とある探索者の述懐 2
まぬけな探索者の叛逆
まーた、やられやがった。
何が「人間ごとき敵ではない」だよ。ろくな抵抗もできずにあっさりやられてんじぇねーか。
まあ、分体を作って相手の戦力も分散させようって目論見は当たりだったとは思うが、結果的には一体一体の力不足で各個撃破されたんじゃ意味がねえ。
それもこれも、相手を侮りすぎたってこった。
名もなき神は、どいつもこいつも無駄にプライドが高いから、連携とか協力をするって発想が最初からない。
相手にしてみりゃ、一気に全戦力で攻められる方が確実に嫌だろうに。
まあ、それぞれの足並みが揃ってないから、戦力の集中も不可能ではあったんだろうが……にしてもお粗末すぎる。
とはいえ、俺にも想定外のことはあった。
――エミリアが生きていた。
いや、それはまだいい。あの甘い「雷神」のことだ。たとえ魔物になったとしても、エミリアを殺すことはできなかっただろう。が、人間のままだったことは見過ごせない。
いったい、どうやって助かったのか? それを確認するために、俺はガイア対ベナクシーの戦いを最後まで観戦した。
アインスにいる「雷神」は、確実に分体を倒してセクノ側にやってくると考えていたからだ。
まー、案の定そうなったわけだが。
んでエミリア自身が聖女と一緒になって助けようとしていたガイア王妃は、「雷神」の手によって見事に助かったようだ。俺の見た限りでは、少なくとも瘴気は発していなかったしな。
……確かに王妃は魔物になって半日程度だった。とはいえ、もう人間じゃなかったはずだ。瘴気を吸収して力を得る魔物になっていたはずだったんだ。にもかかわらず助かった! 俺はいまだに魔物なのに! なんでだよ! ふざけんな!
……いや、わかってんだ。当時は「回帰」の使い手なんていなかったし。もし、いたとしても法外な治療費を要求されてただろうし。そもそも「魔物にされたからどうにかしてくれ」なんて言えば、治療より先に殺されてただろうしな。
ま、そんなもんだよな。上手くいくやつはなんでも上手くいく。失敗するやつは何やってもどっかで失敗すんだよ。
そんで俺は失敗する方だ。
――そんなら、とことん行くしかねーやな。一発逆転を狙ってやる。
俺は戦場を離れ、フェイゼ国軍に合流していた。
「フン、負けたか。素直に朕に頭を下げれば良かったものを」
どう見ても弱そうなガリガリで鯰髭を生やしたオッサンが、偉そうに吐き捨てる。
こいつはフェイゼ国の王であり、最後の名もなき神でもある。見た目によらず魔法は凄いし、身体能力も高い。まあ、俺の見たところ「雷神」には劣るが。
だが、こいつの恐ろしいところは、あらゆる生物を合成して魔物を生み出せることだ。
元はただの猫とワシだったものが合成されると、巨大な体躯を持つ鷲獅子と呼ばれる魔物になった。馬と鳥で天馬に、猫とコウモリで魔獅子に……そんな感じだ。
人間と鳥を合成して鳥人、狼で人狼、馬で人馬を生み出してもいた。人間がベースになると、どうやら知性はそのままに魔物としての力を使えるようになるらしい。個体によっては、それまで使えなかった魔法が使えるようになったりもする。
……まあ、これは瘴気を打ち込まれて魔物化した俺も似たようなものだが。
「よし、このまま進軍じゃ!」
フェイゼ王の声が響き、魔物の軍勢が凄まじい速度で前進を再開する。
馬車で数日の距離が、ほんの数時間で移動できるのは脅威だ。どいつもこいつも四~五回昇級したのと変わらない力を持っていやがる。
五回昇級した人間なんて、一流とよばれる騎士や探索者しかいない。そんなレベルだ。
それもこれも、合成による強化の賜物だ。人型も獣型も、元になった生き物より遥かに強い。魔物がベースであれば更に。
そして魔物化したことで、末端の一兵卒に至るまで名もなき神の指示に従う。完全な統率を誇る軍勢となっている。
そんな群れはあっさり国境を越え、民が魔物にされたためにほぼ無人となった神聖ガイア王国へと足を踏み入れた。
これからベナクシー王国とガイア王国を隔てる長大な岩山を越えて、空を飛ぶ魔物の群れがベナクシーの王都を突くわけだ。
……誰もが成功を確信しているようだが、あいにく俺は違う。
どうせ、あの「雷神」のことだ。この程度の展開は分かりきっているだろう。来訪者の知識ってやつは、俺たちの想像を絶するものなんだからな。
フェイゼ国王の乗る輿の後方を駆けつつ、俺がそんなことを考えていたら――。
南西、岩山を越えた先から爆音が轟いた。
ほーら、来たよ。間違いなく「雷神」だ。まだ俺が、ガイア対ベナクシーの戦場を離れて丸一日も経っていないのに、的確に一番危ないところを抑えに来やがった。
つっても音の感じからして、まだ大分遠そうだ。飛行型の魔物も多数岩山を越えているから、そう短時間ではここまでは来られまい――。
そう思っていたら、別方向からもかすかな爆発音が聞こえてきた。
これは真西か? 俺が知る限りじゃ爆発魔法を使えるのは「雷神」とグレイシアだけだ。ってことは、戦力を分けたのか。
無茶を……いや、無茶でもないのか? 確か、あの白い狼も恐ろしく強くなっていた。単純な戦闘力は「雷神」にも劣らないほどだろう。
そんな「雷神クラス」の戦力とグレイシアがいるなら、空中の魔物に集中すれば対処できるのかもしれねえ……。
考えている間にも、南西から聞こえる轟音はどんどん近づいてきている。
西側はそうでもないが、空戦力が止められているせいで地上も止まらざるを得ない。なんせ上からバラバラ死体が落ちてくることになるからな。
「ええい、何をしておる! さっさと叩き落とさぬか!」
イラついた様子で金切り声を上げるフェイゼ王。こいつも例に漏れず、「雷神」を侮っていたってわけだ。
まあ、あいつが最初に名もなき神を倒してから、ここまで強くなるとは俺も思っちゃいなかったが……。
というところで、上空で大爆発が起きた。――ついにここまで来やがったか。
「おのれ……! 四天将、あやつを叩くのじゃ!」
「「ハッ!」」
「「おまかせを!」」
王の怒声に応え、四人の鳥人が舞い上がる。無駄だと思うけどねえ……。
ま、これで王の近衛で最も強いと思われる奴らは消えた。後は最高のタイミングを待つだけだ。
そう考えていると、すぐにその場面は訪れた。
「なッ……!」
あっさり倒された四天将が落下し、追撃の爆発魔法で粉々に打ち砕かれたのだ。えげつねえな。
が、これで大半の兵の意識は「雷神」に集中した。もちろんフェイゼ王も。
「がッ」
一瞬で背後に忍び寄り、王の胸を右腕で貫く。指先に硬い質感が触れ、目的のものがそこにあるのを確認。
俺はソレを――神の魔石を掴み、一気に引き抜いた。
「きざ、ま、なんの」
王の言葉はそこで止まり、その肉体は瘴気の靄となって辺りに霧散した。
「へっ、へへへ……これから、フェイゼ王はこの俺だ!!」
俺は魔石を持つ右腕を天に掲げ、高らかに宣言する。
魔物にされた俺は、魔物の王を弑し、王に成り代わる! そして、その力を取り込み、この世の魔物を自在に操るのだ!
――不退転の決意とともに、俺は魔石を己の腹へと突き刺した。