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17.三度目の昇級と異世界の常識

 やはりレベルアップはうれしいとオッサンは思ったのだ。




 疲れと魔力の枯渇のせいか、私はシェリーに起こされるまで熟睡してしまっていた。

 すでに日は昇り、散らかっていた魔石の回収や穴だらけにしてしまった野営地の整地なども終っていた。オズマとシェリーが全て片付けてくれたそうだ。二人には平謝りしておいた。


「それで体調はいかがですか?」


 井戸で顔を洗って焚き火のそばに戻ると、食事をとりながらナルドが問いかけてきた。その彼はというと、深夜の騒動にも気づかず熟睡していたようだ。度々野宿する行商人として、それは大丈夫なのだろうか……。奴隷たちは声も出ないほど怯えていたというのに。


「ええ、すっかり元気ですよ。元気すぎるくらいで……あ」

「もしかして昇級したの?」


 言われてみるとやけに体調がいい。これまでの経験からすると「昇級=レベルアップ」したのだろう。これで三度目だ。


「どうも、そのようですね」

「ほう。すると、なにかできることが増えているかもしれんな」


 オズマの言葉に「どうでしょう」と応えつつ考える。これまでの昇級では使える魔法の属性が一つ増えているが、そうそう頻繁に増えるものでもないだろう。すでに「地」「水」「火」の三属性が使えるのだから、これでまた増えたら四属性コンプリートという事になってしまう。


「うーん、ダメそうですね」


 試しに風に関する魔法を発動してみようとしたが、やはり魔力を集めることもできなかった。土属性が使えるようになった時はすんなりできていたのだから風属性習得とはいかなかったようだ。


「そう、それは残念ね」

「そうですね。四属性すべて使える人は本当に稀ですから、探索者としては大きなアドバンテージになるでしょうに」


 シェリーとナルドは口々に残念だとこぼす。これには苦笑いする事しかできない。風属性が使えればできることの幅が一段広がるのは確実だから、私自身、残念ではあるが、さすがに欲張りすぎだろう。


「また次に期待、だな」


 オズマは私の肩を叩くとそう言った。その表情は期待されすぎるのも困りものだ、と気を使ってくれているかのようだ。


「そういえばソウシって、昇級するのは初めて?」

「いえ、三回目です」


 シェリーの質問に答えると、私を除いた三人に驚いたような目を向けられた。なんだろう?


「ソウシって、最近こっちに来たばかりなんだよな?」


 オズマの質問に「七日目です」と答えるとますます驚かれた。どうやら昇級速度がやけに速いらしい。


 ちなみにこの世界の暦は一年が三百六十日で十二ヶ月、一月は五週間で、一週間は六日だ。年月日の読み方も日本と変わらないが、曜日のみ異なり「太陽の日」「地の日」「水の日」「火の日」「風の日」「月の日」となっている。そして「太陽の日」は休日だ。


「倒した数が普通の探索者より多かったみたいですから、その影響もあるんじゃないでしょうか」

「どれだけ狩ったんだ?」


 再びの質問に「スマイルとフォレストウルフで大体、六十ほど」と答えると、オズマとシェリーはすっかり困ったような顔になった。ナルドは口を開けっ放しだ。


「あのな、ソウシ」


 しばらくして呆れ顔になったオズマは訥々と普通の探索者のことについて語った。


 それによると、駆け出し探索者は普通二人~五人程度で活動するもので、森などの見通しの悪いところではシェリーのような気配に敏い者がいなければ半日で五匹も探せたら大成功で、それを一人でやるのははっきり言って異常だそうだ。


 つまり私の場合は、下手をすれば普通の探索者の五~六倍の戦果を毎日たたき出していたということになる。

 まあ、魔物が増えているという話だから、前提条件が異なるのかもしれないが……。


「当然、腕の良し悪しが大きく影響してくるがな」


 駆け出しでそんなに狩ってるのがいたら、死にたがりなのかと疑う。とまで言われた。


「いや、でもナイフ一つで百Gもしますし、宿なんかに泊まったらかなりの金額になるでしょうから、蓄えは必要かと……」

「……王都やら高級宿やらはわからんが、イニージオの町じゃ安宿なら一泊十Gほどだぞ。食事はつかないが」


 夕食をつけてもらえば十五Gだ。とオズマは締めくくった。

 ということはつまり一日最低スマイルを二匹狩っていれば生きていくことはできるという……。


「私は頑張りすぎていた、ということですか」

「そうなるな。まあ、最初になんの蓄えもなく探索者になって、そこからきちんと装備を整えるためには必要な事ではあったんだろうがな」


 言われてみるとその通りだ。初日にナイフの値段を確認したがために、それを基準に最低限必要な金額を試算すれば、これまでの私の狩猟数もおかしくない。といえるような気もしないでもない。

 うん。おかしくないと思うことにしよう。




 朝食をとり終え焚き火の始末をしてから、我々は再び移動を開始した。

 しばらく馬車に揺られていると大きな街道にたどり着く。田舎道と違いしっかりとした石畳になっていて、いくつかの隊商らしき馬車の集団も見かけた。


「ここからイニージオの町までは、あと半日ほどだな」


 今夜はちゃんとした寝床で寝られるぞ。とオズマは嬉しそうだ。私も同感だ。何より魔物に襲われないですむというのが良い。


「オズマさんたちはイニージオが拠点なんですか?」

「ああ、そういえば場所は言ってなかったか」


 私の質問にオズマは「そうだ」と答えた。彼の奥さんのご両親が探索者をする際の活動拠点としてイニージオの町に居を構え、シェリーまで三代同居しているそうだ。


「最初は肩身が狭かったぞ。なんせ婿入りみたいなもんだからな」


 義理の母親が美人すぎたのも困った、とオズマは苦笑する。


「よお、お兄さん方。ちょっといいかい?」


 私とオズマが取り留めのない雑談に興じていると、馬車の後方から馬に乗った探索者らしき女性に話しかけられた。


「うん? 何か用かい?」

「ああ、あんたらが開拓村の方から来たんならちょっと聞きたいことがあってね」


 オズマが応えると彼女はそう告げ、村の方の魔物の様子を聞きたいと言う。彼女は探索者ギルドの依頼で、近隣の魔物の発生具合を調べているそうだ。


「それならソウシの方が詳しいな」

「そうですね。私の見た限りでは……」


 オズマに話を振られ、私は村に身を寄せてから六日間の遭遇率などを話した。


「そいつは異常だね……」

「私が一度見つけたスマイルの居場所ばかり狙って回っていたというのもあるかと思いますが」

「いや、そもそもそれほどの数のたまり場を見つけるって時点で普通じゃないね」


 何にせよ参考になった。と頭を下げ、彼女は後方に待機していた仲間と思しき三人組と連れ立って、馬の速度を上げると走り去っていった。方向からしてイニージオの町に向かったのだろう。


「やっぱりあちこちで魔物が増えてるみたいだな」

「そのようですね」


 オズマのつぶやきに応えながら、私はこのまま町まで何事もなく着いてくれればいいが……という不安を口に出すことなく飲み込んだ。


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