157.合成獣
さすがに座視はしてくれないよなあとオッサンは思ったのだ
爆発魔法に砕かれて、多くの魔物が地上へと落下してゆく。
その中にはベナクシー王国では見ない、ジャイアントイーグル、ジャイアントバットなど、通常の動物を巨大にしたようなものも多く混じっている。
しかし気になるのはそこではない。
「聞いたことのない……いや、聞いたことはあるが、この世界にはいないはずの魔物がいる」
そう、この世界には「地球」の神話や伝承に登場するような魔物はいない。例外は空を飛ぶドラゴンだけ。
ワイバーンやウィルムは、恐竜みたいなものなので、進化の過程でああいう形になったと言われれば納得できる姿なのだ。
「だけど……」
いま目に見える範囲でも、明らかにおかしな個体が含まれている。
ネコ科の肉食獣とワシが混ざったようなもの、二つ頭のあるワイバーン、コウモリの羽を持つライオン、鳥の翼を備えた馬――。
「魔物を操るだけじゃなく、合成したのか……」
しかし考えてみれば、そういう特徴を持つ魔物もいたと言えばいたか。
――それはオークだ。
人型のイノシシ。これが人とイノシシを合成したモノだったとすれば、あの「女を捕らえて数を増やす」という生態にも納得できなくもない。
つまるところ、今までの名もなき神は「そういうことができない程度にしか力が回復していなかった」ということなのだろう。
かつて魔物合成をほとんど行わなかった理由は、おそらく女神側と戦力が拮抗していたか、劣っていたために余裕がなかったというところか……。
「まあ、その辺は考えても仕方ない」
今はとにかく、この魔物の群れを殲滅してしまうのが先決だ。「窒息」も効いたことだし、「爆裂陣」と併用してサクサク片付けていくとしよう。
少しずつ北上しつつ、飛行型の魔物に対処すること三十分ほど。
ベナクシー王国と神聖ガイア王国を隔てる岩山の向こうに、地上を埋め尽くす魔物の群れが見えてきた。もちろん上空には飛行型が飛んでいる。
十二度目の「爆裂陣」を発動させる。直径一キロ近い空間にいる数百体の魔物がちぎれ飛ぶ。そして更にそこから数百メートル圏内にいる個体も爆風の影響を受け、大小の傷を負った。
以前であれば、「爆裂陣」はこんなに気軽に使える魔法ではなかったが、進化したことと「窒息」を使う際に集めた酸素と水素を用いることで、一セットにつきせいぜい下級魔法一発分程度の魔力しか消費していない。
無昇級の時に三~四発は下級魔法が撃てたはずだから、そこから単純に計算すると、あと百発くらい撃てることになる。
……我が事ながら、空恐ろしい魔力効率だ。
「っと」
たまに生き残りが襲ってくることもあるが、ダメージを受けているためさほど脅威でもない。喉を貫くなり、羽を切り裂くなりするだけでポロポロと地上に落ちてゆく。私の拙い槍術でも問題ない。
とはいえ、気を抜くのは早い。相手の数はまだまだ膨大なのだから。
「皆も頑張っているようだし」
北西の空へ目を向ければ、時折、爆発や電光が見える。グレイシアとグランツの魔法だろう。位置が大分離れている物もあるのは、グランツの背から跳んで離れたりしているためと思われる。
それ以外にも、羽を切り落とされた魔物が散発的に落下していくのも分かる。こちらはシェリーとアルジェンタムか。
シェリーは「金剛剣」、アルジェンタムは風の魔法をメインに使って接近戦を仕掛けていると思われる。
グレイシアとシェリーは私ほどではなくとも空を飛ぶ魔法を使えるが、アルジェンタムは今の所せいぜい風で強引に滑空する程度だから、グランツが拾いに行っている模様。
「まったく無茶をする子だ」
その戦いぶりに、思わず苦笑する。
出会った時からそうだが、アルジェンタムは顔に似合わず勇猛果敢だ。だが決して無謀というわけではないので、今やっている戦法も成算があってのことだろう。
とはいえ、こちらに比べると殲滅速度が遅い。そのため動き回る魔物も多くなっているようだ。
であれば、注意を集めるために私がもっと前に出るべきだろう。
「爆裂陣」
空を飛ぶ魔物の群れの中心を突っ切りながら「窒息」を使い、間髪入れず広範囲爆発魔法を放つ。
酸素と水素を「窒息」を発生させた細長い領域の両脇に押しやっていたため、私の位置を頂点とする∨字型の爆発が発生した。
先端に向かうに連れて爆発の燃料となる気体が拡散していたためか、最終的には涙滴型の効果範囲となった様だ。
「よし」
私の行動を地上の軍勢も無視できなくなったか、指揮官らしき人物が大きな身振りで指示を出す様子が見える。
その指示によるものか、空中の魔物の多くが私の方へ向け旋回し始めた。
街道西上空の群れも同様で、半分程度を残して方向転換している。
これでグレイシアたちの負担も多少は減るだろう。
――そう思ったところで、私に向けて空中から炎の球が放たれた。
「なんだ?」
それを大きく弧を描くように旋回して回避し、発射元を確認する。
――そこにいたのは、鳥の翼を持つ人間だった。
「フフフ、これ以上、好きにはさせんぞ!」
いかにも武将といった風情の鎧を身にまとい、青龍刀そっくりの長柄武器を持った鳥人間が吠える。
その後方から、さらに三体の鳥人間が合流した。
「貴様が『雷神』を名乗る愚か者か!」
「これまで散々好きに暴れてくれたものよ」
「だが、それもここまで!」
「我ら『魔王軍・四天将』が貴様の首級もらいうける!」
のんきに名乗りを上げる四天将の周囲の酸素と水素を「窒息」で奪う。すると特に抵抗されることもなく、四体の鳥人間は脱力し落下していった。念のため、追撃の「爆裂陣」も放ち、トドメを刺す。
……なんだったんだ、いったい。
「それにしても合成人間か……」
魔物、あるいは動物を合成するだけでなく、オークのように人間とも合成させているらしい。「合成獣」とでも呼ぶべきか。
そうなると、一見、人間に見える地上の軍勢にも合成獣が混じっている……もしくは、その多くが合成獣である可能性もあることになる。
これはまともにぶつかったら、並の戦士ではどうにもならないかも知れない。
魔物の身体能力を持ち、個体によっては魔法も操る。更に空を飛ぶ相手であれば、その厄介さはウナギ登りだ。
まあ、だからこそ飛行型のみに集中して対処しているのだが。
「……なんにせよ、優先順位を間違えずに進めるしかない、な」
このまま大した魔物も現れず、空軍を殲滅できればいいのだが。
――そんな風に思ったのが敵に伝わったのかは分からないが、遥か東に見えるフェイゼ国軍の本隊が、にわかに動き始めた。
そりゃそうだよね。こちらの動きは分かりきっているのだから、対策を用意していないわけがないよなあ……。