった。これが伐採するのは魔神という巨木だ。


 リーンという、鈴の音のように澄んだ擦過音が響き渡り、高速で回転する長大な刃が光を反射し眩く輝く。


「行くぞ!」


 気合を込めて叫び、私は槍を脇構えに据えて魔神へと突っ込んだ。

 あちらからの攻撃は、共に飛ぶグランツが打ち払ってくれる。

 ――ならば、私は何も気にせず一撃を叩き込むのみ。


「ウォオオン!」


 まもなく魔神本体に到達というところでグランツは触手の攻撃を受け、反撃するように全力で放電した。――電撃で魔神の動きを止めることを選んだか? どこかわざと食らったように感じた。


 どちらにせよ彼の行動は当たり、ヴァラールは全身に流れる電流にビクリと体を硬直させる。


「はぁッ!」


 グランツの脇を抜け、私はダイヤモンドの回転刃を魔神の腹部に向け、横薙ぎに叩き込んだ。


「ゴアッ」


 一瞬の抵抗の後、刃は硬い鱗を貫通し、魔神の胴を通り抜けた。勢い余って横回転する私の背後でヴァラールのくぐもった声が漏れ聞こえる。

 一回転してどうなったかを確認――人型と蛇型が、狙い通り分断されていた。


 蛇身部分はグランツにのしかかられながら落下してゆく。どうやら能動的に動くことはないようだ。

 であるなら、本体は逃げていない。


「重力結界!」


 即座に「金剛剣」を解除した私は、先程思いついた手札の一つを切る。

 それは魔神を閉じ込める、球状の重力の檻。中心へと「加重」を行使する魔法だ。


 私は「地球」へ帰還した際に、興味本位で「加重」「減重」でどの程度重量を変化させられるか、確認してみたことがある。

 その結果、それぞれ十倍、十分の一くらいであれば簡単に増減させられると判明した。


 では全力で重くしたらどうなるのか? これは怖くて確かめていない。

 ――が、今回はあえて、それをやる。


「グゥウウウウウ!」


 結界内で魔神が呻く。魔力を込めるごとに肉がひしゃげ、鱗がひび割れる。特に切断面への影響が顕著で、湿ったスポンジを押しつぶした時のように血液が押し出され、上に流れてゆく。結界の中心に向かっているのだ。


「グ、ガア、ア、ア! なんだ、コレ、ハァ、グ!」


 苦しげなヴァラールのつぶやきが漏れたと思えば、口を開けたせいか口内が押しつぶされたらしく、苦悶の声とともに乱杭歯の間から血が噴き出す。


「……まだ、耐えるか」


 もうすでに内部は二十~三十倍程度の重力になっているだろう。それでも耐えているのが恐ろしい。人間なら絶対に耐えられないだろうに。段々と体が縮こまりつつはあるが……。


(ぶっつけ本番の魔法に時間を掛けるのも怖い。一気に決着をつけよう)


 そう独りごち、私は「重力結界に」魔力を流し込んだ。

 結界自体が縮小し、ヴァラールの体も崩壊の度合いを増す。魔法の影響か、結界周辺にプラズマのような光が奔り始めた。


 球体に空気も吸い寄せられ、遥か眼下にあった雲が渦を巻きながら集まってくる。しかも空が紫色に見え始めた。

 やっている私自身、恐怖を感じるほど異様な光景。


 ――地上にブラックホールが発生したかのようだ。


「ギィイイイイ!」


 しばらく後、魔神・ヴァラールの悲鳴が響き、結界内が漆黒に染まる。


「なん――」


 バキリと音を立て、「重力結界」の一部が割れた。


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